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巨額の損失でもボーナス、UBS銀行の弊害

長期的視野にたってのボーナスシステムを支持するハンス・ガイガー教授 Keystone

スイス最大手UBS銀行は、サブプライムローン関連取引で巨額の損害を被ったにもかかわらず、従業員に昨年と同様のボーナスを支払うという。

チューリヒ大学銀行研究所のハンス・ガイガー教授はこれを銀行の「構造的弊害」と指摘する。長期的な利益を見極めることが重要と主張するガイガー氏に聞いた。

 UBS銀行は2007年、サブプライムローン関連の取引における損失のため、44億フラン ( 約4300億円 ) の赤字を計上した。合併後のUBS銀行史上初めての赤字である。2月12日、クレディ・スイス ( Credit Suisse ) の2007年の収益は85億フラン ( 約8300億円 ) と発表され、UBSの損失はさらに際立った。

swissinfo : 銀行業界にとってまずは信用が第一です。UBS銀行は決算直前に何度かにわたり減価償却を発表しました。しかも決算報告では巨額の損失を発表したわけですが、従業員へのボーナスは相変わらず支払うということです。スイスの金融業界のイメージに悪影響はありませんか?

ガイガー : スイスの金融業界だけの問題ではありません。国際的に業務を展開する銀行の問題です。そして、その悪影響は明らかです。

swissinfo :  巨額のボーナスが支払われるという魅力が、現在の銀行業界の問題のようですが、なぜでしょう。

ガイガー : 好成績を達成するため、従業員をボーナスやその他の報酬で評価しモチベーションを上げることは良いことです。銀行に大きな収益をもたらした行員がボーナスをもらえば、良い刺激になります。

しかし、刺激をそそる制度が例えば、確実な取引をおろそかにし、リスクの高い取引を奨励するようであれば、良くありません。こうした制度は、長期的思考より短期的な戦術を助長します。リスクの高い取引、短期的戦術のいずれもが経営に害を与え、望まれるものではありません。

swissinfo : クレディ・スイスは損益が出た場合、従業員にボーナスの返却するよう提案していますが、こうした制度をどのように評価しますか。

ガイガー : クレディ・スイスの場合、ボーナスを「閉鎖口座」に支払い、次の年に損失が出れば、閉鎖口座にあるボーナスが差し引かれるという制度です。この制度はまったく正しい方向にあるでしょう。こうでなければなりません。短期的な戦略へ走ってしまうという問題を解決する方法です。

swissinfo : スイス国立銀行の幹部であるダニエル・ヘラー氏も、ボーナスを準備金としてキープすべきだといったことを提案しています。

ガイガー : へラー氏個人の意見ではなく、国立銀行の提案だとわたしは見ています。へラー氏は「ファイナンシャルタイムス ( Financial Times ) 」にそのように書いたわけですが、この原稿は依頼されたものだからです。国立銀行の明らかな政策として、銀行の魅力を引き出す方法について意見を述べることで、銀行が危機に直面した場合は、中央銀行が肩入れするべきだと考えているのです。

swissinfo : ( 損失を出した場合の ) ハンディキャップ制度を取り入れる可能性もあるということでしょうか。

ガイガー : ハンディはすでにあります。UBS銀行の経営陣は、UBS株を多く持っているはずです。以前あったボーナス制度により、所有する株の一部は閉鎖口座に入っています。さらに株を買い足した可能性もあります。株価がたとえば半減すれば、すでにハンディは受けたことになります。

ボーナスとして株を譲渡していた場合、所得税を支払わなければなりません。株価の下落による損失と、現在価値が下がった株に税金を支払うことで2重にハンディを受けたことになります。

これまでのボーナス制度も株による支払であれば、ハンディキャップ制度であると言えます。会社はたぶんダメージを負いませんが、ボーナスをもらった人は損をしたり、恩恵が少なかったりしまして、ハンディを負います。

swissinfo : プライベート銀行は共同出資形態ですが、短期的な利益の追求は避けたほうがいいのでしょうか。 

ガイガー : 500年も続いているジュネーブやバーゼルにあるプライベート銀行の業務は、理想的だとわたしは思っています。理由は、個人資産をかけて業務に責任を持つので、大銀行とは業務態度がそもそも違うからです。また、銀行家は雇われた経営陣とは違った判断をします。銀行家は毎日のように重要な取引のために会議を開きますが、話し合いは戦略についてだけとは限りません。その取引をするのか、しないかといった話し合いがあります。大銀行とはまったく違った社風です。

しかし、その難しさもあります。銀行家が全責任を負うパートナー制度は、その難しさゆえに、ここ十数年減少しています。本当のプライベートバンカーは、今は少なくなりました。投資銀行業務がプライベートバンキングのような業務形態に再び戻ることは考えられません。しかし、元来の資産運用銀行であるプライベートバンキングが、再び繁栄できる可能性はあると考えます。

swissinfo : なぜ大銀行がそのような業務を投資業務で導入しようとしないのでしょうか。 

ガイガー : 大銀行では不可能です。アメリカの投資銀行は20年から30年前までプライベートバンキングのようにパートナー制度を敷いていました。しかし、今わたしたちはこうした米投資銀行を恨んでいます。たとえば「ゴールドマン・サックス( Goldman-Sachs ) 」はパートナー制度を持つ最後の銀行でしたが、株式会社として上場してしまいました。投資銀行は巨額の自己資本を必要とするため、パートナー制度ではやっていけなくなっています。パートナー制度では例えば500億フラン ( 約4兆9000億円 ) の自己資本を用意できませんから。

swissinfo : 大銀行の場合、ボーナス制度を通しその構造を変えていく可能性はあると思いますか。

ガイガー : クレディ・スイスの例があります。「フォントーベル銀行 ( Bank Vontobel ) 」も数年前にしっかりした良い制度を導入しました。UBS銀行が巨額の損失を計上したにもかかわらず、昨年と同様にボーナスを支払うことは、構造上の欠陥を示すものでしょう。

swissinfo、聞き手 クリスティアン・ラウフラウブ 佐藤夕美 ( さとう ゆうみ ) 訳

1997年からチューリヒ大学、スイス銀行研究所 ( Institut für schweizerisches Bankwesen ) の教授として活躍。金融市場監査委員などを務める。
1970~1996年 クレディ・スイス
1998~2004年 フォントーベル銀行役員

クレディ・スイスの2007年業績は85億フラン ( 8300億円 ) の純利益を計上した。一方UBS銀行は、44億フラン ( 4400億円 ) の赤字となった。スイス銀行( Swiss Bank Corporation ) とUBS銀行が合併して以来始めての赤字決算である。2月27日には株主総会が開催される。サブプライムローン関連取引について、株主からの厳しい追及が予想される。また、外部の特別調査委員会の設置なども提案されるもようだ。UBS経営陣はこうした提案を拒否する意向で、株主総会ではすべてを明らかに公表するとも言っている。

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