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中央銀行の赤字決算は何が問題なのか?

150万年。一般人ならこれだけの期間労働しなければ稼げない額の赤字をスイス国立銀行(中央銀行、SNB)は2022年にたたき出した。

SNBが昨年1320億フランの赤字を出したという9日の発表は決して驚くことではなかった。赤字額はSNB史上過去最高。それはスイス国民全員に関係のあることだ。なぜなら赤字でなければ連邦政府と州政府は最大60億フランをSNBから毎年受け取っていたが、今年はそれがないからだ。このため、財政削減か増税措置が取られることだろう。

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スイス中銀、2022年は過去最大の赤字

このコンテンツが公開されたのは、 スイス国立銀行(中央銀行、SNB)が9日発表した2022年の決算速報は、1320億フラン(約18兆8千億円)の赤字だった。赤字幅は115年のSNB史上最大だ。

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何が失敗の元凶だったのか?なぜ中央銀行は破綻しないのか?来年またSNBが連邦・州政府に配当金を収めるには何が必要なのか?

まずは分かっていることを整理しよう。中央銀行の黒字や赤字は、普通の銀行と同じように発生する。つまり投資で損失を被れば赤字になる。中銀が特殊なのは、お金を特に国外に投資している点だ。テスラ株や米国債など外国債などを保有している。

SNBは過去15年間、金融政策の一環としてこうした資産を購入してきた。目的は、通貨フランの相場をユーロやドルに対して安定させること、つまりフラン高が進みすぎるのを食い止めるためだ。2020年初めまでに合計で9660億フラン相当を外国資産に投じた。それが今、SNBの致命傷となっている。

経済学者のアレクサンドラ・ヤンセン氏は9日、ドイツ語圏のスイス公共放送(SRF)で次のように解説した。「SNBは金融政策という目的に沿って、資産の大部分を外国資産につぎ込んだ。そして株もそうだが国債が特に大きな損失を生んだ。それがSNBの赤字の原因となった」

数字はこの説明が正しいことを示す。赤字の大半は外国通貨が原因となった。為替だけで1310億フランの損失が発生した。

預金-資産=自己資本

誰がこの損失を負担するのか?簡単な答えは、中銀の自己資本だ。直近は1980億フランから660億フランに減った。だが、もしもう一度600億フラン以上の赤字が発生すれば、自己資本は底をつく。ここは中銀の特殊性の1つであるから、もう少し詳しい説明が必要だ。

まずは自己資本とは何か。普通の銀行なら答えは比較的簡単だ。UBSのような普通の銀行は一般顧客の口座を管理する。例えば全部で1億フランが預けられているとしよう。口座保有者がいつでもお金を引き出せるよう、銀行は預金をカバーしなければならない。UBSのような銀行は、顧客全員が一度にお金を引き出したい時に備え、最低1億フラン分の売却できる資産を持っていなければならない。

UBSの自己資本は、預金総額と資産の差額だ。UBSが1億2千万フランの資産を持っていれば、自己資本は2千万フランということになる。問題は、自己資本がマイナスになった場合だ。銀行は預金を全額払い戻しできなくなる。

中銀も似たような仕組みだが、重要な違いもある。

まずは共通点からみてみよう。まず、中銀には商業銀行が持つ口座がある。UBSは自身の口座を中銀に持っている(当座預金)。次に、普通の銀行と同じように中銀も資産を保有する。冒頭に示したように、中銀は主に為替に投資している。第3に、中銀の自己資本も普通の銀行とほぼ同様に計算でき、資産から負債を差し引いたものだ。負債は商業銀行がSNBに預けている預金の総額だ。

破産しない中銀

大きな違いは、まず中銀の自己資本はマイナスになっても構わない点だ。それには2つの理由がある。1つ目は簡単で、法的な理由だ。中銀は特殊な法的株式会社で、普通の銀行とは別の法律が適用される。自己資本がマイナスになれば普通の銀行は破産するが、中銀はすぐにそうはならない。

2つ目は経済学的な理由で、「中銀の負債は真の意味で負債ではない」という論理だ。少なくとも今は。この点を詳しく見てみよう。

かつて中銀にある預金は金(ゴールド)と交換することができた。中銀は銀行が金と交換したい時に備え、十分な金塊を金庫に保有していなければならなかった。1999年まで、銀行は中銀で預金を金に換えることができたのだ。それは今日では不可能だ。金保有は過去の遺物となった。

銀行は他行に貸し出すなどしてお金を手放すことはできるが、貸し出された銀行では突如中銀に預けているお金が増えることになる。つまり銀行システム全体で見れば、中銀に預けられているお金を引き出すことはできないのだ。この結果、中銀が全ての銀行に預金を払い戻さらない事態は起こりえない。中銀の資産が底をついて商業銀行にお金を渡せなくなっても構わないのはこのためだ。

万が一、全ての銀行が預金を手放そうと試みた場合、インターバンク金利が崩壊(急低下)してしまうが、SNBは当座預金金利を引き上げるなどして対応できる。

つまり、SNBの自己資本がマイナスになっても全く問題ないのだ。原則的には、自己資本がマイナスになったとしても連邦や州政府に配当金を支払うことさえできる。それをやらないのは、単にその気がないからだ。

フランへの信認

自己資本がマイナスになるのは法的にも経済学的にも問題ない。だがそれでもこの数日、中銀の信認という点で問題があると指摘するメディアが目立った。ドイツ語圏の日刊紙NZZは「SNBの自己資本がプラスであることは有意義だ」と述べ、大衆紙ブリックは「中銀の自己資本が長いことマイナスなのは体裁が悪い」とした。だがそれらが具体的に何を指すのかは、あまりきちんとした説明がなかった。

私の推測ではこうだ。「中銀の自己資本はプラスの方が望ましい」といった言説の背後にある錆びついた議論はもはや成り立たない。そうした議論は、銀行が「大変だ、中銀の金庫には我々全員への支払いにもう十分な量の金塊が無いようだ」と恐れなければならなかった時代のものだ。今日、銀行はいずれにしろ中銀で換金することはできない。今は銀行や市場が恐れるべきものは無い。少なくとも制度的な前提、例えば中銀の独立性が侵害されない限りは。

言い換えれば、SNBは今年ですら連邦・州に数十億フランを問題なく収められる。そうすれば財政削減や増税は避けられる。だがここではまだ議論すべき点が残っている。マイナスの自己資本を避ける金融政策へのインセンティブとして、フランに対する信認にかかわるという点だ。

今後はどうなるのか?来年また連邦・州に配当金を収めるには、2023年に何をすべきなのか。アレクサンドラ・ヤンセン氏は「2024年に連邦・州への分配金支払いが可能になるには、SNBは2023年に500億フランの黒字を生む必要がある」と話す。

だがSNBの100年を超える歴史の中で500億フランを超える黒字を出したことは1度しかない。市場が絶好調だった2017年だ。

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独語からの翻訳:ムートゥ朋子

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