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ダライ・ラマを無視するスイス政府

Keystone

8月4日と5日、ローザンヌのマレー・スケート場で、ダライ・ラマ法王が法話と法要を営む。

しかし、スイス政府はノーベル平和賞受賞者であるチベットの精神的指導者との会見を取りやめるという。これは10年来初めてのことだ。中国側からの圧力があるのだろうか。

 「わたしたちは2国間の自由貿易協定に向けての土台作りをしてきました。2国間の協力は、実り多きものです。ダライ・ラマとスイス政府との会見によってこれまでに培った成果にひびが入ってしまうのは、非常に残念なことです」

 実際このような発言がなされたのかどうか今のところ誰も確認できていないにもかかわらず、噂だけが経済界に広まっている。この声からは、8月4日と5日のダライ・ラマ14世のローザンヌ訪問において、スイス政府閣僚とチベットの精神的指導者との接触を避けさせるために、中国との貿易で生じるであろうスイスの国家的利益に対して中国側が圧力をかけている、といった趣旨までが明らかにされているのだ。

無理強い

 北京駐在のスイス大使はこの件に関して口を閉ざす。確認も否認もせず、あるかどうかは分からないにせよ、中国の公式発表を待つ。同様に、北京のスイス・中国商工会議所所長のペーター・トロシュ氏も、ダライ・ラマのスイス訪問についてスイス大使と会談し、中国側の圧力は確認されていないと主張する。

 しかし、匿名の声はこう語る、北京の圧力は、実際にあるのだと。スイス政府にダライ・ラマとの会見の場を設けないようにと考えさせるには十分であり、無理を強いる何らかの圧力があるのだと。

7月15日の水曜日にそれは明らかになった。
「わたしたちは、連邦内閣の閣僚を招聘 ( しょうへい ) しましたが、肯定的なお返事はいただけませんでした」
と、「2009年ダライ・ラマ、ローザンヌに来たる」実行委員会のジョン・シュミット氏は、こう語る。

 シュミット氏による、ヴォー州知事パスカル・ブルリ氏、州閣僚フィリップ・リューバ氏を始めとするヴォー州政府官僚とダライ・ラマ法王との会見予定の発表後、ミシュリン・カルミ・レ外相は、スイス国民を代表する国民議会(下院)議長であるキアラ・シモネスキ・コルテジ氏にダライ・ラマ法王の迎賓の代行を任せると表明した。

ミシュリン・カルミ・レ外相の弁明

 何故外務大臣自ら歓迎に出向かないのか。
「この時期はとても忙しく、都合が悪いのです。ほかの閣僚も同様に、都合がつかないのです。それでわたしたちはダライ・ラマ法王をお迎えするに当たって相応しい待遇をと、話し合いました」
スイスフランス語圏の国営ラジオ放送 ( RSR ) にて、外相はこう語った。

 連邦政府としては、中国との自由貿易協定に向けての交渉に影響が出ることへの懸念があるのでは、ということに話が及ぶと、「その件の閣僚会議への干渉はありません」と否定した。

 「そもそも、スイスは中国からいかなる干渉も受けたことはありません。スイスは中国政府と絶えず対話を続けているのです」
 と、外務省広報担当官エリック・ローマン氏は述べる。

 この政府筋の公式発表は、論争に火をつけた。スイス・チベット友好協会は、閣僚との会見がないことについて「遺憾である」と表明し、ベルンのスイス・チベット議会団体は、連邦参議会に会見を要請する手紙を送付した。

 議会団体の副代表であり、ヴォー州国民党のオスカー・フライジンガー氏は率直にこう語る。
「情けない。スイス政府は無気力になっている。国際的な権力の前には頭を下げ、何も言うことができない。これはわたしが政治家として取り組んできたスイス本来の姿ではない。経済的な利潤が天秤に掛けられると、中国の独裁的共産主義に対して誰も面と向かってものを言うことができない。抵抗するよりも、悪魔に魂を売るほうが簡単だからだ」

 さらにこう言葉を続ける。
「もし、スイスがスイスらしくあり続けるならば、正義に真っ向から相対するために、会見を行う。反対に、利潤を生む契約の前に従順さを示すのであれば、会見は行わない。私はあらゆる時も、前者の姿勢を支持する。でなければ、スイスが現在まで孤立主義を貫いた国家としての存在理由がなくなってしまう」

中国の圧制の下?

 スイスは本当に中国の圧制の下にあるのか。必ずしもそうとは言えない。スイス国民を代表する国民議会 ( 下院 ) 議長がダライ・ラマを迎えることは、そう悪いことではない。しかも、「無限の叡智」は公式ではない、私的なスイス訪問に慣れている。

 ここ数年のうちに、連邦政府閣僚の4人はダライ・ラマと個人的に会見しているが、訪問の度にというわけではなく、会わない時もあった。カルミ・レ外相によると、法王を国賓として迎えたことはなく、常時は文化相の管轄になるという。「今後も、この方針を続けていくつもりです」

swissinfo.ch、北京にて アラン・アルノー、協力 ミッシェル・バルテール、 
( 仏語からの翻訳 魵澤 利美 )

検討
2009年1月、中国の温家宝首相のベルン訪問の際、スイス・中国両国は将来的な自由貿易実現の可能性に向けて、共同調査を開始した。

交渉
4月末北京にて、数回にわたる話し合いが開かれた。夏の終わりには、スイスにて開催される。スイス・中国調査団は、2009年下半期には実現に向けての交渉開始の可能性を示唆している。

スイスのチベット人社会
スイスとリヒテンシュタインは、ヨーロッパで最もチベット人を受け入れている国であり、その数は約4000人。アジア以外の地域ではこの2国だけが、チベット人民議会を有する。

移民の始まりは、1960年に遡 ( さかのぼ ) る。「スイスのチベット難民に、1000の家を」という、政府の承認を受け、スイス赤十字に支援された計画の下、トローゲンのペスタロッチ村に、20人の少年少女がやって来た。

1961年から1964年にかけて、158人のチベット人孤児が、スイス家庭に引き取られる。チベット人社会は1967年、西洋における初めてのチベット仏教寺院の建設をリコンにて開始した。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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