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ロシュのタミフル 

Keystone

医薬品大手「ロシュ」は今年上半期、インフルエンザの予防・治療薬である「タミフル」の売上10億フラン ( 約890億円 )を達成した。秋に発売される予定の新予防薬でさえ、タミフルの売上を侵す脅威にはならないと強気だ。

新インフルエンザの治療薬としても使用されるタミフル ( Tamiflu ) の売上は、今年6月末までで、前年同期の3倍となった。タミフルが注目されたきっかけは、何と言っても鳥インフルエンザの発生だった。

ジェネンテック買収

 タミフルの製造元ロシュ ( Roche ) の今年上半期総売上240億フラン ( 約2兆1360億円 ) のうち、製薬部門が190億フラン ( 約1兆690億円 ) 、診断薬部門が50億フラン ( 約4450億円 ) を占める。最近はタミフルが鳥インフルエンザや新型インフルエンザの流行を機に有名になったものの、ロシュ社における売上の横綱はアヴァスチン ( Avastin ) やリツキシマブ ( Mabthera-Rituxan ) といったがん治療薬だ。

 ロシュや「ノヴァルティス ( Novartis ) 」といったスイスの大手医薬品メーカーは近年、タミフルに関連したニュースで取り上げられることが多かったが、アヴァスチンの製造元であるアメリカの「ジェネンテック ( Genentech ) 」の大型買収は、一般の話題としては魅力不足らしい。今年3月にジェネンテックを完全な子会社として傘下に置いたわけだが、468億ドルという買収額はスイスの経済史上最高額であり、ロシュの1年間の売上に相当し、タミフルの売上の約47倍の額でもある。

タミフルの限界

 さて、ロシュのタミフルについて、そのパワーは長く続かないだろうと企業アナリストやメディアは見ている。ライバル会社ノヴァルティスが新型インフルエンザのワクチンの開発に力を入れているためだ。ロシュの独擅場はこの新薬が市場に出回るまでというわけだ。連邦保健局 ( BAG/OFSP ) も、この秋にはタミフルだけを頼りにすることはなくなるであろうと公言している。こうした予想にロシュは抵抗する。広報担当者マルティナ・ルップ氏は
「タミフルとワクチンはお互いの足りない部分を補うことになるのであり、他方が他方を市場の外に追いやることはない。ワクチンはすべての病人に効くわけではなく、特定のウイルスに効く。一方タミフルは、全能だ」
 と反論する。

 鳥インフルエンザの発生後、各国の緊急時に備えた常備薬としてタミフルが指定されたことから、2006年にはタミフルで大きく売上を伸ばした。2007年後半から2008年から一旦受注は縮小したものの、新型インフルエンザの発生により2009年上半期には再び売上を伸ばしたのである。

 ライバルのワクチン開発の他に、ロシュのタミフルはもう1つの問題を抱えている。タミフルを誤用するとウイルスに抵抗力がついてしまうという問題だ。抵抗力がついたウイルスが繁殖するとタミフルは効かなくなってしまう。すでに今年6月には、デンマークと日本でこうした事態が発生した。ルップ氏は
「誤用による危険はある。だからこそ、医師の処方箋が必要なのだ。医師が服用量を処方することになっている。ウイルスに抵抗力が付くのは、服用量が間違った一部の場合に限る」
 と説明する。

株式市場での不人気

 株式市場でもロシュ株はさほど人気がない。ロシュは株主総会での発言権が無い株だからである。パンデミックの懸念や未知のインフルエンザの発生のニュースで、株価は上下する。株価はマスコミによるインフルエンザの発生予測に左右された結果だ。ロシュ株はまた、医薬品の効力に影響される。例えば今年春に発表されたアヴァスチンのテスト結果が悪かったことで、株価は12%下落した。一方4月末には、メキシコで新型インフルエンザが発生したニュースで8%上昇した。

 タミフルのジェネリックが流通するようになった場合、ロシュは裁判を起こす勇気があるのだろうか。ライバルのノヴァルティスは2007年、グリベック ( Glivec ) の特許裁判で、ジェネリック天国のインドで敗訴した経験がある。タミフルの特許は7年後に切れる。
「特許問題については考えていない。鳥インフルエンザの発生後、中国やインド、南アなどの企業に製造権を譲っていることが理由だ。わが社には十分な製造能力がある」
 とルップ氏は語る。

 スイスの健康保険はタミフルをカバーしていない。パンデミックとなった場合は健康保険が効くようにするとパスカル・クシュパン内務相は保証している。

アレクサンダー・キュンツレ 、swissinfo.ch
( ドイツ語からの翻訳、佐藤夕美 )

スイス政府はタミフルの錠剤230万個 と1300キログラムの粉薬を用意している。国民の5分の1をカバーする量に相当する。緊急事態が発生すれば、薬は梱包されるばかりに準備は整っていると言われている。分配は各州が担当する。

創立年1896年
創業者 フリッツ・ホフマン・ラ・ロシュ
従業員約8万人。販売市場は世界150カ国。
2009年上半期の売上は240億フラン ( フラン建てで前年同期比9%増 ) だった。営業利益は20%増加し80億フラン ( 約7120億円 ) を計上した。
連結の利益は41億フラン ( 約3648億円 ) で前年同期比で29%縮小。ジェネンテック社買収が理由として挙げられている。
<スイスのロシュ>
スイス国内で9番目に大きい企業。
従業員の1割に当たる9500人がスイスで働く。このうち4割が女性。研究開発には2500人が従事する。
スイス国内における従業員への年間報酬総額は10億フラン ( 約890億円 ) 以上。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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