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スイス「国境物語」第1部 完遂報告

ジョン・ハーリンは北の国境をバイクとカヤックで辿った swissinfo.ch

これは始めの終わりだ。しかし終わりの始まりは遥か彼方にある。

 そして今、わたしはついに約1カ月遅れてサン・ジャンゴルフ ( St. Gingoloph ) まであと1000キロメートルの地点までカヤックで辿りついた。厳しい道のりだった。

変化の連続

 前回の旅の途中で起きた事故と計画の変更についてはすでに十分書いたので、詳細を再び記すつもりはないが、この「国境物語」を初めて読む読者のために簡単な説明をしよう。わたしは6月に少年時代の故郷レザン ( Leysin ) を徒歩で出発した。しかしそのわずか10日後、登山の途中で不安定な岩の上に降り立ち15メートル下に転落した。両足の骨を合計5カ所骨折し、ヘリコプターで救出されなければならなかった。

 3カ月後、カヤックや自転車を漕げるようになるまで両足が回復したため、わたしは比較的平坦な北の国境へ戻った。

 10月5日にザルガンス ( Sargans ) からカヤックでライン川を北上した。そしてマウンテンバイクでシャフハウゼン ( Schaffhausen ) 近辺の国境を走り、ジュラ山脈に沿ったフランスとの国境やジュネーブ周辺を自転車で走った。その後はカヤックでレマン湖からサン・ジャンゴルフまで戻るというコースを辿った。オーストリアやイタリアと接する国境を辿る旅は、両足が完治して雪が解ける来年の夏まで待たなければならない。

ライン川の旅についてはすでに振り返ってみた。美しい川だが、人間によって完全に変えられてしまったように感じた。そして川沿いに建ち並ぶ古い建物は現代という時代にいることを忘れさせたが、歴史はかつてないほど速く進んでいる。いつの時代もそうであったように、すべては変わっていく。

 「変化」はまさに国境一周の旅の第1段階の後半を表す言葉だ。新しい友達が旅に参加してくれた。今回は私の故郷オレゴン州の街フッド・リバー ( Hood River ) からやって来たアメリカ人だ。ジェイ・シェレードとリー・グリーンワルドの2人は7月と8月にわたしと一緒に登山をするつもりだった。幸運なことに、この秋わたしと自転車で走るために彼らは航空券を変更することができた。

全天候型の旅

 われわれの作戦は、たとえ国境が森の中の険しい場所にあったとしても、毎日必ず国境を旅する時間を持つというものだった。そして残りの時間は、旅をスピードアップし、人間の文化に触れるために国境近くの道を利用することにした。やはり、森の中の道はこの国が何であるかを表すものの一つだ。そして農家や村はより多くを語ってくれる。森のはずれに住んでいるわたしのような人間にとってそれらははるかに異国的に映る。

 天候や景色が前日と同じような日はない。ジェイとリーは、秋の寒さと雨を心配して旅への同行を確約することを控えていた。しかし結局わたしたちは好天と悪天候の両方、そして湿った雪すらも経験した一方、ほとんど常に素晴らしい天気に恵まれた。またジュラ山脈には常緑樹のほかには何もないと言われたが、わたしたちは、冬に向けて金色の葉で光輝く落葉樹に囲まれることが多かった。

 わたしたちは2日間ハイキング用の小道や小さな道路を通ってドゥー川 ( Doubs ) の上流へ歩いた。すると素晴らしいドゥー川峡谷で輝く秋の錦繍が現れた。ドゥー川は、ジュラ山脈の丘とその上の高原を削ってできた川で、( 比較的 ) 人里離れた環境に残された自然のままの姿を留めている川だ。

 わたしたちは、標高の高い山からこの峡谷に立ち寄り、2日後にはまた山へ戻った。まるで山を逆さにして上り下りしたようなものだ。わたしは以前ドゥー川の野生の自然と美しさを保護する活動について読んだことがある。ドゥー川の北側はフランスになるため、この活動がすぐに、そしてスイスとフランスの両国で行われるよう心から願っている。

 バーゼルから南西へ旅している間、わたしはそこを一度も訪れたことはないにもかかわらず、慣れ親しんだ地域へ来たように感じた。これは今わたしたちがフランス語圏にいるという言葉による部分が大きい。レザンはフランス語圏で、わたしは通訳なしでも何とか地元の人々と会話ができる程度のフランス語をまだ覚えていた。このせいでわたしは素晴らしい開放感を感じ、スイスがわたしの覚えている故郷にもっと近くなったように感じた。

「ワオ!」

 さらに楽しかったのは、川が流れ込んでも流れ出ることのない湖、地面の穴から湧き出る川など、レザンでの小学校3年生の地理の授業で学んだものを目にしたことだ。これらは石灰岩でできた多数の地下鍾乳洞から発生する特徴だ。石灰岩の浸出からできた一般的な鍾乳洞もあれば、氷河期にできた奇妙な構造がそのまま残っている鍾乳洞もある。

 北の国境で最も印象的だった出来事は、ドール山 ( Mont Dole ) の峠に辿り着くまで山腹を自転車でゆっくり登っていたとき、目の前に広がる西アルプスの全景を目にしたことだ。峠を登り切った時、興奮で思わず自転車から転げ落ちそうになった。

それらの西アルプスの山々は、先月に北の国境を旅する前から知っていた場所だ。全くの別世界で、ほかの何かと比較して良いとか美しいと言うのではなく、ただ全く別の世界なのだ。われわれがこれまで数週間旅の途中で通り過ぎてきた農家、村、そして森でさえも豊かで奥行きがあり、堂々としていた。だが、「ワオ!」と驚嘆の声を挙げさせるのは、白くまばゆい峰々の連なりだ。そしてそれを打ち負かすことは確かに容易ではない。

 レマン湖をカヤックで漕ぎながら、毎日アルプスに近づいていった。そして今、ついに出発地点に戻って来た。国境の村サン・ジャンゴルフとわたしにとっての世界の中心地レザンに。

最高に素晴らしい

 わたしは今回の旅をレザンから見える地平線を追いかけることから始めた。スイスの南側、フランスとの国境がイタリアのドレン山 ( Mont Dolent ) まで続いている地平線だ。だが旅はまだ半分も終わっていない。今わたしは、旅を開始したときよりも、旅の道程というものをずっと評価している。来年の夏に、ザラガンスとドラン山をつないで行く旅は、そうした道程を体験することになる。しかし、山々を歩き、登って行くのは最高に素晴らしく、わたしは楽しみにしている。

 今、わたしは妻アデルと娘のシエナの腕に向かっていると報告したいところだが、ライン川を下っているときに、オーストリアの「山と冒険の国際映画祭 ( International Festival of Mountain and Adventure Films ) 」でこの旅についての講演を行い、映画作品の審査員を務めるよう招待された。招待を受けたのは光栄なことだ。適切なタイミング、仕事だ。アデル、シエナ、もうすぐ家へ帰るよ!

わたしの旅をフォローしてきて下さったみなさん、これまでの旅のレポートを楽しんでいただけたことを祈っています。そして来年の夏の旅をもっと楽しんでもらえるようになりますように。

2010年7月の事故の後、ハーリン氏はスイスの国境を辿る旅ではより緩やかなアプローチをとることを決めた。事故でのけががまだ完治していないため、国境の正確な位置からわずかに逸れたとしても、道路や小道が存在し、旅を続けるためにそれらを利用することが妥当と考えられる場合は、そうすることに決定した。
リヒテンシュタイン王国の近くのトリュップバッハ ( Trübach ) からサン・ジャンゴルフ ( St.Gingolph ) まで、時計の反対回りにバーゼル、ジュネーブを通過し、レマン湖を渡って国境を辿るルートは国境物語の旅の「易しい」部分と考えられていた。
数字で見た正確な国境は以下の通り:
合計距離: 891km
延べ登高高度: 2万292m
延べ下降高度: 2万991m
カヤックで走行した距離: 334km
自転車で走行した距離: 557km

冒険旅行の次の段階はより大きな挑戦が待ち受けているものになると考えられる。ハーリン氏がトリュップバッハから事故に遭ったドレン山のルートを再開する際に、乗り越えなければならない数字は
合計距離: 928km
延べ登高高度: 10万6825m
延べ下降高度: 10万9634m
フェイスブックのファン:1万5627人
ツイッターの数: 164

スイスインフォの「国境物語」プロジェクトは、このコンクールの「新興メディア部門 ( Emerging Media category ) 」で最終選考に残った作品の一つ。

スイスインフォはアメリカ人登山家で作家のジョン・ハーリン3世の冒険旅行「国境物語」を2段階に分けて追いかける。

ハーリン氏は、今年の7月に冒険旅行を開始して間もなく登山の途中で事故に遭い、両足を骨折した。約3カ月間の療養を経て、同氏は10月5日に旅行を再開した。

第1段階の「川と山頂」では、ライン川をカヤックで北上し、シャフハウゼン近辺を歩き、ジュラ山脈の山頂まで徒歩と自転車で登った。アルプスへは2011年に戻る予定。

ハーリン氏は、旅のレポート、写真、ビデオを1日に数回携帯電話から送信する。それらはスイスインフォの英語のページのサイトにオンライン・ダイアリーの一部として公開されている。

ジオタギングの機能によって、読者はグーグルマップからスイスインフォのサイトに取り込まれた特別なスイスの地図の上で旅の進行状況と、ハーリン氏の居場所をリアルタイムで見ることができる。冒険の写真はピカサで公開され、フェイスブックのファンは更新情報を自分のプロフィールページで直接受信することができる。

( 英語からの翻訳 笠原浩美 )

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