夢のひと時、メルヘン電車
チューリヒ市内を走るトラム ( 路面電車 ) のデザインは青と白。その中を赤い小さなトラムが1台ガタゴトと走る。運転手はなんとサンタクロースだ。
約50年の歴史を持つ「メルリトラム ( Märlitram ) 」は、毎年、11月の最後の週からクリスマスまで子どもたちを乗せて冬の街並を走っている。
「メルリ ( Märli ) 」は日本でもよく知られるドイツ語「メルヘン ( Märchen ) 」のスイスドイツ語。メルリトラムの赤い車体には天使やサンタクロースの絵が描かれ、車上には王冠のようなランプが灯る。名前の通り、とてもメルヘンチックなトラムだ。
20分間の夢の旅
チューリヒ湖に面するベルビュー広場 ( Bellevue ) 。すっかり陽が落ちた中でジェシカちゃん ( 7 ) とキャラちゃん ( 6 ) 、そしてテンチンちゃん ( 7 ) が鬼ごっこをしている。初めて乗るメルリトラムを待っているのだ。メルリトラムのプレゼントを思いついたのはジェシカちゃんの母親のマリアン・シャットさん。
「できるなら、私も一緒に乗りたいわ」
と、うらやましげに子どもたちを見る。
メルリトラムで夢の時間を過ごすことができるのは、4歳から10歳までの子どもたちだけ。大人は、運転手のサンタクロースと子どもたちの世話をする2人の天使の3人のみだ。
天使は普段、天上で星を磨いているが、クリスマスが近づくと、1年かけて集めた星屑を手に空から降りてくる。2人の天使は、メルリトラムに乗り込んで両側の長いすに腰掛けたおよそ10人の子どもたちに向かって優しく話しかける。
「目を閉じて」
そして、じっと座っている子どもたちの頬に金色の星屑をそっと塗っていく。
「こうすると、みんな幸せになれるのよ」
目を開き、顔を見合わせて喜ぶ子どもたち。次に天使は、絵本を手に童話を語り聞かせる。目の前に差し出される絵本をのぞき込む顔。柔らかそうな天使の翼にそっと触れる小さな手。運転席のサンタさんは、路上で手を振る子どもたちへの挨拶に忙しい。車内では子どもたちがクリスマスの歌を歌い出した。スイスドイツ語圏でよく知られている歌らしい。みんな声を合わせて朗らかに歌う。目の前には湖が見え出した。20分間の夢の旅はもうすぐ終わりだ。
乗降場のベルビュー広場では付き添いの大人たちがカメラを手に待ち構えている。プレゼントにもらったクッキーを片手に、子どもたちがトラムからかけ降りる。天使やサンタクロースと記念写真を撮り、
「じゃあね、サンタさん」、「天使さん、さようなら」
と夢の旅に別れを告げる。
大人も楽しむ
「このメルリトラムは100年位前に造られた年代物。今のトラムと違って運転するのが難しいんですよ」
と話すのは、今日のサンタ役を務めるローラント・ツェルトナーさん ( 52 ) 。旧式のオールドタイマー・トラムを運転する教習を済ませたところ、勤め先のチューリヒ交通公社 ( VBZ ) から「やってみないか」と聞かれてサンタ役を引き受けた。午後2時から夜8時近くまで休憩なしの運転はかなりハードだが、今年初めてメルリトラムを運転するツェルトナーさんは、
「こんな素敵な仕事は今まで経験したことがない」
と楽しそうだ。
天使役の1人、アンゲリカ・ヤウシさんはチューリヒ大学の学生。昨年、代役で1度メルリトラムの天使を経験した。そのときの楽しさが忘れられず、今年は正規のアルバイトを申し出た。夢の旅をしているのは、どうやら子どもだけではなさそうだ。
swissinfo、小山千早 ( こやま ちはや )
チューリヒ市交通公社 ( VBZ ) 、デパート「イェルモリ ( Jelmoli ) 」、ザンクト・ニコラウス協会 ( St. Nikolaus-Gesellschaft ) の共同運営
1958年運行開始
使用しているトラム ( 路面電車 ) は1912年製造
乗客数は年間7000人以上
対象年齢:4~10歳の子ども
運行期間:11月最後の週から12月23日まで毎日 ( シルベスターマラソンの日を除く )
運行時間:午後2時から7時まで。25分間隔
乗車料金:6フラン ( 約590円 )
チケット販売:チューリヒ市バーンホフ通りにあるデパート、イェルモリ4階の「お客様サービスカウンター ( Kundendienst ) 」
*クリスマスが近くなると売り切れになることが多いため、予約はお早めに。
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