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危険なのは犬?それとも飼い主?

危険なのは犬?それとも飼い主? Arco Images GmbH

犬の咬傷事故の責任は、危険種の犬とその飼い主のどちらにあるのか、連邦議会で論争が起きている。

2005年以来、危険種の犬に襲われた子どもが死亡または重傷を負う事故が続発し、それらの犬の飼育を禁止する州法が各地で施行された。一方、飼い主の責任に重点を置く連邦法案の審議が現在最終段階を迎えている。

統計上の事実

 2005年にチューリヒ州で6歳の男の子が3匹のピットブルに襲われ死亡した。そしてその後も2006年から2009年の間にスイス各地で1歳半から6歳の子ども計3人がピットブルやロットワイラーに襲われ重傷を負う事故が発生した。これらの事故はスイス市民に大きな衝撃を与え、危険種の犬に対する危機感が高まった。

 今年の連邦経済省獣医局 ( BVET/OVF ) の発表によると、人間に対する犬の咬傷事故は昨年合計2843件報告された。犬種別の事故発生比率ワースト5を上位から挙げると、ブル・テリア種 ( ピットブル・テリア、アメリカン・スタッフォードシャー・テリアなど) 、牧羊犬、モロシアン種 ( ロットワイラー、ホファヴァルトなど) 、雑種、スイス・ブービエーの順になる。さらに2007年から昨年までの犬種別事故発生比率の統計を見ると、ブル・テリア種が3年連続でワースト5に入っていることが分かる。

 しかし獣医局は、正確な統計の作成が難しく、それに基づいた「危険な犬」の定義の作成もまた困難になると強調する。その理由として、事故の報告をしない被害者や飼い主が存在する、被害者が報告をしても当人に犬種の知識が乏しく特定できない、事故が起きたときの状況についての正確な情報が得られない、スイスの犬の大半が雑種で、純血種は少なく犬種の特定が難しいなどを挙げている。

すべての犬と飼い主の責任

 2005年にチューリヒ州で起きた死亡事故の後、1人の政治家がピットブルの飼育を禁止し、危険種の犬のリスト作成を義務付ける連邦法を求めるイニシアチブ ( 国民発議 ) を国民議会に提出した。それを受けて連邦政府は特別委員会を設立した。その結果、今年の8月31日から飼い主と犬の両方に調教訓練の受講を義務付ける法律がスイス全土で施行された。しかしその連邦法は、危険種に限らずすべての犬を対象にしており、飼い主に事故防止の努力を求めるものだ。

 その連邦法によると、初めて犬を飼う人は犬の入手前に理論の授業を受け、入手後は1年以内に犬と共に調教訓練を受けなければならない。過去に犬を飼った経験のある人、あるいは以前から犬を飼っている人は理論の授業を受けなくてもよいが、調教訓練は必須となっている。

 理論の授業では、病気、予防注射、犬の正しい扱い方、法的規制などを3時間半で学ぶ。調教訓練では、日常生活の中で犬を服従させる方法、普段とは異なる状況で犬に問題行動を起こさせないよう防ぐ方法などを4時間かけて学ぶ。これらの義務を果たさない飼い主は、警告を受け200フラン ( 約 1万6700円 ) の罰金を課される。

連邦法 対 州法

 現在連邦議会では、新たな連邦法案の審議が最終段階を迎えている。この法案はまたしても危険種の特定と禁止をしていない。法案の特徴は、咬傷事故に備えてすべての飼い主に対人保険への加入を義務付けていることで、これによって飼い主の責任と義務を明らかにしている。

 しかしこの法案に対して苛立っている州がある。2005年以来相次ぐ犬の事故の結果、ジュネーブ州をはじめとする合計11州は、すでに危険種の犬12~30種をリストに挙げ、それらの犬の輸入、保有、繁殖、飼育を州法で禁止している。ジュネーブ州の議員は、2008年10月の州法施行以来、事故が大幅に減少したと発表した。

 連邦司法警察省司法局 ( BJ/OFJ ) の局長リダ・フラワー氏は、州法と連邦法が対立する場合、理論的には二つの可能性が考えられると言う。第1の可能性は、今回の連邦法案が施行され、連邦法より厳しい州法が無効になるケースだ。この場合、これらの11州でも再び危険種を飼育できるようになるため、下院 ( 国民議会 ) と州政府は強硬に反対している。しかし連邦法案が施行されたとしても、州政府には署名を集めて国民投票に持ち込み、連邦法を覆すという最後の手段がある。

 第2の可能性は、連邦法で最低限の基準のみを規定し、あとは各州政府に任せるケースだ。この場合、これらの11州は現在の州法を維持し、危険種の禁止を継続できることになる。しかし上院 ( 全州議会 ) は連邦法と州法の調和を求めており、上院が承認しなければ法案は採択されない。

 連邦法と州法の間の溝を埋めるために、昨年の6月から 上下両院は幾度も話し合いを行っているが、まったくの膠着 ( こうちゃく) 状態に陥っている。最後の話し合いは12月に行われる予定だが、合意に至らない場合連邦法案は却下される。

危険な飼い主

 今回の論争のポイントは、「危険種」の犬が存在するのか、そして人間に対する咬傷事故は、危険種による不可抗力の「事故」なのか、それとも飼い主が調教の努力を怠ったために起きた人為的な「事件」なのかの2点だ。

 獣医局の局長ハンス・ヴィース氏は、咬傷事故の可能性はすべての犬種にあるため、危険種のみを禁止しても事故を防ぐことはできないと主張している。また
「資格のある飼い主の手に委ねられたピットブルが高い危険性を示さないことは大いにありうる。従って問題はむしろそれらの犬をいかにして良い飼い主の手に預けるかということだ」
と獣医局のサイトに記している。

 一方、過去17年の間スイスで犬の調教師として何千匹もの犬を見てきたプリニョ・ブラチェリ氏は、危険な犬種が全く存在しないわけではないと語る。
 「すべてのピットブルが危険なわけではありません。ほんのわずかですが、危険な血統を受け継いだ犬がいるのです。従ってそういったピットブルを繁殖させるのならば、相手にはおとなしい性格の犬を探すよう非常に注意しなければなりません」

 連邦法で義務付けられた4時間の訓練を無事終了した犬と飼い主には調教師から証明書が発行される。しかし、調教師はその犬が将来危険な行動をする可能性があると判断した場合、自宅でできる訓練の宿題を出し、1カ月後に再び調教場でテストを行う。その結果が思わしくなければ獣医局に連絡を入れ、獣医局から飼い主に追加訓練を受けるよう指示が行くこともある。

 ブラチェリ氏は、飼い主の責任は重大だと説明する。
 「問題の1割は犬のせいかもしれませんが、9割は飼い主の責任です。犬の性質も知ろうともせず、ただ自分のファッション・アイテムの一つにするために購入し、調教訓練を全く受けない飼い主がいるのです」

 長年さまざまな飼い主と犬の両方を見てきたブラチェリ氏は、飼い主の義務を明らかにし、事故の責任を飼い主に求める連邦法と、責任感のない飼い主の手に危険な犬が渡ることを防止する州法の両方を支持している。

 犬を飼うことは、人間の子どもを育てることに似ているとブラチェリ氏は語る。
 「やってはいけない事の限度をはっきり設定して、犬がそれを越えたら言うことを聞くようになるまで『ノー』とその都度しっかり教え込まなければなりません。自分の気が向いたときだけときどき叱ってときどき許すといった気ままな飼い主は犬をだめにします。一貫した態度で規律を守り通すことが必要なのです」

犬による咬傷事故の合計件数 ( 被害者:①人間、②犬を含む動物 )
2007年:①2678件 、② 1613件
2008年:①2567件、②1663件
2009年:①2843件、②1739件

咬傷事故を起こした犬種ワースト5
2007年:①ロットワイヤー、②ドーベルマン、③アメリカン・スタッフォードシャー・テリア、④ピットブル・テリア、⑤ブル・テリア
2008年:①アメリカン・ピットブル・テリア、②スタッフォードシャー・テリア、③ブービエ・スイス、④秋田犬、⑤ダッチ・シェパード
2009年:①アナトリアン・シープドッグ 、②アメリカン・ピットブル・テリア 、③カネ・コルソ 、④ローデシアン・リッジバック 、⑤ホファヴァルト

被害者の年齢 ( 2009年 )
( 調査対象件数:2545件)
10歳以下:16%
11~20歳:12%
21~30歳:11%
31~40歳:13%
41~50歳:16%
51~60歳:14%
61~70歳:11%
71歳以上:7%

被害者と犬の関係 ( 2009年、①子ども、②大人と子ども )
( 調査対象件数:①365 件、②2561件 )
飼い犬:①11%、②14%
知らない犬:①36%、②42%
知っている犬:①53% 、②44%

咬傷事故が発生した場所 ( 2009年、①子ども、②大人と子ども )
( 調査対象件数:①368件、②2531件 )
公共の場所:①58%、②70%
飼い主の居住地:①37%、②28%
そのほかの場所:①5%、②2%
出典: 連邦経済省獣医局 ( BVET/OVF ) 「犬による咬傷事故:2009年の統計は前年の傾向を堅持」

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