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自らタブーを破ったロレックス

アルプスをバックにしたロレックスの看板
著名観光地ツェルマットの目抜き通りにあるブヘラでも、ロレックスの看板がひときわ目立つ © Keystone / Christian Beutler

スイス高級時計の世界王者・ロレックスが宝飾品流通大手のブヘラを買収し、世界の時計ファンに大きな驚きを与えた。長年の提携関係の延長線上にある動きで、ロレックスの製造・販売戦略に大きな変化はなさそうだ。だが、時計を含むラグジュアリー業界の「場所」をめぐる争いはさらに熾烈になる可能性がある。

8月25日、ロレックスがスイスを本拠とするウォッチリテーラーのブヘラの買収を発表した。買収金額は未公表。ブヘラのロレックスグループへの統合は、競争当局が買収を承認した後、有効となるが、拒否される可能性は少ないと思われる。なお、それに伴い、ブヘラの子会社で時計を製造するカール・F・ブヘラもロレックスの傘下に収まる予定だ。

現在ロレックスは、高級時計メーカーとしては世界最大級である。推定年産本数は100万本以上、推定売り上げは80億フラン(約1兆3千億円)。傘下に加わる予定のブヘラも、ヨーロッパとアメリカを中心に100以上の店舗を構え、推定売り上げは18億フランを超える。加えてうち53店舗がロレックスを、48店舗が兄弟ブランドのチューダーを取り扱い、ロレックスの取り扱い店としても群を抜いて大きい。世界最大級のメーカーが、やはり世界最大のリテーラー網を買収したのだから、時計関係者がロレックスとブヘラの話題で持ちきりになるのは当然だ。

世界的に著名な時計ジャーナリストであるギズベルト・L・ブルーナーは「ロレックスによるブヘラ買収の噂は以前からあった」と独ウォッチメディアのUhrenkosmos外部リンクに記した。1888年創業のブヘラは、現在創業家の3代目イェルク・ブヘラ氏により運営されている。しかし、直系の後継者がいないため、その去就が取り沙汰されていた。同じスイスを拠点に持つロレックスによる買収は自然に思えるが、これが大きなニュースとなった理由は、ロレックスが長年の「禁忌」を破ったためだった。

ロレックスの方針転換

1924年創業のロレックスは、徹底した分業により成功を収めてきた。企画はロレックス・ジュネーブが行い、ムーブメント製造はビエンヌにあるロレックス・ビエンヌ(エグラー社)、販売は世界各地にあるリテーラーに委ねる。ロレックス・ジュネーブはロレックス・ビエンヌを含むメーカーを傘下に収めることで生産体制を一本化したが、同社はなおも、販売網を自社で持つことから距離を置いてきた。代わりにブヘラを初めとする有力なリテーラーと手を組むことで、ロレックスは強大な販売力を得たのである。唯一の直営店をジュネーブに構えているが、それ以外のロレックスショップは地元のリテーラーが運営するものだ。

製販を分離するというビジネスモデルを磨き上げた結果、ロレックスは過剰な在庫を持つ必要がなくなった。ライバル各社が、直販体制を推し進め、膨大な在庫を抱えるようになったのとは対照的だ。代わりにロレックスはリテーラーを手厚く保護し、その忠誠心を維持するよう努めてきた。

そのロレックスが、ブヘラの買収で自前の販売網を持つようになったのだから、方向転換を目の当たりにした時計関係者たちが大騒ぎするはずだ。

買収の予兆

ブヘラの買収はあくまで噂でしかなかったが、その予兆はあった。ひとつは、ブヘラによるロレックスの認定中古時計販売である。ブヘラはすでに良質な中古時計を販売していたが、昨年12月以降、わざわざロレックスの認定を得た中古時計を販売するようになった。関係者たちの反対を押し切ってもこのプロジェクトが進められたのは、ロレックスとブヘラの関係をいっそう強化するための布石、とみる向きは少なくない。

もうひとつが、ブヘラの傘下にある時計メーカー、カール・F・ブヘラの方針転換だ。

ロレックスによるブヘラの買収に先駆けて、カール・F・ブヘラはプレスリリースを発表した。このリリースで、同社はコレクションを3つに統合し、モデル数を120まで絞ると記した。加えて、世界中に広げていた販売網を、主要マーケットの米国、スイス、ヨーロッパ、中国、日本、インド、中東に集約するだけでなく、その総数を約40%縮小するとも記した。

成功を収めていたカール・F・ブヘラビジネスの方向転換には、ロレックスによる買収が前提にあったとみるのは自然だろう。少なくとも、ラインナップをクラシカルに振ることで、カール・F・ブヘラのコレクションは、ロレックスや、その兄弟会社であるチューダーとは被りにくくなる。買収に向けて、両者は粛々と地ならしを進めていたわけだ。

大きな買い物

ある金融関係者は、ロレックスによるブヘラの買収額はロレックス・ジュネーブが、ロレックス・ビエンヌを買収した際の金額よりもはるかに大きいだろう、と述べた。つまり最低50億フランは下らないという予想だ。関係者たちの意見を総合すると、ロレックスがあえて方向転換をしてまでも大枚をはたいた理由は、いくつかに集約できる。

ひとつは、場所をゆずりたくなかったため。ブヘラでもっとも良い場所を占めてきたのが、ロレックスと兄弟会社であるチューダーのブースである。仮にブヘラが他社に買収された場合、せっかくのロケーションを移さなければならなくなるかもしれない。あるいはロレックスに並ぶ名声を得たいメーカーがロレックスの隣にブースを作ろうとしても、ロレックスは文句を言えなくなる。

時計店のショーウィンドー
ルツェルンのブヘラ店舗でロレックスを眺めるアジア人観光客 Keystone

事実、あるラグジュアリーグループの関係者は「ブヘラのロケーションは喉から手が出るほど欲しい」と筆者に語った。これは彼の完全な私見でしかないが、ブヘラのロケーションには大枚をはたく価値がある、というのは時計関係者たちの共通した見解だ。

より良い場所を求めて

現在、ロレックスを含む時計メーカーは、よりよい立地を探すべく、常にGoogleマップとにらめっこをしている。店を構えるならば、よりよい場所の、よりよいスペースを得ること。これはアメリカでも、イギリスでも、メキシコでも、日本でも、中国でも同様である。各社の場所取り競争が熾烈になる現在、ロレックスが、ヨーロッパとアメリカでもっとも良い場所を占めるブヘラでのプレゼンスを維持しよう、と考えるのは自然だ。

ブヘラがロレックスに身を委ねた理由のもうひとつは、独立性の維持である。ブヘラの店舗網や売上げ、さらにロレックスとの強い関係を持つことを考えれば、同社のビジネスは安泰だ。仮にブヘラを買収するならば、その会社は一夜にして世界さいのリテーラーになるのである。

先述の金融関係者は「ブヘラが公に売りに出されていたならば、中東やアジアのリテーラーや、投資ファンドなどが手を上げただろう。そしてブヘラのロケーションを考えれば、切り売りすればすぐに利益は出るだろう」と語った。

赤の他人に買収される可能性を考えると、イェルク・ブヘラ氏がその独立性と一体性を維持できる相手を選んだのも理解できる。ロレックスのリリースが「ブヘラの成功を永続させ、1924年以来両社を結んできた緊密なパートナーシップを維持したいというジュネーブを拠点とするブランドの意向を反映したものである」と記す理由だ。

ロレックスによるブヘラの買収は時計業界を大きく変えるのか。結論から言うと「ノー」だ。ロレックス自身も、リリースの中で「ロレックスと他の正規販売店との間の実りある協力関係は今後も変わらない。ネットワークは変わらない」と明確に記す通りだ。製販を分けるというロレックスのポリシーを考えると、ブヘラの買収に伴い、ロレックスがリテールビジネスに大きく舵を切り直営店を増やしたりする可能性は小さい。つまり、大きくは変わらないと予想できる。

もっとも、ロレックスによるブヘラの買収は、ライバル各社に改めてロケーションの重要性を認識させるに至った。eコマースの時代こそ、リアルに店舗を構えるならば、よりよい場所の、よりよいスペースを。目立つ変化は少ないだろう。しかし、良いロケーションを巡るラグジュアリーブランドの争いは、今後一層熾烈となるに違いない。

編集:ムートゥ朋子

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