スイスの視点を10言語で

レバノン内戦のようになる危険

政府軍がクレーン(Kureen)の村を攻撃したときに落とされた不発弾 Timo Vogt/Bildrand

ここ数カ月、シリア紛争は30年前のレバノン内戦のときのように、中東諸国から干渉を受けている。一方、国際社会は対立するだけでなすすべを持たない。しかし、コフィ・アナン前国連(UN)事務総長が提示する調停案が、何らかの解決をもたらす可能性はある。

 シリア中部フラ(Hula)で起こった子ども49人を含む虐殺事件は、武力において劣る反体制派を、アサド政権が暴力を行使して押さえつける政府である事実を再び見せつけた。だが、アサド氏は反政府運動勃発の初期から一貫して「シリアは外国から支援されたテロリストグループの犠牲者だ」との意見を繰り返しているだけだ。

 1971年から1982年のアラブ世界及びレバノンのスイス大使を務めたイブ・ブッソン氏は、1975年から1990年にかけてのレバノン内戦とシリアで起こっていることとの間に共通性があると指摘する。「レバノンがアラブ世界内部の戦場と化したように、シリアもより大きな規模でアラブ地域の内部争いの舞台となるだろう」

 さらに、「アラブ世界が密かに支持しているイスラム過激派が、市民を巻き込む形の内戦を創り出そうとしている兆候が到る所に見うけられる」と続ける。

 また、シリアの紛争のなかには二つグループの対立がある。一方はイランとシリア、さらにこの2カ国が支持するシーア派の政治組織ヒズボラ。もう一方はカタールやサウジアラビアに率いられるペルシャ湾岸の王国だという。

シーア派とスンニ派の対立

 「中東での緊張の背後には宗教的対立があるという事実を多くの研究者が認めようとしない。しかし、イスラム教の一派シーア派とスンニ派の対立は表面には現われにくいものだが、確固としてあり、それはまた『アラブの春』においても解消されなかった」と、ブッソン氏は言う。

 実際、イギリスとアメリカによるイラクのフセイン政権の崩壊は、隣国イランのシーア派を伸展させた。その結果、中東のスンニ派の王国に多くの懸念の種がまかれた。

 従って現在、主にアラウィー派というシーア派に近いグループによって構成されているアサド政権の将来は、シーア派とスンニ派の宗教的バランスにかかっている。

 ブッソン氏は、シリアの中でも最も弾圧を強く受けているのは、スンニ派が多い都市だと指摘する。

 そしてこう続ける。「シリアの宗教的少数派の人々は全員、シーア派とスンニ派の激しい戦いがやがて始まるのではないかと懸念している。最も恐れを抱いているのはキリスト教徒だ。彼らはアサド政権によって保護されてきたが、外部からの支援はまったく受けられない。実際、フセイン政権崩壊後にイラクからシリアの首都ダマスには逃げてきたのは、多くのキリスト教徒だった」

解決をもたらさない軍事介入

 「アサド政権に対する国際的軍事介入(これは一つの選択肢として検討されているが)は、広い地域に予期できない泥沼にはまり込むような紛争を引き起こす」と考えるのは、国際開発高等研究所(IHEID)のマルセロ・コーエン氏だ。

 「アサド政権が行った弾圧を見れば、力を行使する道を選択するのが妥当だと多くの人々が考えるだろう。しかしそれが直接的介入であれ、反体制派に対する支援という間接的介入であれ、軍事介入の結果を考える必要がある」

 「冷戦後、軍事介入の選択肢が国際的解決の手段の一つになった。その結果、イラク、アフガニスタン、リビアと、我々は軍事介入が問題を解決するどころか、かえって問題を大きくしてきた事実を見ている」

アナン前国連総長の調停案

 以上のような反省がある中、アナン前国連事務総長が提示する六つの調停案は、大いに期待される解決法だ。前出のブッソン氏はそれをこう述べる。

 「外交的にも政治的にも、この調停案は利用する価値があるものだ。これはアサド政権が譲歩できる唯一の案だからだ。たとえ、アサド氏がこの提案によるオペレーションを実際には実現させないようにする手段を持っているとしてもだ。国際社会もまた、これが高い効果を上げるという幻想は持ってはいないが支持はするだろう。なぜなら、この調停案は、ほかの新しい解決法を生み出す可能性を秘めているからだ」

シニックな大国間の駆け引き

 コーエン氏も「シリア危機を契機に、国際社会は軍事介入に頼らず内紛を解決する革新的な形式をいわば模索できる」という。

 「国連は使える手段、例えば経済制裁、監視のための特使、国際法の適用などを模索中だ。しかし、これらの手段の全体像を把握し、それらを有効に連動させることを国際社会は学ばなければならない。うまくいけば、軍事介入を使わずに、人命の犠牲が少なく、国の破壊率もできる限り抑えた効果をあげられる」

 なにはともあれ、こうした手段を行使する上で鍵を握っているのは、シリアの戦略上の同胞であるロシアだとブッソン氏は言う。「解決の鍵は、誰の手の中でもなくロシアの手中にある。今回これをワシントンは認めたがらないが。結局、人命を犠牲にした数々の内紛とは、西欧、ロシア、中国の間の力関係によるシニックな駆け引きを覆い隠しているものなのだ」

1シリア主導の政治対話における特使との協力を約束。


2戦闘を中止し,国連の監視下での全ての当事者による全ての形態の暴力の停止を約束。シリア政府は居住区内及びその周辺における部隊の展開の即時停止,重火器の使用停止,軍隊の撤退開始を行うべき。また,そのための国連の監視メカニズムについて,特使とともに作業すべき。反政府勢力等からも同様の約束を求める。


3人道支援の提供を確保するため,一日2時間の人道的な休戦の受入れ,及びその実施。


4恣意的に拘束された人々の釈放を拡大。拘束場所のリスト開示及びそれらの場所へのアクセスの確保を即時に開始。


5報道関係者の移動の自由等を確保。


6結社の自由及び平和的なデモを行う権利の法的担保。

(出典、外務省:シリア情勢について)

(仏語からの翻訳・編集 里信邦子)

swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。

他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部