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スイスのビジネス・ウーマン、サクセス・ストーリー

ゴルナールとハレはデンタル・ビジネスの世界で大成功を収めた

成功したビジネス・ウーマンに贈られる「ヴーヴ・クリコ賞」という賞がある。今年は、チューリヒの美人歯科医姉妹、ハレ・アビヴァルディさんとゴルナール・アビヴァルディさんが受賞した。2人は、イラン出身だがスイスで育った。

「勇気とビジョンを持ってチューリヒの真ん中に、近代的で新しい生活スタイルのデンタル・クリニックを開いた」ことが受賞の理由となった。これからロンドンにも支店を開く予定だ。

 この賞は、フランスのシャンパン会社「ヴーヴ・クリコ ・ポンサルダン」によって、成功したビジネス・ウーマンに毎年贈られる。この会社を創設したのはバルブ・ニコル・クリコ・ポンサルダン夫人で、未亡人となってから夫の事業を引き継ぎ、世界的な企業に発展させた。「ヴーヴ」とは、「未亡人」の意味だ。

気軽に入ってにっこり

 「この賞は世界的に有名ですから、受賞できてとっても光栄です」。授賞式を控えたハレさんに現在の心境を聞いた。

 姉妹は、両方ともキャリアを積んだ歯科医だ。30代でチューリヒの中央駅にデンタル・クリニックをオープンさせた。2003年のことだ。目指したのは「幅広いサービス」。1年を通じて休みなしの365日、平日は8時まで診療を行っており、忙しい通勤者や住民、子供まで、様々な人が利用する。

 クリニックの入口は温かいもてなしをイメージできる外観で設計され、壁には大きな水槽が埋め込まれて熱帯魚が泳いでいる。

 「私たちがやったことは、結構革命的でした。普通の歯医者さんと違って、大きな敷地を使って街のど真ん中に開業し、( 歯に関する ) 全ての専門家を1つの屋根の下にそろえたのですから」とハレさんは説明する。

 「店が集まる所に歯科を開業したのですから、気軽に入れるということをコンセプトにしました。『気軽に入って、にっこり』という感じですね」

 このアイディアはすぐさま成功に結びついた。現在では、常連客だけでも3万人が名簿に名前を載せる。「1番最初の日のお客様はたった20人でした。それが今では1日に150人のお客様がお見えになります」と話すのはゴルナールさん。

 クリニックでは虫歯の治療だけではなく、歯列矯正や歯を白くするなどの審美的な治療も行う。近年、スイスで需要が増している分野だ。

「スイスの笑顔」をお届け

 今年中には、チューリヒの中央通りにもクリニック・センターが開設される予定だ。ここでは、審美歯科とインプラントの治療が中心となるそうだ。このクリニックのためだけにスイスにやってくる国外からの顧客も多い。

 姉妹の快進撃は止まらない。スイスの高級リゾート地、サン・モリッツとイギリスのロンドンにも「スイスの笑顔」を届けることになっている。

 姉妹に成功の秘訣を聞くと、「タイミングの良さと正しいコンセプト」という答えが返ってきた。「それに、このビジネスの裏に2人の若い女性がいる、っていう事実も、ちょっと変わったことだったかもしれないわね」とハレさんは笑う。

 それでも彼女らが乗り越えてきた壁は、1つや2つではなかった。チューリヒにはすでに400ほどの歯医者がひしめきあっており、しかも女性が資金をかき集めるのは、並大抵のことではなかった。このコンセプトが当たるかどうか、確信できない人も少なくなかった。

 「まだまだ、スイスは男性社会ですし」とゴルナールさんは言う。それでも姉妹はやってのけたのだ。「私たちは二人とも子供もいます。仕事と家庭を両立する道を見つけたのです。多くの女性が、『そんなことできない』と不安がっていますが、大丈夫です。ただ問題は、時間配分など生活をどう切り盛りしていくか、ということだけなのです」とハレさんが続けた。

 「それから、仕事を趣味にすることですね。好きじゃなければ、やってられませんから」

swissinfo イゾベル・レイボルト・ジョンソン、 遊佐 弘美 ( ゆさ ひろみ ) 意訳

ヴーヴ・クリコ賞

1972年、フランスで成功したビジネス・ウーマンに贈られる賞が創設された。翌年、イギリスが続き、現在ではアメリカ、オーストラリア、日本、ブラジルなど16カ国にも広がっている。スイスが加盟したのは1985年。

賞は3月から5月にかけて授与され、受賞者たちは6月にはマダム・クリコの邸宅があるフランスのライムに招待される。

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マダム・クリコのシャンパン

バルブ・ニコル・クリコ・ポンサルダン ( 1777-1866 ) は、1805年に夫を亡くすと、家族の反対を押し切ってブドウ園の経営を引き継いだ。当時彼女は、27歳で、経営の経験は全くなかった。

ところがすぐにビジネス手腕を示し、1810年には「ヴーヴ・クリコ ・ポンサルダン」( Veuve Clicquot Ponsardin ) 社を設立。当時はシャンパンというものはにごっていて当然だったが、これを透明にする手法を発見して大当たりした。この手法は他のシャンパン会社にも取り入れられて現在に至っている。

マダム・クリコは、フランスで初めてロシアや中欧にシャンパンを輸出し、ロシア宮廷などで大変もてはやされた。

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