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鉄砲かついで、ほいさっさ

残り3キロ。「らくだの背中」と呼ばれる起伏のある地形が、走者を苦しめる swissinfo.ch

国民皆兵のスイス。男子には20歳で入校する兵学校終了後は、毎年、3週間の兵役が課せられる。しかしそれだけでは不十分、というのが軍の意向。スイス兵たるもの、緊急時には常に出動できるコンディションを保つのが理想的なのだという。

ヴァッフェンラウフ ( Waffenlauf ) は、迷彩色の軍服を着て銃を担いで走るマラソンだ。兵士としての体力が試される絶好の機会だ。

兵役で使う銃を入れ6.2キログラムになったリュックサックを背負い、42.2キロメートルの行程を走るヴァッフェンラウフ。スイス独特の伝統スポーツだが、現在、消滅の危機に立たされている。

同朋意識が吸引力

 11月18日、午前10時ちょうど。トゥルガウ州、フラウエンフェルト ( Frauenfeld ) の市場広場 ( Marktplatz ) に設置された大砲から「ドーン」と放たれた空砲が、氷点下の空に鳴り響く。11月中旬に開催される「フラウエンフェルダー ( Frauenfelder )」 は1年を締めくくる最大規模のヴァッフェンラウフである。今年は女性14人を含む229人が迷彩色の軍服で走った。

 優勝は「スイス・マスター」のタイトル保持者パトリック・ヴィーザーさん28歳。フラウエンフェルダーには今回で5回目の参加という。2位のマーク・ベルガーさんを4分以上引き離してゴールした。
「今日は楽に走れました。起伏の多いこのコースのことはよく知っていますし、土地の大勢の人たちに応援されましたから」
 と声が弾む。

 軍隊が協賛しているとはいえ、ヴィーザーさんは軍隊が特別に好きというわけではないという。職業は警察官で、兵役は免除されている。ヴァッフェンラウフに参加するのは
「同朋意識です。走りながらお互い助け合うのが素晴らしい」
 今回で4回目の参加となるマルコス・リーダーさん ( 48歳 ) も「同朋意識」を理由の第1に挙げる。
「特別なマラソンだからです。興奮しますよ。来年も絶対に参加したい」
 
 スイス軍の協賛だが、外国にも門戸を開いている。条件はスイス軍に限らず、現役兵であるか、兵役を務めた経験があること。
「条件を満たし、旅費など経費を自己負担するなら日本からの参加も認めます」
 と運営委員長のロルフ・シュトゥーダー氏は太鼓判を押した。

 ドイツ、チュービンゲンから参加したクラウス・レーナー氏 ( 34歳 ) は
「ドイツにはありません。ここは最高です。カウベルを鳴らして応援してくれるスイス人が素晴らしい。景色もいいですね」
 と完璧なヴァッフェンラウフ・ファンである。

激減する参加者

 参加者の興奮とは裏腹に、参加者数は年々減っている。全国で開催されるヴァッフェンラウフの平均参加者数は1987年に804人に達したが、その後激減し、昨年は302人だった。シュトゥーダー氏は
「現役中は参加しようという意識も高いが、その後も続けようとする人は少ない。参加すれば兵役が1日免除になるという優遇措置も今はなくなりました。どうしようもないことです」
 と意外と淡々としている。

 実際、2002年から2006年までに10カ所で開催中止の憂き目にあっている。ヴァッフェンラウフがなくなってしまうという危機感は優勝者のヴィーザーさんにもある様子。
「ヴァッフェンラウフがある限り、走りたい」

 武装する中立国スイスだが、外国から誰も攻めては来ないと安穏としている現代にあって、ヴァッフェンラウフは趣味の域に追いやられていく運命なのかもしれない。

swissinfo、佐藤夕美 ( さとう ゆうみ )  フラウエンフェルトにて

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<第73回フラウフェンフェルダー2007年の結果>

男子
優勝 パトリック・ヴィーザー ( 1979年生まれ ) 2時間49分20.8秒
準優勝 マーク・ベルガー ( 1981年生まれ ) 2時間56分07.5秒
3位 ブルーノ・ハスラー( 1971年生まれ ) 2時間58分05.3秒

女子
優勝 モニカ・ヴィドマー ( 1977年生まれ ) 3時間25分48.5秒
準優勝 マリアン・バルマー ( 1960年生まれ ) 3時間39分32.4秒
3位 ユディット・ハルダー ( 1960年生まれ ) 3時間49分25.2秒

1916年9月24日に開催されたチューリヒ「軍隊荷物競走 ( Armeegepäckmarsch ) 」が、ヴァッフェンラウフの元祖。当時は走るのではなく行進。重い皮製の軍靴を履き、荷物はおよそ7キログラム。背負ったり、手で持ったりの「フリースタイル」で運んだ。第2次世界大戦を前後にして、各地で開催されるようになった
1954年には走行中に射撃テストも行われたが人気がなく、現在は銃は弾丸を入れずにリュックサックに背負うだけ。
1990年代をピークに年々参加者が減少し、2002年から2006年までに10カ所で開催中止に追い込まれた。フラウフェンフェルダーは1934年から開催され、今年で73回目を迎えた。

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