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中世の面影を感じて〜ライン川にたたずむ美しい町、シャフハウゼンを散策

ムノートの上から眺めるライン川と葡萄畑 swissinfo.ch

チューリヒから電車に揺られて約40分。青く輝くライン川にかかる橋を渡った先に、シャフハウゼンという町がある。ドイツへの国境に近く、古来よりラインの交易で栄えた場所で、中世の面影を残す美しく魅力のある町だ。すぐそばにあるノイハウゼンには、スイスの人気観光スポットの一つでもあるラインの滝がある。初夏の陽射しが強くなった5月のある日、数年振りにシャフハウゼンを訪れた。

 ヨーロッパ最大級と称されるラインの滝は、横幅が約150メートルとスケールが大きく、激しい水しぶきが上がる滝の迫力は満点。世界中から多くの観光客たちが訪れる。春から初夏にかけてはアルプスの雪解け水が流れ出し、滝の水の勢いは一層増す。

ヨーロッパ最大級、ラインの滝。轟音を轟かせて流れる滝は大迫力! swissinfo.ch

 シャフハウゼンの町は、ラインの滝があるノイハウゼンから電車に乗って一駅、数分の場所だ。町の中心には、中世の町並みが続く旧市街がある。一方ではスイスの有名老舗時計メーカーIWCの所在地でもある。町の人口は約3万5千人。

 駅裏の小径を抜け、旧市街をのんびりと散策していると、まるで中世の時代にタイムスリップしたかのようだ。通りには色とりどりの古い建物が並ぶ。壁全体に壁画が描かれた建築物もある。ザンクト・ヨハン教会も町のシンボルだ。この地域では家々の多くに出窓が付いており、歩いていると目を引く。中世の時代には、富の象徴でもあったという美しい飾り付きの出窓は、市内に約170もあるそうだ。

中世の時代の建物と、美しい出窓が残る旧市街 swissinfo.ch

 その中でもひと際目立つのが、「騎士の家(Haus Zum Ritter)」である。出窓の付いた大きな建物には、とても見事な壁画が描かれており、近づいて目にすると圧巻。現在は1階がリッター薬局となっており、店舗として営業されている。町のあちらこちらで目にする出窓は様々な形をしていて、非常に興味深い。出窓の中には、建物が建てられた年や名前などが刻まれているものもある。

1492年に建設された「騎士の家(Haus Zum Ritter)」 swissinfo.ch

 町を歩いていると、小高い丘の上に、シャフハウゼンのランドマーク的存在である塔、「ムノート(Munot)」が見えてくる。ムノートは16世紀に建てられた円形要塞。住宅地の脇を通り、細い路地裏から葡萄畑に囲まれた長い石段を登ると、ムノートが間近に迫って来る。この日、日中の最高気温は28℃。太陽の陽射しの下、初夏の訪れを体で感じて、少し汗ばみつつも辺りの風景を楽しく眺めながら、ひたすら石段を上って行く。塔内への入場は無料だ。中は薄暗く、いくつかある明かり取りの窓からもれる光だけが、先へと進む頼りとなる。らせん状の階段を登り、辿り着いた屋上には、当時使用されていた大砲がディスプレイされている。平日だった事もあり、ちょうど遠足か社会科見学に来ていたと思われる小学生くらいの子供達のグループが引率の先生に伴われ、城を守るガードの男性に案内されて、兵器庫を見学しているところであった。兵器庫の中の見学には、事前の予約が必要なのだそうだ。兵器庫は城壁部分の隠れた位置にある。小さな子供達ですら身をかがめてくぐらないと入リ辛い、細くて薄暗いトンネルのような兵器庫のドアを開け、歓声をあげながら、楽しそうに次々と中へ入って行く子供達の後ろ姿を、興味深く眺めた。

 ムノートのガードを務めるのは、第68代目ガード、クリスチャン・ベック氏。1926年までは消防署員や兵士が勤務に就いていた。現在では城の管理全般と共に、観光客たちを相手に城の歴史を語り継ぐ、ガイドの役目も果たしている。

ムノートを守るガード、クリスチャン・ベック氏 swissinfo.ch

 現在ムノートは観光客が気軽に入場する事ができ、夏の間、屋上では、オープンエアーの会場として、コンサートや劇などが上演される。開放感いっぱいの広いスペースを利用し、貸し切りでパーティー等が開催される事もある。定期的にダンス教室も開かれ、市民の娯楽の場としても活用されている。シャフハウゼン在住の筆者の友人は、結婚式を挙げた際、招待客が集い、乾杯をしながら交流を深めるお祝いのアペロを、ムノートで行ったのだそうだ。 

薄暗いムノートの内部、中には明かり取りの窓が設けられている swissinfo.ch

 ムノートの屋上からは、シャフハウゼンの市内が見渡せる。ライン川の目の前に広がる丘陵に、青く茂るぶどう畑の景色は美しい風景だ。ムノートから見下ろすライン川の対岸はチューリヒ州。シャフハウゼン州の隣はドイツのビュージンゲン(Büsingen)で、地図的には、ビュージンゲンをスイスの領土が囲んでいるような地形になっている。

 実はシャフハウゼンは、スイスワインの生産地の一つでもある。スイスのワインはほとんどが国内で消費されるため、国外で味わう機会が少ない。個人的に、ワインを愛する筆者であるが、スイス各地のワインはとても美味しい!スイスの人々が、自分達だけで飲んでしまうのがよく理解出来るような気もする。この地域のワインで自身のお気に入りは、ピノ・ノワールで作った白ワイン。通常、ピノ・ノワールからは赤ワインが生産される事が多いので、かなり稀少なスイスワインだと言えよう。ワインは町のスーパーなどで、値段も手頃な価格で手に入るのも大きな魅力だ。

ほとんどが国内で消費されるスイスワイン、こちらはピノ・ノワールで造られた珍しい白ワイン swissinfo.ch

 シャフハウゼンはまた、日本人とゆかりのある町としても知られている。かつて日本の作家、有島武郎がこの街に滞在した。有島武郎は1906年(明治39年)にこの地を訪れた際、地元のホテル「シュバーネン(白鳥)」の娘であったスイス人女性、ティルダ・ヘックと出会う。有島がシャフハウゼンに滞在したのは、わずか1週間ばかりであったそうだ。以来、日本へ帰国後も16年間に渡り、ティルダと文通をして交流を続けた。  スイスで出会った二人は、その後はニ度と再会する事は叶わなかったのだそうだが、お互いの間に深い信頼関係と愛情が築かれたのだという。有島を慕う思いが影響していたのかどうか、その理由は定かではないが、ティルダは生涯独身を貫いた。かつて、ホテルシュバーネンがあった場所は、現在はデパートのMANORが営業中だ。店の入り口の壁には、二人の思い出を物語る、メモリアルプレートが掲げられている。

かつて、「ホテルシュバーネン」があった場所にある、有島武郎とティルダ・ヘックのメモリアルプレート。現在はデパートのMANORが営業中 swissinfo.ch

 町は近年では、人気のパティシエで「Toshi Yoroizuka」のオーナーシェフ、鎧塚俊彦氏が若き日にこの町の人気ベーカリーで働いていた事でも知られている。 

 シャフハウゼンと言えば、郊外のラインの滝への訪問を真っ先に思い浮かべがちであるが、少し時間をかけて、滝の観光と共に市内を歩いてみるのもお勧めだ。自身も中世の時代を思い描き、少しノスタルジックな気持ちにひたりながら、遠い昔に思いをはせてみた。

スミス 香

福岡生まれの福岡育ち。都内の大学へ進学、その後就職し、以降は東京で過ごす。今年の春で、スイス在住12年目。現在はドイツ語圏のチューリヒ州で、日本文化をこよなく愛する英国人の夫と二人暮らし。日本・スイス・英国と3つの文化に囲まれながら、スイスでの生活は現在でもカルチャーショックを感じる日々。趣味は野球観戦、旅行、食べ歩き、美味しいワインを楽しむ事。自身では2009年より、美しいスイスの自然と季節の移り変わり、人々の生活風景を綴る、個人のブログ「スイスの街角から」をチューリヒ湖畔より更新中。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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