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シリア内戦 国連の失態 シリア和平はどうなる?

The northern town of Ariha, in Idlib province, Syria

シリア北西部にあるイドリブ県北部の町アリハで起きた戦闘によって破壊された建物

(Copyright 2018 The Associated Press. All rights reserved)

「300万人もの市民の真っただ中で、巨大な火薬樽をもてあそんでいる」。国連シリア担当特使の人道問題担当顧問だったヤン・エグランド氏の言葉だ。エグランド氏は昨年11月、国連の人道支援タスクフォースの会合で最後の議長を務めた後、顧問の職を辞任した。

エグランド氏が話題にしたのは、反体制派最後の重要拠点、シリア北西部のイドリブ県のことだ。ロシアとトルコによって町を取り囲むように作られた非武装地帯はほころび始めていた。迫撃砲による攻撃や空爆、武力侵入が続き、緊張が高まっていた。

イドリブ県へ政権軍の総攻撃が行われれば、多くの人が今も信じているように、長年にわたる血みどろのシリア内戦最後の、しかし、おそらく最も凄惨な戦闘になるだろう。シリア北部のアレッポが陥落した時、そして、ダマスカス近郊の東グータ地区が制圧された時にも、反体制派の人々とその家族は、シリア政府による残虐な報復を恐れてイドリブ県へ逃げた。そうするだけの理由があった。

イドリブ県には約3万の戦闘員と、エグランド氏が懸念する300万人の市民がいるとみられるが、今や政権軍に包囲されている。それにもかかわらず、何年もの間、根気強くシリア市民の保護に尽力してきたエグランド氏は辞任してしまった。エグランド氏の上司である国連シリア担当特使のスタファン・デミストゥラ氏も昨年末で辞任した。

多くの人の目には、辞任のタイミングとしては適当ではないように映った。シリアにおける人道支援の必要性は計り知れず、内戦は小康状態とはいえ、終わったわけでは全くないのだ。

シリア首席交渉官で、ニューヨークのシリア国連代表部のバシャール・アル・ジャファリ大使(左)と握手するスタファン・デミストゥラ国連シリア担当特使(右)。2017年3月24日、ジュネーブで開催された和平協議にて

(© KEYSTONE / MARTIAL TREZZINI)

国連は蚊帳の外?

しかし、実際のところ、シリアの未来はずいぶん前から、国連主導の和平協議が行われるジュネーブではなく、ロシア・イラン・トルコ主導の別の和平協議が行われるカザフスタンの首都アスタナで決められている。ロシアは圧倒的な空軍力を使って、シリア政権軍が反体制派に掌握されていた地域を次々に奪還するのを支援し、シリア内戦に介入した。そして、ロシア・イラン・トルコ主導の和平協議が可能になった。

7年という長い年月が経過した後で新たな和平協議が始動したことは、国連の失敗を意味しているのだろうか?7年間で3人の特使が派遣された。コフィ・アナン氏とラクダール・ブラヒミ氏は成果を上げられないまま辞任した。デミストゥラ氏は前任の2人よりも長く職にあったが、やはり辞任してしまった。

国連は外交に年月を費やし、ジュネーブでは和平交渉のための会合が何度も行われた。私はそのほとんどの全ての会合を報じたが、今振り返ってみると、奇妙に思える。国連主導の和平協議は、外交的華やかさと希望さえ伴って、何百人というジャーナリストが出席した式典で幕を開けた。しかし、徐々に縮小し、デミストゥラ氏によって、和平を達成するのではなく、将来のいつか、シリアの新憲法を起草する憲法委員会のための構造を作るという骨の折れる試みへと変化していった。

最高潮から退屈な協議へ

国連主導の和平協議は、最高の見せ場から茶番劇へ、そして実際のところ、退屈なものへと変わっていったように少なくとも私を始め多くのジャーナリストには見えた。出席を約束していた代表団が実際には来なかったこともあった。出席者が怒鳴り散らして去ることもあった。シリア政権の代表団と反体制派の代表団が同じ部屋で会うことは滅多に無かった。デミストゥラ氏やその前任者らは、中世の疲れた使者のように、両派の間を行ったり来たりしなくてはならなかった。

ブラヒミ氏は一度、両派の代表団を同じ部屋に集めたことがある。しかし、実は、彼らが席に着いたのは、お互いに目を合わせなくて済むような特別な形をしたテーブルだった。

私たちジャーナリストが遅れる一方の記者会見を待っている間、眠れない夜もあった。協議の場がジュネーブのパレ・デ・ナシオン(国連欧州本部)から出席者が滞在する5つ星ホテルに移ったこともあった。この戦略が執られるのはいつも冬で、ジャーナリストが外の通りで待つよう警察に言われると決まって和平協議に進展がなかった。それで、寒さでかじかんだ指で「和平協議、進展せず」とツイートし、メールを送信した。

ヤン・エグランド国連シリア担当特使特別顧問

(© KEYSTONE / MARTIAL TREZZINI)

国連の失敗? 

では、国連にとってシリアは失敗例なのか?多くの人が肯定するだろう。ある国の平和的なデモに端を発した紛争は、第二次世界大戦よりも長く続いている。何百万人が故郷を追われ、何十万人が殺された。多くの地方政権が紛争に加わり、シリアの卓越した歴史的な街は廃墟となった。

しかし、この質問を受けたエグランド氏は、その失敗をより幅広い基準で見ようとした。

「我々みんながシリア市民を失望させたと私は強く感じている」と職を辞する最後の日、エグランド氏は私に話した。「この戦争は、社会的弱者が溢れている人口過密地域を地獄のような大混乱に陥れたようなものだ」

「何よりも、(私は)武器と権力を持つ者(を糾弾する)。現場の紛争当事者は彼ら自身の民を失望させた。なぜなら、彼らは嬉々として最後の一人に至るまで戦おうとしたからだ」

「そして、資金や武器を提供した者、紛争当事者と一緒になって戦争した者、火に油を注いだ者を非難する」

「さらに、彼らを止められず、この暴力を抑えることができなかった我々全員の責任でもある」

国連で今、何が起きているのか?

もちろん国連はシリアを諦めたわけではない。昨年末、人道支援機関は、シリア難民とその受入国を援助するための今年の資金として55億ドル(約6千25億円)を要求した。難民は少しずつシリアに帰り始めているものの(昨年は、約3万7千人)、560万人の難民のほとんどにとって本国帰還はまだ安全ではないからだ。多くの難民が、シリアに残してきた土地や財産の所有権を証明する書類を持っていない。多くの家屋、学校、病院、水道、電気線は破壊されたままだ。

また、次の国連シリア担当特使にノルウェー出身の外交官ゲイル・ペダーセン氏が任命された。ペダーセン氏は時には「外交官の中の外交官」と評される人物で、中東問題など複雑な紛争に幅広い経験を持つ。

ペダーセン特使がエグランド氏の後任の人道問題担当顧問を任命すると期待されている。この先何カ月あるいは何年、シリアにとって人道支援は欠かせないだろう。

デミストゥラ前特使は辞任までに残された時間を、前途多難な憲法委員会の設置に尽力した。お役所的で非常に複雑なようだが、デミストゥラ前特使もペダーセン特使もその後任も、国連システム全体が見据えているのは和平だ。ロシアやその同盟国がシリアの大部分の地域に押し付けようとしている停戦ではない。

経験豊富な外交官なら誰でも、国民に支持される憲法は持続可能な平和の礎であると言うだろう。和解や戦争犯罪に対する説明責任も同じことだ。

これらはすべて国連が膨大な経験を持っている分野であるだけに、シリアと長年にわたり苦しんでいるシリア市民のために、国連は達成しようとするだろう。 

その一方で、世界中がシリア内戦に学ぶべきだとエグランド氏は指摘する。

「我々は、この戦争から学ぶ必要がある。将来、戦争はどのように戦われるかということ学んだと言うのであれば、我々は150年にわたる人道主義の原理を踏みにじっている」と警告する。「小さな紛争を大きい戦争にしてはならない、ということを、ロシアとイラン、トルコ、そして、米国とサウジアラビアは、シリア内戦から学んでいると私は心から願う」とエグランド氏は締めくくった。

イモージェン・フォルケス

イモージェン・フォルケス(Imogen Foulkes​​​​​​​:英国スコットランド出身。スコットランドのテレビ局でジャーナリストの道に入る。その後、スイスインフォの前身であるスイス国際放送に入社。2004年からBBCジュネーブ・スイス支局の特派員。南米コロンビアにおける赤十字国際委員会(ICRC)の医療ミッションを始め、北アフリカ・チュニジアでの国連の人権啓発活動やセルビアにおける国連の高齢難民支援活動を取材。スイスでは世界最長のゴッタルドベーストンネルの開通式から温暖化によって縮小するスイスアルプスの氷河まで幅広い分野を追いかけている。

(swissinfo.ch)


(英語からの翻訳・江藤真理)

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