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ブラックチョコの宝石

パスコエ氏「この記事を読んで日本から来店して下さった方には、チョコを一つプレゼントします」 Philippe Pascoët

スイスのチョコレートと言えば、ミルクチョコが有名だが、近年ブラックチョコの専門店「フィリップ・パスコエ ( Philippe Pascoët ) 」がジュネーブで話題を呼んでいる。

「ショコラティエの第1人者 ( Maître Chocolatier )」の称号を持つ パスコエ氏が作るブラックチョコは、「洗練された味と香りを持つチョコレートの宝石」と評され人気が急上昇している。

チョコレートの錬金術師

 「ガナッシュ」の小箱を開けると、華やかな色と模様が目に飛び込んでくる。一つ一つのチョコレートの上に細かな模様が色鮮やかに描かれている。色とりどりの小花を集めたブーケのような愛らしさだ。

 店の主力商品は、ブラックチョコのガナッシュだ。チョコレートに生クリームをたっぷり加えて作ったやわらかい食感の生チョコをガナッシュというが、パスコエ氏のガナッシュは生クリームを使っていない。カカオの中でも貴重なクリオリョ豆をふんだんに使ったブラックチョコに、フレッシュなハーブの抽出液、フルーツ、スパイス、洋酒を混ぜたものがパスコエ氏独特のガナッシュだ。

 パスコエ氏のガナッシュは40種類以上もある。パッションフルーツ、ローズマリー、タイム、サフラン、ベルガモット、シャンパンなど、多種のフレーバーのガナッシュを作り出したパスコエ氏をジュネーブのメディアは「チョコレートの錬金術師」と呼ぶ。パスコエ氏は、スタッフ、家族、友人、顧客の意見をオープンに取り入れ、常に新しい素材を試している。最近は菊花茶など中国のお茶や日本の柚子を用いた試作品を作った。

 ハーブやスパイスとチョコレートの意外な組み合わせに驚く人は多いが、素材の根源にあるブラックチョコが、それらのアロマを引きたてる役目を果たしている。新鮮なハーブやスパイスの香り、最上質のカカオの豊かな香り、かすかなほろ苦さとほどよい甘さが交互に広がり、味覚と臭覚がゆっくりと満たされていく。

 日本ではバレンタインデーといえばチョコレートだが、スイスでは赤いバラの花束を贈ることが多い。しかしパスコエ氏はチョコでハート型の入れ物を作り、その中に「アムール ( amour・愛 ) 」「パッション ( passion・情熱 ) 」と書いたガナッシュを丁寧に並べる。
 「お客様に美しいと思ってもらえるよう、アーティスティックにチョコレートを
並べます。全体のレイアウトをデザインし、美しく飾りつけることはクリエイティブな仕事です」
バレンタイン用にパッケージされたガナッシュの中には何か特別な成分を加えるのだろうか? パスコエ氏はしばらく考えた後
「愛の妙薬を」
 とにっこりほほ笑んだ。

ミルク対ブラック

 パスコエ氏の店には、スイス産のフレッシュな生クリームやミルクをたっぷり使ったミルクチョコレートもある。しかし、主力商品はブラックチョコだ。1987年にパスコエ氏がフランスのシャンベリー ( Chambéry ) の製菓店からスイスのモルジュ ( Morges ) の製菓店に移った当時、スイスのチョコレート市場の約70%を占めていたのはミルクチョコレートだった。現在その比率は約60%に低下したが、伝統的にブラックチョコはフランス、ミルクチョコはスイスといわれる。こうしたスイスで、しかも有名チョコレート専門店がひしめくジュネーブに、ブラックチョコの専門店を開店することをパスコエ氏が決意したとき、反対する声は多かった。
「頭がおかしくなったんじゃないかとたくさんの人に言われました」
 しかしパスコエ氏は、ブラックチョコこそが多種のアロマを引き立てること、そしてその魅力を理解する人が増えることを確信していた。
「ブラックチョコの味は、時間をかけて学ぶことによって理解できるワインの味のようなものです」

 2003年の開店以来、「フィリップ・パスコエ」の名は本格的なブラックチョコの専門店として少しずつ人伝えで広がっていった。そして大きな転機が2006年5月に訪れた。あらゆる職種の職人の中で最も優れているとみなされた職人に与えられるジュネーブ市職人賞の最優秀賞を、審査員の全員一致の決定によってパスコエ氏が受賞したのだ。
 「あれは5月10日の母の日でした。朝10時に開店するや否やあっという間にチョコレートが売り切れ、店の中は空っぽになりました」

2006年の受賞後もパスコエ氏は名声に甘んずることなく前進を続けた。前年から参加を始めたパリの「サロン・ド・ショコラ ( Le Salon du Chocolat ) 」のファッションショーのために、チョコレートで作った衣装を出品し、2007年に栄誉賞、2008年に優秀賞を受賞した。2009年のサロン・ド・ショコラ15周年記念ではオペラをテーマにしたファッションショーが開催され、パスコエ氏が数カ月間かけて作り上げた「トゥーランドット」の衣装が喝采を浴びた。

最良のバランスを求めて

 パスコエ氏はスイス国外への進出も考えている。2002年のバレンタインには東京のデパートでチョコレートを販売した。2008年にはスイスの商工会議所の主導で上海も訪れている。パスコエ氏は、日本のチョコレート市場について研究はしていないと言うが、日本のバレンタイン商戦がスイスのクリスマス商戦に匹敵するほど大規模なことや、ゴディバ、メゾン・ド・ショコラ、ダロワイヨなどヨーロッパの高級チョコレートの専門店が軒を並べる東京の一等商業地が銀座であることも知っている。そして日本の消費者の嗜好についても観察をしているようだ。
「日本人はチョコレートの味をよく分かっています」

 しかしパスコエ氏は、海外進出のためには解決しなければならない課題があると言う。
 「私はショコラティエ、つまり職人です。海外展開をするためにはビジネス・パートナーが必要です。海外に支店を出したとしても、同じ味、同じ品質、同じ色、同じパッケージ、同じリボン、同じエスプリ、同じ哲学で完全に統一したいのです。単なるフランチャイズ店を作るつもりはありません」
 そして現在の品質を維持したまま生産量を拡大していくには、そのための組織作り、人員と材料の確保が必要なことも課題に挙げている。

 ブラックチョコと何十種類ものアロマとの最良のバランスを生み出したチョコレートの錬金術師パスコエ氏のことだ、品質維持と生産量拡大のための最良のバランスも見つけ出すだろう。そして、いつか銀座に日本初のスイスのブラックチョコ専門店を開店する日が来るかもしれない。

笠原浩美 ( かさはらひろみ ) 、swissinfo.ch

1966年:フランスのブルターニュ地方に生まれる。
1984 ~1987年:サボワ ( Savoie ) 地方のシャンベリー ( Chambéry ) で菓子作りを学び、製菓職人の資格を取得。地元の製菓店で勤務
1987~1991年:スイスのモルジュ ( Morges ) の製菓店で勤務。
2003年:ジュネーブのカルージュ ( Carouge ) 地区でチョコレート専門店を開店。
2006年:ジュネーブ市最優秀職人賞受賞。
2007年:パリの「サロン・ド・ショコラ」栄誉賞受賞、パリ6区に支店を開店。
2008年:パリ「サロン・ド・ショコラ」優秀賞受賞 、ジュネーブ市最優秀ショコラティエ賞受賞
フランス人だが、現在スイス国籍申請中。

カカオ豆産地:南アメリカ ( 主にベネズエラ、マダガスカル、エクアドル ) 産の最高級のクリオリョ豆。
生クリーム、ミルク産地:スイス、グリエール地方
価格: 100g 12.50フラン ( 約1070円) 。 スイスの最大手スーパーマーケットチェーン店「ミグロ ( Migros ) 」の一番安いチョコレートは、1枚100gの板チョコで0.45フラン ( 約39円 ) 。
年間生産量:2トン ( 2006年) 、 7トン ( 2008年 ) 、 8~9トン ( 2009年推計 )
年間売上: 75万フラン( 2008年、 約6400万円 ) 、900~950万フラン ( 2009年推計約 7700~8100万円 )

チョコレート協会「ショコスイス」の発表では、2009年の生産量は前年比5.9%減の17万4109トン。売上17億200万フラン ( 前年比6.4%減 ) だった。金額ベースでみる消費は国内外半々となっている。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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