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ロバート・パーカーの称賛を堪能するスイスワイン業界

Hans-Peter Siffert / weltweinfoto.ch

ここ数年間、スイスワインは国外でも静かな人気が続いたが、コスト高とマーケティング不振のせいで国際市場に入り込めないままだ。しかし世界的な影響力を持つワイン評論家ロバート・パーカーさんが高く評価したことから、スイスワインをめぐる状況は今まさに変わりつつある。

 国際的な評論家がスイスワインを高く評価したのは、これが初めてではない。しかしパーカーさんと並ぶワインの第一人者ヒュー・ジョンソンさんが30年前に指摘したように、高品質の証のようなスイスワインはその大半が国内で消費され、ほとんど輸出されない。

 英経済紙ファイナンシャル・タイムズ(Financial Times)の著名なワイン評論家ジャンシス・ロビンソンさんは、2008年にスイスワインの品質が向上していると評価したが、「何であれ他のスイス製品と同様、スイスワインも値段が高い」と難点を指摘した。スイスのブドウ園については、「(急な傾斜地に作られているため栽培や収穫が手作業となり)手間がかかるが、世界的にも美しいブドウ園の一つ」と明記している。

 

 事実近年まで、スイスワインの総生産量のうち、輸出に回されたのはわずか2%程度。スイスフランの高騰で、現在は1%にまで低下した。

スイスのワイン生産量は、年平均1億1000万ℓ。以前は白ワインが大半を占めていたが、現在では赤ワインと白ワインがほぼ同量ずつ。

ワイン用ブドウの栽培面積は、約1万5000ヘクタール(ha)(フランスのアルザス地方の面積に相当)。フランス語圏がそのうち4分の3を占める。ワインを生産している主な州は、ヴァレー/ヴァリス州(5136ha)、ヴォー州(3851ha)、ジュネーブ州(1288ha)、ティチーノ州(1036ha)、チューリヒ州(620ha)、ヌーシャテル州(600ha)。

スイス国内でのスイスワインの消費量は近年42%から38%に減少した。

 パーカーさんは1978年にワイン・アドヴォケイト誌(The Wine Advocate/TWA)を創刊。これは、世界で最も影響力のあるワイン情報誌といわれている。ワインを100点法で採点し、その点数でワインの売れ行きが一夜にして変わることもあった、

 

 TWA誌のワインテイスターは、パーカーさんを含むわずか5人。これだけの人数で世界中のワインを吟味している。従って、生産量のほとんどが自国で消費されるスイスワインが、これら5人の専門家の手元に届かなかったのもそう不思議ではない。

 主席ワインテイスターのデヴィッド・シルドクネヒトさんは、ヴォー州、ヴァレー州、ティチーノ州にある四つのワイナリーで生産されたワインを、彼個人の2012年ベストコレクションにリストアップした。さらに希少品種のシャスラ(ピノ・ノワールに次ぎスイスで最も広く栽培されているワイン用ブドウの品種)を称賛したことから、スイスワインの生産者はいよいよ自分たちの時代がやって来たと確信している。

 シルドクネヒトさんにシャスラ・ワインの試飲をしてもらうよう手筈を整えたのは、ブドウの遺伝学者ジョゼ・ヴウィヤモさんだ。ヴァレー/ヴァリス州出身で、アメリカでもワイン造りを学んだことのあるヴウィヤモさんは、ワイン用のブドウについての本を共著で出版している。

ヴォー州:ブレーズ・デュブ(Blaise Duboux)さんと ピエール・ルック・レェヴィラ(Pierre-Luc Leyvraz)さん

ヴァレー/ヴァリス州:ドメーヌ・デ・ミューズ(Domaine des Muses)のロベール・タラマルカ(Robert Taramarcaz)さん

ティチーノ州:カンティーナ・コップ・フォン・デア・クローネ・ヴィシーニ(Cantina Kopp von der Crone Visini)のアンナ・バルバラ・ヴォン・デア・クローネ・コップさんとパオロ・ヴィシーニさん

結局そんなに高くはない

 ヴウィヤモさんは、スイスワインの知名度はもっと高くてもおかしくないと熱心に説く。スイスでは国土が狭いながらも、際立った個性を持つ多種多様のワインが作られており、その豊富なバリエーションは、(アルプスと氷河の形成によって生じた)土壌と気候(大西洋気候、地中海性気候、大陸性気候)の多様性、さらにワイン用ブドウを栽培している主要地域に暖かく乾燥した局地風フェーンが吹き抜けることによって生み出されると説明する。

 

 しかし、ヴウィヤモさんは同時に、TWA誌の評価によって微妙な状況が生じる可能性があると危惧もする。生産者が価格を大幅に引き上げた場合、または良いワインを輸出に回した場合、国内の消費者が不利益を被ることになるからだ。

 この例として、ヴウィヤモさんはヴァレー州フリィ(Fully)のマリー・テレーズ・シャパさんが作っている伝説の有機栽培のワインを挙げる。シャパさんのワインは、(国内消費者のために)輸出制限を設けなければならないほどの大成功を納めた。「(同じ価格の外国産ワインと比べても)品質を考えたら、スイスワインはいい買い物だ」とヴウィヤモさんは保証する。

 所有のワイナリー「ドメーヌ・デ・ミューズ(Domaine des Muses)」で、シルドクネヒトさんにアルヴィンヌ(Arvine)種のワインを勧めたときのことを、ヴウィヤモさんは熱っぽく語る。テイスティングを終えたシルドクネヒトさんは、このワインの作り手ロベール・タラマルカさんにぜひ会いたいと願ったという。

量より質

 「シルドクネヒトさんの評価がTWA誌に載って以来、外国からたくさんの引き合いがあった」とタラマルカさんは言う。「まるで突然スポットライトがスイスワインに当てられたようだ」

 

 評価が遅かったのではないかという問いにタラマルカさんは、多くのワイン生産者と同様、スイスワインの質が非常に向上したのは、ここ数年のことだと答える。

 事実スイスワインは過剰生産に陥った時期が数年間あり、その後は外国製の安いテーブルワインに押された。その結果、「生き残るためには、量ではなく質を高めることが唯一の方法だと気付いた」とタラマルカさんは語る。

 

 スイスワインの生産は、一般的に家族経営で行われているが、若い世代は専門的な教育を受けるようになりつつある。中には外国で修業する若者もいる。若干34歳のタラマルカさんも、ワイン造りの技術をマスターするためにニュージーランドとフランスで4年間を過ごした。

 「山国スイス独自の質の高いワインを作るために必要なのは、先駆者の伝統的なノウハウと科学的な知識だ。若い世代の多くはエンジニアと言ってもいい」

ワイン・アドヴォケイト誌買収のニュースで世界のワイン界に激震が走った。2012年12月、65歳のロバート・パーカーさんが同誌の株式の大半をシンガポールの若い投資家に売却した。2013年末までに印刷版は廃止され、電子版のみがオンライン配信される。シンガポール在住の元特派員リサ・ペロッティ・ブラウンさんが編集長に就任する。筆頭評論家だったアントニオ・ガッローニさんは、自身のウェブサイトビジネスを開始するためにTWA誌を辞職した。同誌は、詐欺と契約不履行でガッローニさんを提訴中。

スイスワインの知名度はまだ低い

 ヴァレー/ヴァリス州のジル・ベスさんは、有名なワイン生産者で醸造学者でもあると同時に、スイスワイン振興会(Swiss Wine Promotion)の会長も務めている。同振興会は、各州のワイン生産者窓口を代表する上部組織だ。タラマルカさんと同様、ベスさんもスイスワインの品質は目覚ましい向上を遂げたと確信している。

 「しかし、まだ需要がない。振興会の存在も知られていないくらいだ」とベスさんは嘆く。問題の一つは、政府の補助がないことだ。生産者の大半は小規模経営のため、市場開拓に向けたマーケティングの資金を捻出する余裕がない。

 そのため、ベスさんにとってTWA誌の評価は願ってもないことだった。しかし、シルドクネヒトさんはリストにスイスの醸造家4人の名前を挙げたものの、ワインに点数はつけなかった。べスさんはそのことを指摘し、「事を動かすためには93点は必要だ」と話す。

 さらに「私たちのラテン気質にはないものだが、商業面でもっとアグレッシブになる必要がある」とも言う。現在は、スイスの航空会社で機内テイスティングの販促キャンペーンを実施中だ。

推奨注意

 シルドクネヒトさんにスイスワインの評価について尋ねると、慎重に言葉を選んで次のように答えた。「スイスワインは国内での消費量が多いため、ワイン輸出業者にとって価格面では魅力がない。また、これがスイスワイン独特の特徴だと言えるものもない」

 その理由の一つをシルドクネヒトさんはこう説明する。「スイスワインには、多様な微気候と醸造方法によって生み出された過剰なまでに豊かなバリエーションがあるからだ」

 これに、スイスの多言語環境が輪をかける。例えば、ワインの生産に最も多く使われる二つのブドウの品種は複数の名前で呼ばれている。ピノ・ノワール(Pinot Noir)はブラウブルグンダー(Blauburgunder)、クレヴナー(Clevner)、ブラウアー・ シュペートブルグンダー(Blauer Späburgunder)とも呼ばれ、ヴァレー/ヴァリス州のシャスラ(Chasselas)はファンダン(Fendant)とも呼ばれるといった調子だ。

 またシルドクネヒトさんは、高く評価され過ぎているスイスワインがあることを不満に思っている。これは、「国産ワインが一番」としたがる他の国にもありがちな傾向のせいだと推測しつつも。

  一方、スイスワインの評価やレポートを怠っていたのは、「恥ずべきことで弁解の余地もない」と認める。シルドクネヒトさんがスイスワインのテイスティングを始めたのは2011年になってからだ。

 しかし、現在シルドクネヒトさんの心を占めているのは他のことかもしれない。スイスワインがTWA誌に評価されたそのとき、予想外の事態が起きた。パーカーさんが同誌の株式の大半をシンガポールの投資家に売却したのだ。これによってその絶大な影響力にも陰りが出るかもしれない。

(英語からの翻訳・編集 笠原浩美)

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