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フクシマの声をスイスに届けたい

「原発はいつか無くなるが、農業が無くなることはない」と前を見つめる根元さん。有機農業を営むラムズアイヤーさんとともに、ミューレベルク原発の前で

「原発はいつか無くなるが、農業が無くなることはない」と前を見つめる根元さん。有機農業を営むラムズアイヤーさんとともに、ミューレベルク原発の前で

(swissinfo.ch)

「フクシマからのメッセージをスイスに、そして世界中に届けたい」「脱原発を決めたスイスから日本に圧力をかけてほしい」。こんな思いを胸に、福島から2人の男女がスイスを訪れた。

西山祐子さんと根元敬(さとし)さんを1週間スイスに招待したのは、環境保護団体の「グリンピース・スイス(Greenpeace Schweiz)」だ。

「あの恐ろしい原発事故はスイスから遠く離れた場所で起こった。スイスでもこの事故について多く報道されたが、被害者の実態はよくつかめないまま。実態を知るには、スイスで彼らから直接話を聞くのが一番だ」と、グリーンピース・スイスのコミュニケーションズ・マネージャーのフランツィスカ・ローゼンムント氏は今回の招待の理由を説明する。

二重生活の経済的負担と精神的負担

 西山さんは、現在京都で、福島から避難してきた子どもたちに英語を教えている。もうすぐ3歳になる娘を出産するまでは、通訳などの仕事に携わっていた。福島原発の事故後、3月18日に娘を連れてまず東京へ避難した。しかし、その決断は容易ではなかった。「友人に勧められて避難しようと思ったが、十分な情報がなく、政府の指示もなかったため、夫も両親も反対した。悩みに悩み抜いた末の決断だった」

 自主避難だったことから東京では国や地方自治体からの援助を得られず、夫と離れ離れとなった経済的にも苦しい二重生活が始まった。また、食事には関東地方や東北地方南部以外で採れた食材を使いたかったが入手が難しく、「去年の6月、夕食の食卓に上ったのは北海道産のジャガイモ、ニンジン、タマネギと九州産のレタスだけだった」と言う。そのためもっと安心して暮らせる場所へ行こうと、自分の両親とともに、福島の避難者を受け入れている京都に移る決心をした。

 西山さんの母親は福島県いわき市出身で、西山さんはその母から今回の原発事故前にも度々うやむやにされた事故があったことを聞いていた。だがそのころは、「とても危険なものだが、自分には何も変えられない」とあきらめていた。「でも今は、変えられることがある。何かをしなくてはいけない、言うべきことは言わなければならないと思うようになった」。これは一つの変化だ、と笑う。

 こうして西山さんは、京都で福島の避難者の支援団体「避難者と支援者を結ぶ京都ネットワーク みんなの手」を立ち上げた。今回のグリーンピースの申し出を受けたのも「避難している人は助けが必要だ」と感じているからだ。「私たちが感じていること、私たちが抱えている問題を、支援してくれる人々に訴えたい」とスイスへやってきた。

原発から1キロメートルの有機農家を訪ねる

 一方、根元さんは招待に応じた第一の理由を「スイスが脱原発を決めた国だから」と話す。そして、「国民がそれをどう受け止めているのかも知りたかった」と言う。

 55歳の根元さんは農民運動全国連合会(農民連)副会長、福島県農民連事務局長を務めており、現在も二本松市で「天気と同じように放射線量の数字を気にしながら暮らしている」。これまで農民連の仕事と兼業で農業を営み、米、あんぽ柿、野菜などを生産していたが、原発事故で農地が低汚染されたため、昨年は家族で食べる分しか作らなかった。独自で収穫物や土地の放射線量を計っているほか、農家への保障問題に関する政府との交渉にも関わっている。

 スイスで根元さんは、ベルン州に建つミューレベルク(Mülleberg)原発からわずか1キロメートルの場所で有機農業を営むラムズアイヤー一家を訪ねた。1979年に有機農業を始めたヴァルター・ラムズアイヤーさんは現在68歳。原発のすぐ近くということで、生産物の販売に苦労したこともある。根元さんの訪問前、「警戒区域で何が起こっているのか、農地はどうなっているのかなど、スイスのマスコミはほとんど報道してこなかった。日本の同業者から直接話を聞くのが待ち遠しい」と期待を語った。

 西山さん同様、根元さんも事故前から原発に対しては「人間が管理できるものではない」と懐疑的だった。原発と隣り合わせで生計を立てているラムズアイヤーさんとしばらく話し合った後、「嬉しかった。原発のこんな近くで原発と闘っている人がいるということに勇気づけられた」と顔をほころばせた。

 また、ラムズアイヤーさんは根元さんとの対談後、「彼が兼業で営んでいる農業の規模の小ささに驚いたが、『有機農業と原発は相容れない』など、興味深い話を聞けた。また、日本の原発は今2基しか動いていないという。産業が盛んで大量の電力が必要なのに、いずれこの2基も停まると聞いて非常に驚いた」と感想を述べた。

 日本の農業は、農産物から放射線が検出されるようになった現在、9割を兼業農家が占めているとはいえ、苦しい状況に追い込まれている。しかし、根元さんはこれも一つのチャンスととらえ、今こそ、できるだけ早く自然エネルギーに切り変えるべきだと主張する。そして、その役割を果たすのは農村だと言う。例えば汚染された農地では、食糧ではなく、バイオエタノールなど新しいエネルギー産業の材料となる作物を作ることを提案している。

 「うちひしがれていてはだめ。農家も新しい構想力を求められている。生きていくために、新しい手立てを考えていきたい」と精力的だ。

原発事故被災者の経験を語る

 前出のローゼンムント氏によると、グリンピース・スイスは原発関係で幅広いネットワークを持っており、それを利用して今回、自分のためだけではなく、多くの人の利益のために尽力している2人をスイスに招待した。「原発事故は単に技術的な過失なのではなく、何よりも被害者の人生を永続的に変えてしまう人災。原発による大災害の被害に遭うということがどういうことなのか、2人から直接話を聞きたかった」

 こうして西山さんと根本さんは、グリーンピース・スイスがベルン州のランゲンタール(Langenthal)、ヴォーレン(Wohlen)、ラングナウ(Langnau)の三つの町およびジュネーブで開催した講演会で、これまでの経験を語る機会を得た。開催場所は、ミューレベルク原発の近辺に住む人々の注意喚起を目的に選ばれた。同原発はスイスの首都ベルンから約14キロメートルの場所に建ち、福島第一原発と同じ沸騰水型軽水炉(BWR)を使用している。稼働開始も1972年と近い(福島原発は1971年)。

 初日のランゲンタールの会場では、西山さんは水素爆発後の数日間に撮った家族の写真などを見せながら、大量の放射線が降り注ぐ中でも福島市ではその間市民がまったく普通の生活を送っていたこと、また放射線量が高いことが明らかになった後は子どもたちが外で遊べなくなったことなどを淡々と報告した。また、京都で避難生活を送る母子と現地に残る父親の経済的、精神的な窮状などを訴えた。

 根元さんは原発事故後に自殺した有機農業者のことから話を始め、その後仲間とともに東京電力本社で抗議をしたときに「闘う決意をした」こと、またこれからの農村の在り方などについて、聴衆に力強く語りかけた。

 会場に集まったのは7、80人。質問の場では次々と手が挙がり、現在の農業の状況、居住地の除染方法、現在の発電状況などについて聞いた。

 ある20代後半の男性は、有機農家のラムズアイヤーさんと同様、もともと50基以上あった日本の原発が現在わずか2基しか動いていないと聞き、「日本よりずっと小さいスイスに5基もの原発があるのは、やはりおかしいのでは」とスイスインフォに語った。

未来を担う若者にメッセージ

 根元さんが有機農家を訪問した傍ら、西山さんはスイス滞在中にベルン州キルヒェンフェルト(Kirchenfeld)の高校を訪問した。訪問前にその理由を聞いてみたところ、次のような答えが返ってきた。

 「私の娘はまだ3歳。でもすでに、福島は放射能が降って危険だから京都に住みたいと言う。ほかにも福島から京都に避難して来た子どもたちをたくさん知っているが、一部放射線で汚染されている東北のがれき処理を大阪府が受け入れようとしていると聞き、自分で大阪へ行って抗議してくる、と言った子もいる。福島の子どもたちはいろいろな経験を経てとても変わった。スイスの子どもたちに、『あなたたちも何かを変えることができるのよ』と教えてあげたい。また、福島で何が起こったのかをぜひ伝えたい」

グリーンピース・スイス(Greenpeace Schweiz)の招待日程

2012年2月20から27日まで、福島第一原発事故の被害者西山裕子さんと根元敬(さとし)をスイスに招待。

2月22日、農民連の根元さんが、ベルン州の原発近辺で有機農業を営むヴァルター・ラムズアイヤーさんを訪問。

2月23日、京都に母子で避難している西山さんが、ベルン州キルヒェンフェルト

(Kirchenfeld)の高校を訪問。

22日、23日、24日の夜、2人はベルン州のランゲンタール(Langenthal)、ヴォーレン(Wohlen)、ラングナウ(Langnau)の各町で講演会に出席。

2月24日、連邦内務省保健局(BAG/OFSP)放射線防護関係者および国民議会(下院)副議長マヤ・グラフ氏と面談。

25日、ジュネーブで講演会。

グリーンピース・スイスによると、今回の招待は単発であり、これからもこのような催しを続けるかどうかは未定。

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