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スイス発最先端のエコ建築は日本向け


濱四津雅子 ( はまよつ まさこ )


調湿機能のある壁パネルで、夏も冬も快適な「呼吸する家」。建設現場は騒音も比較的少なく、建設段階においても環境負荷が低い ()

調湿機能のある壁パネルで、夏も冬も快適な「呼吸する家」。建設現場は騒音も比較的少なく、建設段階においても環境負荷が低い

「夏は暑く冬は寒い、カビに弱く短寿命の木造住宅が日本に多いのはなぜか」というスイス人建築家の疑問からスタートした研究が、日本とスイスの共同技術開発へと結実した。

日本の高温多湿の気候に適した、長寿命でしかも省エネ率の高いエコ住宅が、まもなく実用段階に入る。

日本の家のための技術をスイスで研究

 建設省 ( 現・国土交通省 ) の1996年版建設白書によれば、日本の住宅の平均寿命は約26年ときわめて短い。

 「ヨーロッパの家なら、レンガ造りでも木造でも150年は住むことができる。日本には、古民家や神社仏閣など古代の木造建築も現存する一方で、なぜ、近年の住宅は次々と建て直さなくてはならないのか。理解に苦しんだ」

 とスイス人建築家レネ・パウル氏は言う。

 パウル氏は1991年から2年間日本に滞在し、劇場や駅などの大型建築事業に建築家として携わった。その間、日本の木造建築について学んだ。

 

 家は、新しく建てるにも取り壊すにも、膨大な資源とエネルギーが必要だ。だからこそ、日本の伝統的な家屋の魅力とその弱点を学んだパウル氏は、

 「日本人が好む木造で、夏も冬も快適に過ごせて、さらに省エネが実現でき、何代にもわたって住める長寿命の家が求められているのではないか」

 と考えた。その後、ヨーロッパの建築ノウハウを応用してこのアイデアを具体化すべく、1997年に研究をスタートさせた。

ビジネス展開の難しさ

 そのとき、当時建材として見向きもされなくなっていた杉に注目。杉は、戦後の植林政策に伴い全国に大量に植えられたが、その後、安価な輸入材の影響で商業価値がほとんどなくなった。そのため杉林の多くは放置されている。さらに杉林は、生態系に影響を及ぼし、花粉症も引き起こすなど問題も少なくない。しかし、杉のまっすぐ伸びる性質は新開発の工法に適している。その上安い。建材として活用すれば、こうした各地の「杉問題」の解決の糸口となるかもしれない。

 パウル氏は、ドイツで使用されている「構造パネル」に杉材を多用し、これを壁に用いるための技術開発を進めた。この構造パネルは4層構造から成り、高さ約260センチメートル幅約60センチメートル厚さ9センチメートル。

 この構造パネルを新開発の建築工法に用いるためには、建築基準法による認可が必要だ。ところが、その認可を得るまでになんと7年もかかったという。

 「日本での新ビジネスは難しいとは聞いていたが、この展開の遅さは気が遠くなるようだった。もしこんなに苦労することが始めから分かっていたら、やらなかったかもしれない」

 とパウル氏は当時を振り返り、冗談交じりに話す。

 それでも、快適な長寿命の木造住宅を作ることへの情熱は冷めなかった。その間に、この構造パネルを応用した家を京都、東京、青森、福島などに14棟建てた。そしてその後も、構造パネルをより有効に活用できる技術の実用化に向けてさらに研究を進めた。

「呼吸する家」の発想

 2009年からは、この構造パネルに断熱層などほかの機能を加えた壁のシステムの研究が、スイス連邦工科大学チューリヒ校 ( ETHZ/EPFZ ) のサステナブル建築研究室 ( Chair of Sustainable Construction ) で続けられた。この研究チームで中心的な研究者として開発を進めてきたのが、約2年前から連邦工科大学の博士課程に在籍する後藤豊氏だ。

 「日本では日本の条件にあった、日本ならではの住宅を考えなければならない」

 と後藤氏は指摘する。

 日本は、東北南部以南は亜熱帯にも近い高温多湿の気候ながら、戦後、日本とは気候条件の異なる欧米から、その建築システムをそのまま導入し発展を急いだ。その後、耐震性能も向上するなど建築技術はさまざまに進んでいるが、住宅の気密性・断熱性に関しては課題も多い。

 とくに湿気とカビは、建物だけでなく住む人の健康にとっても問題だ。近年は省エネ政策が推進され、例えばドイツや北欧等の高断熱・高気密住宅の技術の応用は試みられているものの、根本的な湿気対策はなされてこなかったという。

 そこで研究チームは、調湿性のある「壁システム」を開発した。戸外の湿気を遮断する「断湿」という従来の方法ではなく、壁が「呼吸する」ことで湿気を調整する「調湿」という発想だ。具体的には、前出の構造パネルで建物の壁を構築し、さらに室外側に木材の繊維を用いた断熱層、室内側に土壁の層を合わせるシステムだ。

 「この壁システムを用いることで、屋内の温度・湿度環境を最適化することができ、同時に、冷暖房をはじめとするエネルギー消費量を、約8割削減することができる」

 と後藤氏は説明する。その調湿性能は科学的に証明されており、日本の住宅業界においても、革新的な新技術だという。

 この工法を用いた2階建ての住宅が、年内にも滋賀県近江八幡市に完成。さらに千葉県でも建築計画が進んでいる。実際に人が住んだ上で性能実証が行われ、その後実用化へと展開する予定だ。

現地の経済と環境にも貢献

 この開発においてさらに特筆すべきことは、技術はスイス産、だが資材・人材はともに現地調達という点だ。地場産材として杉を用いることで新たな市場が創出され、技術指導を通じて地元の労働力を活かすこともできる。

 また、大量の杉植林により生態系が変化し、地滑りの被害が増加した地域にとっては、伐採により本来の自然を少しずつ取り戻すことができる。地元林業の再生にもつながり経済効果も期待できる。

    

 技術的にこの壁システムを用いた建物は、屋内の改築が比較的容易という特徴があり、家族構成や居住者の変化にも建て替えることなく合わせられる。さらに壁パネルの各層の厚みを自在に変えることで、内外の熱と湿気のさまざまな条件にも柔軟に対応できる。

復興支援にスタンバイ

 東日本大震災後の復興にあたり「スマートシティ」など新たな街づくりが模索される中、後藤氏は、

 「私たちが開発した技術が復興の役に立ち、持続可能な発展に貢献することができるとしたら、とてもうれしい」

 と、被災地にも目を向ける。日本で実際に技術指導ができるのは、現在後藤氏のみだ。

  パウル氏もまた、「本当に必要とされているなら、ぜひ協力したい」と真摯に語る。

 現在、スイスのある基金を通じて被災地にアパートや学校、幼稚園などの建設支援を計画しており、場合によっては年内にも建設資材などをすべて無償で現地に届ける準備もあるという。構造パネルを作るための機械は既に日本に設置してあり、いつでも生産をスタートできる態勢だ。

 

 パウル氏はさらに、

 「ライセンス料や資材調達などで利益を求めるつもりは一切ない。甚大な被害を受けた地域のために貢献することが大切だ」
 と付け加えた。

レネ・パウル ( René Paul ) 氏略歴

1958年チューリヒ生まれ。建築家。

1991年から2年間、日本で大型建築事業に携わる。

帰国後、スイスの木造建築会社でビジネス部門を統括し、1997年に独立。

2002年にスイス・ビルディング・コンポーネンツ ( SBC Switzerland ) を設立し、取締役会長兼最高経営責任者 ( CEO ) に就任。

2010年に日本で設立したSBCジャパン株式会社では取締役社長を務め、長寿命の省エネ住宅開発を推進中。

後藤豊 ( ごとうゆたか ) 氏略歴

1984年大阪市生まれ。

2009年、東京大学大学院農学生命科学研究科にて農学修士号を取得。

同年より連邦工科大学チューリヒ校建設工学・管理学科の博士課程に在籍。

ホルガー・ヴァルバウム教授 ( Prof. Dr.-Ing. Holger Wallbaum ) が率いるサステナブル建築研究室にて、スイスと日本の共同研究「日本における省エネルギー木造建築の工法システムの開発」に従事。

壁システムで呼吸する家

研究機関 : 連邦工科大学チューリヒ校 ( ETHZ/EPFZ )、連邦材料試験研究所 ( EMPA ) 、東京大学。

出資 : 連邦技術革新委員会 ( KTI/CTI ) 。

 

協力企業 : スイス・ビルディング・コンポーネンツ ( SBC Switzerland ) 、スイスの断熱材国際企業パヴァテックス ( Pavatex )  。

建築費用 : 家族向けの家を建てる場合、実用前段階でのおおよその試算で、一般的な建築費より約3万5000フラン ( 約333万円 ) 多くかかる。さらに省エネ効果の高い暖房システムや付加的な設備を加えると、およそ5万~5万5000フラン ( 約476万~524万円 ) 多く見積もられる。

ただし、8割という高い省エネ効果が見込まれるため、建築後5~8年でそうした追加投資分の回収が可能だという。

寿命 : 建設白書 ( 1996年 ) によれば、日本の住宅の「平均寿命」は約26年、現存住宅の「平均年齢」は約16年。

アメリカの住宅は平均寿命が約44年、平均年齢が約23年。

イギリスの住宅は平均寿命が約75年、平均年齢が約48年と推測される。

研究チームの実験では、壁システムを用いた建物の耐久年数は90年以上。

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