スイスの視点を10言語で

世紀の国家的資金流用「1MBD事件」 スイスで公判始まる

マレーシアのナジブ元首相
2022年8月23日、マレーシア最高裁判所の外で、最終控訴審の休憩中に支持者に話しかけるマレーシアのナジブ・ラザク元首相 KEYSTONE

2015年、マレーシアを舞台にした不正流用事件「1MBD事件」が世界の耳目を集めた。不正に加担したスイスの企業経営者に対する公判が今月始まった。

※SWI swissinfo.chでは配信した記事を定期的にメールでお届けするニュースレターを発行しています。政治・経済・文化などの分野別や、「今週のトップ記事」のまとめなど、ご関心に応じてご購読いただけます。登録(無料)はこちらから。 

概要

約10年前、マレーシアのナジブ・ラザク元首相とその取り巻きが政府系ファンド「1MDB」から数十億ドルを横領していたことが、スイス発の内部告発で発覚した。スイス国籍を持つ2人の企業経営者も着服したとされ、今月2日、スイス連邦刑事裁判所(ティチーノ州ベリンツォーナ)で公判が始まった。

疑惑の内容

スイス・ジュネーブに本社を置くペトロサウジ・インターナショナルの経営者2人が2009年9月、カンヌ沖のヨット上で1MBDと合弁事業の設立で合意した。1MBDが10億ドルの資金を、ペトロサウジが権益を持つトルクメニスタンの油田を提供する内容だった。ここまでは合法だ。だがスイス連邦検察庁の起訴状によると、ペトロサウジは実際には油田を所有していなかった。

「1マレーシア・デベロップメント・ブルハド」、通称「1MBD」はマレーシアの政府系ファンド。ナジブ氏が2009年の首相就任後にマレーシアの開発・発展を目的に設立したものだが、今や近代史最大のスキャンダルを抱えている。その余波はマレーシアにとどまらず、数十億ドルが世界中に流出した。

首謀者と目されるマレーシアの実業家ジョー・ロー被告は、豪遊生活で数億ドルを溶かした。世界主要都市にある最高級ペントハウスやヨット、プライベートジェットを購入し、パリス・ヒルトンやミランダ・カーといった世界の富豪やセレブを集めてパーティーを開いた。捜査を指揮する米司法省によると、1MBDから流用された資金総額は少なくとも45億ドルに上る。うち7億ドルがナジブ氏の個人口座に流れた。

スイスの銀行口座を通じて1MBDの資金70億ドルが流れたが、7口座は違法だった。ロー被告が2009年にファンドから流用し、チューリヒにあるプライベートバンクCouttsに送金された7億ドルもその一部だ。

ペトロサウジ経営者はなぜ告発されたのか?

スイス・サウジアラビア国籍とスイス・イギリス国籍の経営者2人は、1MDBから得た資金の一部をベネズエラの石油生産に投資したが、利益の大半をマレーシアと共有せず自分たちの懐に入れたとされる。さらにスイス検察は、数億ドルを個人口座に振り替えたとみている。両被告は起訴内容を否認している。

スイスが果たした役割は?

スイスの活躍がなければ、この大スキャンダルが明るみにでることはなかった。マレーシアのペナン(プナン)族のために環境保護活動にあたるスイスのブルーノ・マンサー基金(BMF)が現地の情報筋から汚職の事実をつかみ、2014年にスイスで告発した。ただスイス検察庁は当時、この問題を取り上げなかった。 当局が動いたのは翌年のことだ。ペトロサウジの元取締役ザビエル・ジュスト氏が不審な取引をメディアに暴露したのだ。それを機に米国、シンガポール、スイスの当局が捜査に乗り出し、不正流用された1MDBの資金の大部分がスイスの銀行を通じて送金されていたことが分かった。

ザビエル・ジュスト氏
内部告発したザビエル・ジュスト氏は、ジュネーブに本社を置くペトロサウジ社で働いていた。退職後、データを入手し公表した KEYSTONE

裁判はマレーシアにとってどんな意味を持つのか?

2日にスイスで始まった裁判は、マレーシアにとっても大きな意味を持つ。マレーシアは当初、スキャンダルを隠蔽しようとした。検察官を刑務所に入れ、弁護士をコンクリート詰めにし、銀行家を路上で射殺し、女性通訳をお腹にいる子どももろとも爆殺した。犠牲者は全員、汚職の事実を知り、公表しようとしていた。事件が明るみに出ると、ナジブ元首相は2018年の選挙で落選し、複数の裁判が起こされた。同氏は汚職の罪で2028年8月まで服役中だ。

お金はどうなったのか?

1MDBはスイスの裁判で私人訴追の原告を務めている(訳注:スイスでは検察だけでなく被害者も刑事訴追が可能)。1MDBには総額50億ドルを超える民事請求権がある。スイス検察庁はスイスの銀行口座にある約1億9200万フランを凍結し、高級山岳リゾート・グシュタードにあるシャレーなど4物件を差し押さえた。これにより、少なくとも一部の資金はマレーシアに返還される可能性がある。スイスの銀行にあった他の流用資金がスイス財務省に没収されたことを考えると、マレーシアにとってその意義は大きい。。

今後どうなる?

スイス連邦刑事裁判所は、4月いっぱいかけて公判を進める。判決が下されるまでには数カ月かかる可能性がある。

ドイツ語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫


*本記事の2枚目の写真のキャプションは、2024年10月9日に更新しました。ザビエル・ジュスト氏が以前所属していた銀行からデータを入手し公開したという事実を反映したものです。

人気の記事

世界の読者と意見交換

swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。

他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部