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30トンのオルガン

ヘルマン・マティスさんは、調律を深夜にする。現場での仕事は根気がいる。渋谷教会の調律には3週間半かかった。

クリスマスを教会で祝う人はスイスでも少なくなった。それでもキリスト教会にとってイースターに次ぐ大きな行事。オーケストラと合唱隊の演奏とともに、深夜のミサをあげる教会は多い。

このコンテンツは 2008/12/23 15:31

盛大なミサの終わりに、人々が歌うのは素朴なメロディーで全世界に知られる「きよしこの夜」だ。オーストリアの教会のオルガンがクリスマス・イブにネズミにかじられ動かなくなったため、作られたといわれる。しかし、スイスの「マティスオルガン製作所」が当時オーストリアにあったなら、オルガンも瞬く間に修理され、この曲は生まれなかったかもしれない。

20人の職人による手作り

マティスオルガン製作所 ( Mathis Orgelbau AG 以後マティス ) は、グラールス州ネフェルス ( Näfels ) という人口約4000人の小さな町にある。従業員20人のマティスはしかし、スイス国内をはじめヨーロッパでも有名な大聖堂や、東アジア諸国の教会などのパイプオルガンを組み立てている。教会の建物の一部として、パイプオルガンはその大きさも出す音もスケールが大きく、その市場も国際的だ。

1960年、ヘルマン・マティス ( 55歳 ) さんの父、マンフレットさんがマティスを創立して以来、これまで大小あわせて約400台のパイプオルガンを作ってきた。会社創立当時は、19世紀に発明された鍵盤の動きをパイプに伝達する「空気アクション」とよばれる伝達の仕組みが、一斉に壊れる時期に当たった。また、第2次世界大戦で壊れたパイプオルガンの修復や新しいオルガンを作る動きがあり、パイプオルガンのブームにあったという。さらに、教会などの暖房設備が整ったことで「200年、300年といった古いオルガンが2、3年で壊れていった」ことから
「1960年から40年間、これまでのオルガンの歴史にはまれに見るほど、オルガンが作られた」
とヘルマンさんは言う。

マティスが作るパイプオルガンは、パイプの部分から機械、演奏台や木製のケースそして飾りまで、全て自前だ。使う木材もすべてスイス産というこだわりがある。構造もなるべく機械式を取り入れている。例えば、鍵盤に指がタッチするとき出る音が演奏者に直接感じられることから好まれる「機械アクション」だ。これだと、「空気アクション」より寿命が長いという長所もある。電気に頼っている部分は、唯一、オルガンの音色の組み合わせを決めるストップ ( 音栓 ) の一部。19世紀以降に作られた幅の広い音色を持つロマンチック・オルガンの一部に限っている。

太陽オルガンに再会

オルガンのパイプからこれまでマティスが作った1番大きなパイプオルガンは、ポーランドの国境に近いドイツ、ゲーリッツ ( Görlitz ) にある「聖ペーター・ウント・パウル教会」の「太陽オルガン」だ。一部のパイプが放射線状に置かれ、太陽のような形を作っていることから、こう呼ばれる。

これがまさにヘルマンさんが16歳の時、オルガン製作専門学校で受けた始めての授業で、先生が紹介してくれたパイプオルガンだったという。1704年、パイプオルガンの名職人アダム・オイラツィオ・カスパリーニが作ったが、ケースしか残っていなかった。マティスが機械部分の設計図を元に1997年に復元した。
「25年後にわたしたちが、作ることになるとは、当時、思ってもいなかった」
とヘルマンさんが言う、いわく付きのオルガンだ。

聖ペーター・ウント・パウル教会の容積は3万4000立方メートル。よってパイプオルガンもおのずと大きくなる。太陽オルガンは、高さ14.41メートル、幅10.36メートル、奥行き1.82メートルで、29.7トンある。曲に合わせて音色を選ぶストップは89あり、このうち23ストップは、カスパリーニのオリジナルにはなかったものだが、ロマンチック・オルガン用の曲が弾けるようにと新たに付け加えられた。パイプは6095本。このうち5632本がスズと鉛の合金で残りが木製だ。全て寄付で作られたため、最終的に完成したのは2006年だったという。
ヘルマンさんはこのオルガンの調律に107夜費やした。

27メートルのトラッカー

マティスは新しいオルガンを作るばかりではなく、古いオルガンの修理も手がけている。
「古いオルガンを修理するとき、昔の技術を学べることが大きな利点です。今の使われているような機械がなかった時代でも、素晴らしく巧妙な技術が施されていることを知ると、自分たちの技術が情けなくなることもある」
とヘルマンさん。

これまで技術的に最も「チャレンジ」だったのは、1976年に手がけた、ザンクトガレンの大聖堂のパイプオルガンだ。合唱隊の両側にパイプ部分が2つに分かれて設置され、左側だけに演奏台があるため、鍵盤の動きをそれそれのパイプに送る装置のトラッカーが、教会の地下を通って27メートルに及んだ。
「作られた当時の1766年ならできたかもしれませんが、今やろうとしたら誰もできないと言うでしょう。しかし、わたしたちがこれを再現することで、こういった技術はいまも可能だということが分かりました」
この技術は東京の青山学院大学のオルガンに応用された。

「マティスの音は、ヨーロッパを二分するローマン派とゲルマン派という区分で表せばローマン派。ゲルマン派は音楽の構造を頭で聴く音楽。ローマン派は総合的な音響が聴く人の心を打つ音楽。ミサで奏でられるパイプオルガンは、聴く人の『アニマ』、つまり心に触れるものでなければなりません」
と語るヘルマンさん。パイプオルガンは演奏者のためにあるのではなく、教会に集まった人たちや、演奏を聴きに来る聴衆者のために「特別な空間を提供する」ための「仲介役」であることを強調する。

オルガン作りはハンドクラフト。正確な仕事を要求する手仕事である上に、立体的な感覚や素晴らしい聴覚を備え、物理学も理解する必要がある。
「頭脳明晰な人で、しかも手の器用な人を若いうちから育てるのは難しい」
マティスに来る見習いはスイス国外からが多いという。

swissinfo、佐藤夕美 ( さとう ゆうみ ) ネフェルスにて

マティス製作のパイプオルガンで「いざ歌え、いざ祝え ( O du fröhliche )」もオーディオコーナーでお聴きください。

マティスオルガン製作所 ( Mathis Orgelbau AG )

本社 グラールス州ネフェルス ( Näfels )
1960年 マンフレット・マティス氏が創立
1992年 息子ヘルマン・マティス氏が経営を継ぐ
従業員 20人 年間売上約330万フラン ( 約3億円 )
創立以来、ヨーロッパ、日本、韓国、台湾などのパイプオルガンの建築および修理を手がける。以下手がけたパイプオルガンは、ヨーロッパでは、システィーナ礼拝堂 ( バチカン ) 、ベネディクト修道院教会 ( アインジーデルン) 、バーゼル・ミュンスター ( バーゼル ) 、サンタ・マリア・デ・ベレン ( リスボン ) 、聖ペーター・ウント・パウル教会 ( ゲーリッツ) 、ザンクトガレン・大聖堂 ( ザンクトガレン ) など。
日本では日本キリスト教団渋谷教会、青山学院大学、横浜長老教会のパイプオルガンを作った。そのほか、個人のための比較的小さなパイプオルガンも手がける。

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