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世界経済不況 アジア市場に活路を見い出すスイス企業

機械産業は2011年、業績は好調だった。写真はガラヴェンタ社(Garaventa)の工場 Keystone

スイスの輸出業界はリスクを分散し新しい顧客を獲得しようと、アジアへの進出に力を入れている。だが、ヨーロッパ市場とのつながりをすべて断つわけではない。

その背景には、経済が急速に発展する新興国には新しいビジネスチャンスがあることや、対ユーロ、対ドルではスイスフランの為替レートが不利なことが挙げられる。

 2月発表の貿易統計によると、昨年、スイスから中国への輸出が19%増加し、香港への輸出増加率と同等になった。インド市場へはスイスからのモノやサービスの輸出が15%増え、ロシアへは13%伸びた。

 欧州連合(EU)へのスイスの輸出はここ2,3年で、6割に落ち込んだが、経済成長が著しいBRICs諸国(ブラジル、ロシア、インド、中国)でのスイス輸出額は2010年の7.6%から8.4%に増加した。

 スイスフラン高の影響は大きく、ヨーロッパへのスイス輸出額は落ち込み、スイスの企業は昨年、注文を絶やさないために価格を平均5.5%下げた。

万能薬はなし

 しかし、排ガス処理装置を手掛けるスイス企業「バウモート(Baumot)」が18カ月前に初めて中国市場に進出した理由は、スイスフラン高やヨーロッパ経済の悪化だけではないという。

 中国では今、大気汚染が最大の課題の一つとなっている。中国政府が排ガス規制に取り組むことになれば、収益のおよそ3割が中国で生み出されるだろうとバウモートはにらんでいる。

 だがバウモートの最高経営責任者(CEO)のマルクス・ハウッサー氏は、中国がスイス輸出業者の万能薬になるという見方は危険だと話す。「我々の製品のトレンドはやはりヨーロッパに向いている。そのため、ヨーロッパが我々にとっていまだに最大の市場だ。もちろん中国は巨大で、そこでビジネスをすることは大事だ。しかし、企業の収益の大部分が今後中国だけで生み出されるとなると、そこで経済危機が起こったときにその企業は苦境に立たされる」

信用の溝を埋める

 ユーロやドルに対するスイスフランの評価は急速に上がっており、スイスの輸出産業にとっては悩みの種だ。しかし、スイスフラン高であってもスイスの企業は競争力を維持できているとハウッサー氏は言う。

 「製品の唯一の強みが安い通貨ならば、自国に戻って作戦を練り直した方がいい」。ハウッサー氏は、スイスの企業に立ちはだかるスイスフラン高との戦いを厳しいマラソンに例える。

 一方、ルツェルン州ホッホドルフ(Hochdorf)に本社を置く「ホッホドルフ」は、中国に巨大な未開拓市場の可能性を見い出している。

 同社は乳児食用のミルクやシリアル製品を製造している食品企業グループだ。メラミンが混入された粉ミルクがスキャンダルとなった中国で、同社の製品が中国産の製品に代わって、信頼のおける商品になると期待を膨らませている。

 「中国では、地元の乳製品を信用しない家族が多い」と、ホッホドルフのアジア地域マネージャーのイーディス・コッホ氏は言う。「スイス製品は高品質との評判が高く、我々もそうした良い製品を製造している。これは、中国市場への参入を助ける大きなチャンスだ」

 中国での販売を始めたのが2009年だが、ホッホドルフが輸出する粉ミルクの3分の1が今や中国に出荷されている。

簡単に手の届く果実

 スイスの輸出産業にとってアジア市場がすべてとは限らない。中国などアジア諸国でスイス製品の輸出額が増加している理由は、時計の輸出額が大幅に伸びたことが大きく、輸出全体が増えているとは言い難い。

 当然のように、多額の借金を抱えるヨーロッパ諸国(特にギリシャやポルトガル)への輸出はかなり下がったが、経済力のあるイギリスやオランダへの輸出も弱まっている。

 一方、これまで多くのスイス企業にとって最大かつ唯一の市場であったドイツでは2011年、スイス製品の輸入が6%増加。スイス製品の輸出増加額は40億フラン(約3400億円)だったが、その半分がドイツへの輸出による。

 ドイツの輸出産業はというと、昨年は非常に好調で、初めて1兆ユーロ(約103兆円)を突破した。それに比べたら、スイスの貿易収支1976億フラン(約17兆円)はあまり多くない。

 だが、ドイツの経済成長の恩恵を受けて、スイス企業の収益が伸びるという面もある。ドイツの製造業が記録的な増産をした昨年、スイス企業はドイツの輸出産業に必要な部品や技術革新などを輸出することで業績を伸ばした。

多様化するのみ

 アメリカの市場も不調だが、昨年のスイスとの貿易は安定している。アメリカへの輸出額は2011年で2.4%増加し、スイスにとって2番目に大きい市場となっている。

 スイス貿易振興会(Osec)のパトリック・ジズメジアン氏は、リスクをうまく分散し、さまざまな市場に進出するなど輸出を多様化した方がよいと輸出企業に助言している。「持続可能な輸出戦略には、ユーロ圏やドル圏に依存し過ぎないことが大事だ。発展が著しい新興諸国では消費者が何百万人にも増えている。インドネシア、ベトナム、タイ、フィリピンなどの国はスイスの輸出企業にとってますます重要となっている。だがビジネスが成功するには、輸出戦略は少なくとも中長期的なものでなければならない」
 
 ジズメジアン氏はさらにこう続ける。「しかし、例えば企業が製品の8割をユーロ圏に出荷している場合、数カ月以内に新興国などほかの市場を戦略のターゲットにするのは難しいだろう」

スイスの輸出額は前年比2.1%増の1976億フラン(約17兆円)だったが、2008年と比べ約90億フラン(約7650億円)少ない。

2011年に輸出額がわずかに増えた理由は、多くの企業が価格を平均5.5%下げたからだ。1年間でここまでの落ち込みは史上最大。

世界的に不況の風が吹く中、時計産業は驚きの19%も輸出を増やした。そのうち中国への輸出は48%も増加した。

2011年に輸出を伸ばした部門はほかに、金属工業(2.2%増)、機械・電子機器(1.2%増)、食品・飲料品・たばこ(0.6%増)がある。

逆に、大幅な輸出減となったのは製紙・印刷(12.5%減)、繊維(6.5%減)、衣料品(3.8%減)となっている。

アジアへの輸出は9.6%増加し、中国(19.2%増)、香港(18.8%増)、インド(15.2%増)で大幅に伸びた。

一方、ヨーロッパで最大債務国のギリシャやポルトガルへの輸出は大きく後退。また、イギリス(9%減)やオランダ(10.7%減)への輸出も下降し、欧州連合(EU)への輸出は全体として0.7%減少した。

だが、スイスの最大の輸出国ドイツでは5.5%、アメリカでは2.4%輸出が伸びた。

(英語からの翻訳・編集、鹿島田芙美)

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