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コロナ後のインフレ 懸念は「行き過ぎ」

Computer chip
コンピューターに搭載するICチップの供給不足がボトルネックとなり、電子機器が値上がりする懸念が出ている Keystone / Sascha Steinbach

世界経済が力強く回復し、コロナ禍を払しょくするとの期待が膨らんでいる。同時に物価上昇への懸念も広がりつつある。スイスはどのくらいのインフレリスクを抱えているのだろうか?

自動車から食品、コンピューター製造まで、世界中の企業は原材料価格の急上昇への警鐘を鳴らしている。

ICチップの供給が世界的に不足し、電子機器が値上がりするとの懸念が浮上している。製品を世界中に運搬するコンテナ船の不足により、問題はさらに深刻になった。

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これは大企業だけに降りかかる問題ではない。家具など日用品を購入する消費者の財布にもそろそろ影響が出始めるとの恐れがある。

「2カ月前に比べ最大50%値上がりした製品もある」。スイス北西部で小さな工務店フレーバを営むペーター・バウマンさんはこう話す。さまざまな木材や、ハンドルや蝶番といった部品がその一例だという。

「一時的な」インフレ

さらに厄介なのは仕入れた資材の供給が不安定なことだ。配送が遅れたり不足が出たりする。フレーバは顧客に対し、費用や納期が変更する可能性があると予告せざるを得なくなった。

「最悪のシナリオは、注文がいっぱいあるのに資材を入手できないことだ。起業家リスクと言っていい」とバウマンさんは不安を募らせる。小企業の経営者は、競合に顧客を奪われない程度に価格転嫁できる範囲がいくらかを計算しなければならなくなっている。

似たような現象は国境を越えて生じている。食品大手ネスレや製造業団体スイスメム(Swissmem)は原材料価格の高騰に悲鳴を上げる国際企業の一部だ。

エコノミストや中央銀行もインフレを警告し始めている。スイス国立銀行(中央銀行、SNB)のトーマス・ジョルダン総裁は6月16日、原油価格の上昇が「今年、世界のインフレ率を一時的に押し上げる可能性が高い」と述べた。

連邦経済省経済管轄庁(SECO)も同15日に発表した最新の経済予測で、「もし(消費者)需要が大幅に高まれば、生産能力のボトルネックをもたらしインフレを加速させる可能性がある」と指摘した。だがSNBもSECOも、スイスの今年のインフレ率は0.4%と、他の大半の機関と同じく緩やかな上昇を予測している。SNBは同17日、政策金利外部リンクをマイナス0.75%に据え置くと決めた。

「行き過ぎた」懸念

これは矛盾した判断のようにも見える。その理由は何なのか?

エコノミストはインフレの危険が潜んでいることには同意しつつも、現時点でリスクは小さいと見ている。ジョルダン氏は今後数カ月価格上昇が進むと予想するが、SNBの経済予測部門は「世界で中期的にインフレが大きく進むとはみていない」という。

インフレの持続には企業活動や消費者支出の持続が必要だ。新型コロナウイルスの変異株が引き起こす新たな流行の波は、当面それらの持続を阻む不確実性を生み出している。

そうした状況で、企業は生産活動を大きく増やすことに消極的だ。一部の国では消費者が小売店の再開に湧いているが、雇用には不安を抱えている。

連邦工科大学チューリヒ校景気調査機関(KOF)のヤン・エグベルト・シュトゥルム所長はswissinfo.chの取材に「インフレへの懸念は少し誇張されすぎだと思う」と話す。

原油やガス、鉱物などの資源価格は、単純にパンデミックが引き起こした価格暴落から回復しているに過ぎないとシュトゥルム氏は指摘する。原油価格は過去数カ月で3倍に跳ね上がったが、商品価格はパンデミック前とほとんど同じ水準で取引されている。

資源生産者は中国と米国を筆頭とする需要回復の速度と大きさに面食らっている。シュトゥルム氏は生産やサプライチェーンが元通りになる日もそう遠くないとみる。

中銀の資金供給

2%を下回るインフレ率は経済成長の良い兆候だとエコノミストたちは捉える。モノの価格が賃金上昇と同時に高騰し、持続不可能なレベルまで加熱すれば懸念すべきだが、足元のスイス経済にそうした兆候はないとシュトゥルム氏は指摘する。

他にインフレの発端になりそうなのは、SNBや他の中銀が金利を低く抑えるために市場に流し込んでいる資金の規模だ。SNBのバランスシートは1兆フラン(約120兆円)近くに達し、7年前の2倍に膨れ上がっている。

その大半は他通貨に対するフランの急上昇を免れるため、外債・外国株の購入にあてがわれている。安全通貨としてのフランの価値は「依然として高く評価されている」(ジョルダン総裁)ため、こうした中銀の介入がなければフランがとめどなく上昇してしまうからだ。

ジョルダン総裁は5月、ドイツ語圏の日刊紙NZZとのインタビューで、フランの強さはスイスでのインフレを抑制する一助になるとの見方を示した。フラン高で輸入価格が低くなるからだ。

同氏はまた、スイスの政府債務が他国に比べて少なく、SNBがインフレの芽を潰すための利上げに対する政治的圧力が小さいと説明した。

難しいかじ取り

だが本当にインフレが問題になれば、SNBはジレンマに直面することになる。政策金利の引き上げや資金供給の引き揚げはインフレを落ち着かせる一方で、フラン上昇のリスクにつながるためだ。

シュトゥルム氏は「政策金利だけではなく、流動性の管理が重要になった今の世界において、中銀の任務が簡単になったわけではない」と話す。「むしろ物事が難しくなり、金融政策は極めて慎重な判断が求められ、かつてのように迅速には実行できなくなるだろう」

だがシュトゥルム氏は、必要に駆られればSNBはこの難題にもきちんと対処すると確信する。

政策金利に関しては、SNBのアンドレア・メクラー理事が6月16日、「市場参加者は依然として、2023年までは利上げが無いと見込んでいる」と述べている。

(英語からの翻訳・ムートゥ朋子)

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