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千差万別な模型の世界へようこそ

建築家ザハ・ハディドさんがデザインした、アラブ首長国連邦シャールジャの中東環境マネージメント会社「Bee'ah」本社 Museu für Gestaltung Zürich

私たちの日常は模型(モデル)抜きには語れない。家やオフィスなどの建築や、日々利用する列車が完成するまでには、その形状・構造・性能などを確認するために模型が使われる。一方で、過去や今の世界を理解し、知識を深めるためにも模型は使われる。例えば、博物館にある恐竜の復元模型や地球儀などがそうだ。日常と深く関わっている模型の多様性と可能性を紹介する展覧会が現在、スイス・チューリヒ造形美術館で開催中だ。日本からは建築家でデザイナーの寺田尚樹さんが模型を出展。同展示会は来年の1月8日まで開催されている。

 模型というと、鉄道模型やプラモデルなど趣味のための模型を思い浮かべる人が多いかもしれない。こうした模型は、その小ささゆえに本物にはない魅力を備えており、収集、鑑賞、組み立てを楽しむことが目的にされている。いわば、それ自体が「主役」の模型だ。

 その一方で、建築模型や試作モデルのように、建設や商品化にあたって必要な情報や、DNA模型などのように、医療や研究の場で理解を深めるために必要な情報を伝える「媒体」としての模型も存在する。

 模型にはまた、実物大のものを模写したレプリカから、実際のものを手のひらに載るほどのサイズに縮小したもの、さらにはデジタル上でしか存在しないものまである。

 このように「多くの顔を見せるからこそ模型は面白い」と話すのは、展覧会「Welten bauen – Modelle zum Entwerfen, Sammeln, Nachdenken(世界を構築する―設計・収集・思案)外部リンク」のキュレーター、アンドレス・ヤンサーさんだ。模型のそうした多様性を紹介すべく、同展覧会は最新鋭のデジタルモデルや、まるで芸術作品のようにストーリー性のあるミニチュア模型など、多種多様な模型を展示している。

設計のための模型

 今回の展覧会の目玉になったのが、実際の性能を確認するために作られた高速列車ジルーノ(シュタッドラーEC250)の模型だ。ジルーノは6月に完成したゴッタルドベーストンネル(ゴッタルド基底トンネル)を2019年から走行する予定だ。最高時速250キロで走行する列車の安全性をテストするために使われた縮小模型や、内装や照明のテストを目的に作られた等身大の車両モデルが目を引く。

高速列車ジルーノの安全性をテストするために使われた縮小模型(左手前)と車両を輪切り状にした等身大の車両モデル(奥) Betty Fleck © ZHdK

 ジルーノは今年から生産が始まっており、車両を輪切り状にした等身大の車両モデルは模型としての役目をすでに終えている。そのため同模型は今回の展覧会終了とともに廃棄され、今回が見納めとなる。

デジタルモデルの可能性

 ジルーノの模型のように、模型といえば実体のある素材で作られるのが一般的だが、近年ではコンピューターによる3Dデータを使って作成したデジタルモデルが 使われるようになってきている。

 イラク出身の英国人建築家である故ザハ・ハディド外部リンクさんが手がけた建築のデジタルモデル映像は、建築の特徴を細部までリアルかつダイナミックに伝える。それは、砂漠の中に横たわる、近未来的なドーム型オフィスの外装を空中から映し出し、滑り込むかのように視点は流れ、内装を紹介している。

 そして、あたかも建設予定地に建築物が実在するかのようなリアルさを持っている。オフィス内にはすでに家具や観葉植物が配置され、すぐにでも働けそうに見える。

 プレゼンテーションしたい部分を360度自由自在に映し出し、建物内部での生活をリアルに想像させることができるのは、デジタルモデルの最大の強みだ。

インタラクティブな模型

 デジタルモデルにはインタラクティブなものもある。チューリヒ応用科学大学の研究チームによる3Dデジタルモデル「タンジブル・バーチャル・モデル外部リンク」では、めったに開花しない世界最大の花、ショクダイオオコンニャクの開花を実物大で体験し、この植物についての理解を深めることができる。

 大画面の前に設置されたセンサーの上で、両手を上下左右に動かしてショクダイオオコンニャクを開花させ、また特定の箇所を指で示して植物の内側を覗いたり、情報を呼び出したりすることができる。

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 また、連邦工科大学チューリヒ校の研究プロジェクトの一環で開発された、モバイルアプリケーション用の3Dスキャナーは、スマートフォンのカメラを利用して瞬時に3Dのデジタルモデルを作成できる。「流通している産業用の3Dスキャナーはコストが高い。高性能でありながら手軽に使える3Dスキャナーを作りたかった」と、同大学の研究者でプロジェクトチーム外部リンクの発起人の一人であるペトリ・タンスカネンさんは言う。

実物を抽象化

 デジタルモデルのように対象物を細部まで本物そっくりに模倣するものがある一方で、詳細を省いて抽象化することで、逆に対象物の特徴をよりストレートに伝える模型もある。その例がチューリヒ造形美術館も入っている建物、トニー・アレアール外部リンクの建築模型だ。

 トニー・アレアールの中には美術館などの文化施設、チューリヒ芸術大学やチューリヒ応用科学大学などの教育施設、住宅が入っており、公共空間と私的空間が共在している点が特徴的だ。

 外装や内装の細部を極限まで省略し、さらに公共空間と私的空間を区分する外壁と内壁を色分けすることで、この建築模型は一つの建物の中に二つの異なる空間が独立しながらも共在するという、トニー・アレアールが持つ特有の構造性を前面に押し出すことに成功した。

スイスの建築設計事務所「EM2N」によるトニー・アレアールの建築模型 Museum für Gestaltung Zürich

 この建築模型の表現力をさらに高めたのは、模型の素材に使われている透明性の高いプレキシガラスだ。「レントゲンモデル」と呼ばれるように、同模型は外装から内部の構造までを一望できる。

脇役から主役に

 対象物を抽象化することで表現力を高めるという点は、日本人建築家でデザイナーの寺田尚樹外部リンクさんが出展している添景(てんけい)模型外部リンクにも共通している。添景模型とは建築の模型を引き立たせるために脇役として使われる模型だ。

建築家でデザイナーの寺田尚樹さんによる添景模型。1/100建築模型用添景セット「No.34 バンコク編」 Kenji Masunanga

 100分の1に縮小された紙製の人、木、車などの添景パーツを組み立てて、街路樹、事故現場、お花見などの日常のワンシーンをはがきほどの面積上で表現する寺田さんの模型作品は「ストーリー性が強い反面、とても抽象的だ」と、キュレーターのヤンサーさんは言う。

 「人や動物には顔がないし、服も着ていなければ模様も描かれていない。また素材も紙と非常にシンプルだ。しかしその抽象性こそが模型のストーリーに活気を与えている。しかもこの作品は、同展覧会の三つのテーマである設計・収集・思案のどれか一つに区分できないところが面白い」(ヤンサーさん)

日常とつながる模型

 今回の展覧会「世界を構築する―設計・収集・思案」が紹介するように、模型には何かを設計するためのモデルとなるもの、収集、鑑賞、組み立てを楽しむためのもの、そしてあるものや事象について思案し、理解を深めるための学術的なものなど様々なものがあり、どれも私たちの日常とつながっている。

 私たちの周囲の多くのものは模型を元に構築されている。また、そうして完成したものを模写して私たちを楽しませたり、実際には見えないものを再現して思案する材料を提供してくれたりするのも模型だ。

 模型は私たちの世界を構築する未来設計図であり、既存の世界を小さな空間で表現する、ある種の立体図鑑といえる。

ザハ・ハディド(Zaha Hadid)

今年3月末に死去したザハ・ハディドさん(65)は、2004年には建築界のノーベル賞とも称されるプリツカー賞を女性で初めて受けた。その後09年には建築部門で高松宮殿下記念世界文化賞外部リンク、12年には20年の東京五輪の会場となる新国立競技場の国際デザイン・コンクール(旧計画)で最優秀賞外部リンクを受けた。

代表作には、イタリア国立21世紀美術館(MAXXI)、ドイツのライプツィヒにあるBMWの自動車工場、広州オペラハウス、12年ロンドン五輪の水泳会場アクアティクスセンターなどがある。

日本国内ではイタリアのファッションブランド、ニール・バレット青山店の内装デザインや、札幌にあるモンスーン・レストランの内装などを手がけた。

皆さんはお仕事や趣味など、日常の中でどのような模型に触れていますか?ご意見をお寄せください。



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