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スイス、ブロックチェーン人材の育成に注力

大学の講義
学生や企業の間で、大学でもっとブロックチェーンの講義が増えるよう要望が高まっている © Keystone / Christian Beutler

急速に拡大するスイスのブロックチェーン業界では、増え続ける求人数に対し、優秀な人材の確保が追いつかないという成長痛に直面している。大学では、ブロックチェーンと分散型金融(DeFi)を扱う新たなプログラムを設けるなど、こうした課題に対応するための取り組みを進めている。

ビットコインをはじめとした仮想通貨を支えるデジタルシステムのブロックチェーン。その暗号技術は、銀行やテクノロジープロバイダーといった既存のゲートキーパーに代わる存在として開発された。分散型金融は、仲介者を挟まず手数料を極力省いたブロックチェーン取引を実現する。

スイスのブロックチェーン企業の数は、2017年の300社から2020年末には約1200社にまで増加し、6千人以上が働いている。国内のスタートアップ企業に加え、Fireblocks、BitMEX、FTX Europeなど、スイスに拠点を置く海外企業も増えている。

スイス南部のルガーノ市は今年3月、地元のブロックチェーン分野を強化し、雇用を創出する一大プロジェクト外部リンクを発表した。だが問題は根深い。ルガーノ市経済開発担当ディレクターのピエトロ・ポレッティ氏は「ブロックチェーン企業は、熟練した労働力を必要としている。現在、この業界の(労働)需要は供給を大きく上回っている」と話す。

ルガーノに進出を希望する企業の1つが、世界で最も広く使われているステーブルコイン(ドルの価値に裏付けされた仮想通貨)を作ったことで知られるテザーだ。

人材集めに苦心する企業

テザーとその系列会社のビットフィネックス仮想通貨取引所で最高技術責任者(CTO)を務めるパオロ・アルドイノ氏は、両社の拠点としてルガーノを目指す理由を、スイスの豊かな金融知識を取り入れるためだと話す。

両社は「優秀な開発者やカスタマーサポート担当者、コンプライアンス担当者、マーケティング専門家を確保するのに苦労している」という。この春、数十人から最大数百人規模の人材募集を始めた。

ルガーノ市とテザーは、人材不足を解消するため、市内にある3つの高等教育機関と連携し、最大500人の学生に奨学金を給付することを目指す。

こうした意気込みはスイスの他の大学にも波及し、各地に専門コースが次々と誕生している。ブロックチェーンインキュベーター企業「クリプト・バレー・ベンチャー・キャピタル(CV VC)」とプライスウォーターハウスクーパース(PwC)の調査では、ブロックチェーンをカリキュラムに取り入れているスイスの高等教育機関は20校にのぼることがわかった。

スイスで最初にブロックチェーンに関するプログラムを開講した教育機関の1つがバーゼル大学だ。2017年に始まった1学期完結のプログラムは、金融・法律からプロジェクト管理まで幅広い分野をカバーし、今では学士から博士レベルまで11のコースが開講されるまでに発展した。

現在は約500人の学生が受講しているほか、オンラインで一般向けに無料提供されている中心的な2つの講座には、2千人以上が登録している。

ポッドキャストを通じた仕事の依頼

ブロックチェーン金融の世界で一流の仕事に就くためには何が必要か。そのヒントを示唆するのはザンクト・ガレン大学講師のアレクサンダー・ベヒテル氏だ。同大で貨幣理論の博士課程にいた同氏は、2020年からドイツ最大の銀行、ドイツ銀行でデジタル資産の責任者を務めている。

躍進のきっかけになったのは、2019年に始めたポッドキャストだった。学業とは関係のない「仮想通貨」をテーマにしたものだったが、一躍注目を集め、同分野のドイツ語ポッドキャストでは最も人気の高い番組の1つになった。専門家として名が知られるようになり、ドイツ銀行から直々にお声がかかったという。

ただベヒテル氏は、この業界でこうした一本釣り手法がいつまでも通用するとは考えていない。特に銀行やフィンテックのスタートアップ企業、その他テクノロジー企業間で優秀な人材の獲得競争が激しさを増しているからだ。「(ブロックチェーンは)暗号技術、コンピューターサイエンス、経済学などを組み合わせた、非常に複雑なテーマだ」

その背景には、銀行など従来のセクターでも労働力不足が深刻になっていることがある。その裏返しで、新興の暗号業界でも優秀な人材が不足している。

「ヨーロッパの大学には、暗号技術の世界に携わる人材を育成する優れたプログラムはほとんどない。これから卒業する学生が、3年制のプログラムを修了している可能性は非常に低い。基本的には業務の現場で知識を身につけなければならない」。ベヒテル氏はこう指摘する。

ザンクト・ガレン大学はこのため、今後さらにブロックチェーンをカリキュラムに組み込んでいくことを予定している。金融学が専門のアンジェロ・ラナルド教授は、「学生と労働市場の双方から需要がある」と話す。「ブロックチェーンの概念に触れる講座はいくつかあるが、ブロックチェーンと金融市場がどのように関係するのかや、非代替性トークン(NFT)とはどのようなものかというように、この理論をどのように応用するかを学ぶ統合的なプログラムはほとんどないのが現状だ」

新たなマインドセット

チューリヒ大学には独自のブロックチェーンコンピテンスセンターがあり、カルダノ・ブロックチェーン財団やカナダ、日本、インドの大学と連携して研究プロジェクトを実施している。また、同大学では、ブロックチェーンの教育コースも多数開講され、なかでもサマースクールプログラム「Deep Dive into Blockchain」には、60カ国から学生が集まった。

ブロックチェーンセンターのクラウディオ・テッソーネ会長は、このプログラムでは、ブロックチェーンの誇大広告を批判的に評価するよう学生に促していると話す。「学生が物語と現実を区別する能力を身につけることが重要だ。インターネット上の情報は質が低く、極めて偏っている場合が多いため、この点は非常に重要になる」(テッソーネ氏)

ルツェルン応用科学芸術大学(HSLU)でも、クリプトファイナンスや仮想通貨、ブロックチェーン技術に関するCASコースが開講されている。また、HSLUは、ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン、フランクフルト金融経営大学、国際情報技術大学ハイデラバード校(IIITH)、ミラノ工科大学スクール・オブ・マネジメントと連携して、スイス国内にDEC研究所を設立し、ブロックチェーン研究・教育の発展に貢献している。

もっとも、すべての大学がこれほど深くこのテーマに取り組んでいるわけではない。例えば、連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)は、既存のコースにブロックチェーンを組み込むことを選んだ。

EPFLのコンピューター・コミュニケーションサイエンス学部長を務めるジェームス・ラルス氏は「ブロックチェーンは、技術的な概念としてはそれほど難しいものではない」と話す。「修士課程を終えたEPFLの学生のほとんどは、ブロックチェーンを十分に理解できるだけの講義を受けているはずだ。最先端の人材ではないかもしれないが、我々の卒業生を採用すれば、適切な分野で十分な経歴を持つ人材を確保できるだろう」

もう一つの課題は、仮想通貨という不安定な世界でキャリアをスタートさせることにどれだけの人が憧れるかということだ。「安定した大企業に就職し、そこで働き続けたいと考えている学生は、かなりの割合にのぼる。人生のこの時期には、どこか面白いスタートアップ企業で働くべきだと学生に説得している。耳を傾ける者もいれば、聞き入れない者もいる」(ラルス氏)

英語からの翻訳:平野ゆうや

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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