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ポラントリュイの市場~今昔の記

18世紀の中央市場。この場合“ホテル”はフランス語で古い大邸宅または公共の建物を指し、宿泊施設ではないのでご注意を!

(swissinfo.ch)

中世ヨーロッパの時代、自由都市と公に認めるにあたり、定期的に市場を催すだけの財力・活力を町に求めたことはご存知だろうか。ポラントリュイの歴史を紐解いてみると、かつて市場は町の形成と発展になくてはならない一大施設であり、重要な行事でもあったということが分かるが、それは、現代社会に於いても不変であると言える。

 13世紀、ポラントリュイでは、モンベリアール(Montbéliard)大領主と呼ばれたティエリー三世(ThierryⅢ)と、既にバーゼル司教区を拡張しつつあったバーゼル司教との平和的共同統治が行われていた。バーゼル司教は、1049年より、代々、神聖ローマ皇帝より大公(Prince)という爵位を与えられ、その庇護の下で領地を治めていた。ところが、1283年、ティエリー三世が亡くなると、彼の曾孫娘の夫であるブルゴーニュのルノー(Renaud)が、ポラントリュイ獲得の野望を漏らし、一方的な支配を開始した。危険を感じた当時のバーゼル司教アンリ・ディズニー(Henri d’Isny)は、友人でもある神聖ローマ帝国君主ルドルフ一世(Rudolf Ⅰ)に救援を求めた。政治的仲介など、この司教に様々な恩があるルドルフ一世は、直ちに軍隊をさし向け、ポラントリュイを包囲。六週間後、ルノーは支配地域をバーゼル司教に返還した。

(swissinfo.ch)

 同年4月20日、ルドルフ一世はポラントリュイに自由都市特許憲章を授与した。この時、都市の条件として城壁(軍事)、町の印章(政治)、そして市(経済)の三つの柱の存在が課された。かくしてポラントリュイには毎週木曜日に市(marché)が立ち、それとは別に、年に四度、定期市(foire)が設けられるようになった。

(swissinfo.ch)

 時は流れ、ポラントリュイがバーゼル司教公国の中心地として最後の輝きを見せていた18世紀、大公司教の命で、町は建築ラッシュであった。バロックや新古典主義様式の巨大な建物が、数年の間に次々と建設された。その中の一つに、中央市場(1551年建築の市場を再建、1766年から三年かけて完成)があった。町の近郊で切り出された白っぽい石がふんだんに使用された中央市場は、中庭部分で後ろの通りと繋がり、通り抜けができるようになっている当時唯一の建築物であった。建物内には市の計量管理所、商人用のホール、政府の穀物貯蔵所、約十二部屋あった大きな宿舎(使用人の部屋付き)などの施設が整っていた。そして売買前後に町に宿泊する商人が楽しめるよう、ビリヤード場や劇場もあった。商人が多過ぎる時は、有料でテーブルを貸し、通りでも売買ができるようにした。そのため、この通りの歩道部分は他の通りに比べて幅広になっている。バーゼル司教は、自分の招待客が大勢過ぎて城に泊め切れない時、この建物を利用したというから、市場とは言え、いかに贅沢な建物であったかが、うかがえる。

 フランス革命後、この建物はフランスに没収され、国民議会場や郡庁など、権力者の変遷と共に役割も変わっていった。1815年以降、ベルン州政府支配が始まると、ここには裁判所や警察が設けられた。1979年、ジュラ州独立後は、州政府直轄の建物となり、現在では、州立図書館、古文書館、考古学事務所、古生物学事務所など、ポラントリュイの知的財産の宝庫に様変わりしている。

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 さて、かつて庶民の台所の供給源かつ交流の場ともなっていた市場はその後、どうなったのだろうか? スーパーマーケットの進出により、小売店は次々と廃業に追い込まれていったのは世界的にも避けがたい現象だったが、旧市街と市場を彩っていた屋台商人達にも苦戦が強いられるようになった。伝統的木曜市は現在も続いているが、寒い季節には出店者も客も少なく、通りは閑散として淋しい限りである。また、定期市は、1797年からは年六回、19世紀からは毎月第三月曜日に開かれていたが、木曜市と同じ運命をたどっていた。平日の市に人が来なくなったのは、家庭の台所を預かっていた女性が日中、仕事に出るようになったことも一因であろう。このような社会生活の変化は一家の収入を増やし、個人生活を豊かにしたかも知れないが、一方で、小さな町の活気の低下や商業の衰退を招きつつあった。古くからの住人の間にさえあきらめモードが漂いがちであったが、昨年、この状況を打開すべく、一人の男性が名乗り出た。

 イタリア系のクローディオさんは六年前からポラントリュイに住み始め、スポーツウェア専門店を営んでいる。この町の住民になるずっと以前からポラントリュイの定期市で度々出店していたが、「以前は品物がなくなってしまうぐらい稼ぐことができた」のが、次第に客足が遠のいていくのを肌身で感じていた。そこで、彼が発起人となり、地元の商業組合と協力して、大幅な改革に踏み切った。祖先が築き上げてきた伝統、すなわち商業面だけでなく人々の交流にも重きを置き、長年の経験から考慮した結果、定期市は毎回テーマを設け、コンサートなどの催しを加えた上で、年に五回、三月、四月、六月、七月、九月、そして以前もこのブログでご紹介した聖マルタン祭の最中、つまり十一月とした。

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 私が先日行った四月末の市のテーマは「風味と香気」。自家製の有機食品、香料入り石鹸や薬草入りの食品など、スーパーではほとんど見かけないような個性的な品物を並べる屋台が多かった。また、音楽活動をしている少年少女がミニ・コンサートを開き、ギターやピアノ、歌を披露してくれた。晴天にも恵まれ、朝の11時には通りは既に人で一杯。数歩ごとに友人知人に出会うので、挨拶、そして立ち話の繰り返し。小さな町の短い通りなのに、なかなか進めないが、これが市場散策の醍醐味。主催者の意図もそこにある! 狭い世間も住めば都。人と人との密接な繋がりだけは近代化の波に飲まれず、これからも町を支えるエネルギー源となって欲しい。

マルキ明子

【2012年度・ポラントリュイ定期市及び市を伴う祭典予定】

6月23日(土) 定期市「街頭でダンス!」

7月8日(日)「ツール・ド・フランス」第8ステージ・ゴール

7月16日(月) 夏の伝統的定期市

8月24日(金)~26日(日) ブラッデリー(ポラントリュイで二年に一度開催される大きな祭り)

9月29日(土) 定期市「香気と工芸」

11月10日(土)~12日(月) 2011年10月27日付ブログでもうお馴染み、「豚食いだおれ祭り~聖マルタン祭」

プロフィール:マルキ明子

大阪生まれ。イギリス語学留学を経て1993年よりスイス・ジュラ州ポラントリュイ市に在住。スイス人の夫と二人の娘の、四人家族。ポラントリュイガイド協会所属。2003年以降、「ラ・ヴィ・アン・ローズ」など、ジュラを舞台にした小説三作を発表し、執筆活動を始める。趣味は読書、音楽鑑賞。

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【2012年度・ポラントリュイ定期市及び市を伴う祭典予定】

6月23日(土) 定期市「街頭でダンス!」

7月8日(日)「ツール・ド・フランス」第8ステージ・ゴール

7月16日(月) 夏の伝統的定期市

8月24日(金)~26日(日) ブラッデリー(ポラントリュイで二年に一度開催される大きな祭り)

9月29日(土) 定期市「香気と工芸」

11月10日(土)~12日(月) 2011年10月27日付ブログでもうお馴染み、「豚食いだおれ祭り~聖マルタン祭」

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