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日本野菜の可能性

「日本野菜に十分な需要があれば、いつでも栽培可能です」。2.5ヘクタールあるミューラーさんのハウスで swissinfo.ch

チューリヒ市から電車で30分ほど北に行くと畑が広々と広がるシュタインマウル ( Steinmaur ) 村がある。

この村で両親の代から農業を営むシュテファン・ミューラーさん ( 49歳 ) は、30〜40種類の野菜を栽培する有機栽培農家だ。ハウスの一角には日本野菜を栽培している。

 スーパーマーケットで簡単に手に入る日本野菜はダイコン、ハクサイ、ショウガなどに限られる。ピーマンやナスもあるのだが、肉が厚く味も大雑把。日本で売られているような野菜はごく稀に、特別な店でしか扱っていない。

日本野菜は難しい

 シュタインマウルには4軒の酪農家と3軒の青物栽培農家が残っているだけ。ミューラーさんの農場では最盛期で70人の従業員がハウス2.5ヘクタールと屋外の畑30ヘクタールで収穫に当たる。栽培から発送、冷温保存などすべてを手がけチューリヒ州では3番目に大きな農家だ。

 両親が農家を営んでいた1960年代、スイスではサラダ菜が大ブームになった。ミューラー家はスーパーマーケットと契約を結び、サラダ菜で収益を伸ばした。現在、ハウスにはトマト、ズッキーニ、ナスなどを植え、屋外にはサラダ菜、カリフラワー、キャベツ、タマネギなどを栽培する。

 屋根が比較的低いハウスに入ると、コマツナ、ミズナ、日本風のホウレンソウが植わっていた。まだ5月中旬なので、ほとんどが10センチほどの大きさだ。キュウリは日本種も多く栽培し、固定ファンが多くいるという。

 「この2、3年、エスニックフードや和食がブームで、食材を求める人がぼちぼち出てきた」と言う。ただし、ミューラーさんの日本野菜は今のところほとんど個人向け。売上高の1%にも満たない。昨年はアジア野菜を知ってもらうためのイベントを行った。「たくさんの人が食べにきてくれたが、その後の商売にはつながらなかったと」と言う。

 まだ、和食レストランや日本食料品店には卸していない。一度大手スーパーマーケットにコマツナなどを入れた「アジアンサラダ」として特注のパッケージで売り出したが「春だけの収穫で、数多くあるサラダ用野菜に押され、失敗でした」

「夢と需要のバランス」

 ミューラーさんの野菜に注目したのはチューリヒ市内でレストランと日本食料品店を経営する西浜倩子 ( よしこ ) さん。以前、日本から野菜を輸入したこともあった。たとえ空輸でも野菜の新鮮味が失われる上、コスト高になるため、現在はレストランにはスイスの日本人好みの野菜を使っている。「ミューラーさんの出荷が年中あれば、買いたいのですが」と、まだミューラーさんとの契約はしていない。日本野菜は売りたいが冬は生産できないという生産者と、いつでも手に入れたいという買い手のニーズが一致しない。

 「そもそも、スイスで日本野菜の良さを知っている人はまだ少ないですね。( ミューラーさんのように ) 地元で日本野菜を栽培しくれたら嬉しいですが、生産者とすれば需要と供給のバランスが問題なのでしょう」と言う。また、ミューラーさんが日本野菜で成功するためには「相当の忍耐が必要だと思います」と西浜さんはアドバイスする。

家庭菜園は盛ん

 15年ほど前から、ルツェルン州のある村の自宅の畑で日本野菜を栽培しているのはイゼリ美和子さん ( 44歳 ) 。収穫は、知り合いの仲間に分けている。

 土地柄、近所の人たちが苗を買ってきて畑に野菜を植える習慣をまねしただけという。現在、カボチャ、ナス、キュウリ、シソ、シュンギクなど、多数を栽培している。すべて日本からインターネットで種を買い、育てている。「去年からミニ野菜も試しています。キャベツも日本のものです。お好み焼きにはこれしか使えません」と熱っぽく語る。

 日本野菜は「スイスの野菜にない甘みがあって、おいしいのです。子供の頃覚えた味でもありますから」とイゼリさんの畑にあるのはすべて日本野菜。「日本野菜ですが、実は種の袋には、イタリア、タイ、中国、デンマーク産などと書いてあるんですよ。世界一周してスイスで栽培しているわけです」と明かす。
 コツは、発芽のさせ方。イゼリさんは2月頃から、家の中のヒーターの上に種を蒔いたプランターを置き、発芽させる。

 イゼリさんのほかスイスでは、シソを育てるといった簡単な野菜の栽培をする日本人は多い。

日本野菜は生活を豊かにする

 スイス農業・酪農家協会 ( SVP/USP ) によると、日本からの野菜の輸入量は20005年でたった6.6トン ( スイスの野菜輸入総量は26万トン ) 。500キログラムのニンニクのほかは、冷凍加工されたものだった。サンドラ・ヘルフェンシュタイン広報担当者は「スイスにおける日本野菜栽培は数字にならないほど少ない。スイスと日本の経済連携協定が成立した場合、むしろ、2国間の相互作用が働くことが期待され、脅威にはならない」と語る。

 一方、スイスの野菜の自給率が約6割 ( 連邦統計局の2002年の統計 ) であることから前出のミューラーさんは、「自由貿易が進み、日本野菜ももっと輸入されるようになるかもしれない。しかし、環境を考えるとこれほど無駄なことはない。空輸でも保存のための加工は安全の観点から、心配だ」と国の自給率を上げることが肝心であると主張している。

swissinfo、佐藤夕美 ( さとう ゆうみ )

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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