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犬に悪評が立ったら

農場で番犬として活躍するアッペンツェラー牧羊犬 Keystone

偏見のせいか、小型犬好きのパリス・ヒルトンのせいか、アッペンツェラー牧羊犬は人気がなくなり、原産国のスイスで絶滅の危機にある。

現在、スイスに残されたアッペンツェラー牧羊犬の純血種はおよそ150匹しかいない。アッペンツェラー牧羊犬の伝統あるこのふるさとで、人気が落ちてしまったと専門家は言う。

スイスの牧羊犬

 非常に興味深いことに、純血種はドイツとオランダにもっと多くいるという。そこでは犬の育成が趣味として広く行われているという以外に、おそらくアッペンツェラー牧羊犬が珍しいからだろうと、専門家は言う。

 しかし、この頑固で気性の激しい犬のルーツは牧歌的なスイスにある。スイスでは何世紀にもわたり、アッペンツェラー牧羊犬は農業を中心とした生活の一部だった。
「ほえる声は高く、短い毛で、中型、多色のスピッツ系の牧羊犬で、特定の地域に見られ、農場の番犬や家畜の統率に使われる」
 この引用文は、1853年に出版された『アルプスの動物の生態 ( Tierleben der Alpenwelt ) 』にアッペンツェラー牧羊犬が初めて記録として登場した箇所だ。

繁殖の問題

 1906年、繁殖プロジェクトを開始したアルベルト・ハイム氏によって「アッペンツェラー牧羊犬クラブ ( Appenzell Sennenhund Club ) 」が設立された。100年以上たった今でも、このクラブは純血種の繁殖と育成に努めているが、雄犬が不足しているという。
「遺伝子プールを新しくするためには10匹から12匹の新しい雄犬が必要でしょう」
 と会長のマリー・ルイーズ・ビル氏は言う。

 ビル氏によれば、アッペンツェラー牧羊犬は気性の激しい犬で、いろいろと注意が必要だという。また、この犬種は農場で「仕事」をしているときが一番で、良い番犬を務めるという。何百年間もスイスの山中で牛と付き合ってきたために、辛抱強さとしつこさを身につけたアッペンツェラー牧羊犬は「スイス・マウンテンドッグ」としても知られている。しかし、なんとも皮肉なことに、このアッペンツェラー牧羊犬は、世界で最も平坦な国の一つであるオランダで数多く見られる。

 在来種や絶滅の危機に瀕している動植物の保護を目的とする「プロ・スペシエ・ララ ( Pro Specie Rara )」の副会長フィリップ・アマン氏は、要求度の高い育成制度はスイスの人たちの意欲をそぐと考える。
「品評会に出たり、検査をしたり、あちこちに犬を連れて行く必要があります。こうした大騒ぎは好まれません」

 1997年、遺伝子プールが非常に小さくなったことから、アッペンツェラー牧羊犬クラブはプロ・スペシエ・ララに支援を求めた。不運にも、繁殖プロジェクト用に選ばれた最初の10匹のうち2匹だけに繁殖能力があるという結果に終わった。

初心者には不向き

 
 アマン氏は、農家に犬を預け、訓練の費用を負担した団体の活動を語り
「繁殖プロジェクトが終了した2003年までに、きちんと訓練されなかった犬も何匹かいました。ある農場では、犬が人間を襲うという事件が起こりました」
 と言う。

 「残念なことに、アッペンツェラー牧羊犬は評判が悪く、嫌がられてきました。もし100匹のうちたった3匹でも問題を起こしたら、それは種全体のせいにされます」
 とアマン氏は指摘し
「この犬種には非常に厳しく接し、だれが主人であるかをはっきりさせなければいけません」
 とアッペンツェラー牧羊犬の特徴を語る。

 「スイス犬育成連盟 ( Swiss dog breeding federation ) 」のペーター・ヘール氏は、大型犬に関する新規制がアッペンツェラー牧羊犬に対する偏見をあおったという見方だ。
「人びとはアッペンツェラー牧羊犬をロットワイラー犬 ( ドイツ原産の牧羊・警備犬 ) だと思っています。これは、人びとがスイスの犬種に馴染みがないということを示しています」
 とヘール氏は言い
「たいてい、アッペンツェラー牧羊犬は『初心者向けの犬ではない』として、専門家の合意を得ています」
 と説明する。

犬と飼い主の関係

 ところで、セレブのパリス・ヒルトンは、飼い犬のチワワをファッションアイテムにしてしまった。農家の犬とは大違いだ。アマン氏は、犬はブランドやステータスシンボルのようなものだと言う。
「どんな犬を持つかということは、自分はどんな人間なのかというメッセージを発することになります。もしオーストラリアン・シェパードを飼っていたら、あなたは自分を『かっこいい』と思っています。もしグレートデンを飼っていたら『支配的な人間』だと思っています」

 では、アッペンツェラー牧羊犬を飼っていたら?
「自然に近く、伝統を楽しんでいる人です」
 とアマン氏は説明する。
「現在、この犬種は人気がありません。フォークロア的なデザインで90年代に絶大な人気があったスイスの時計ブランド『ミッシェル・ジョルディ ( Michel Jordi ) 』のように、かつては人気があったのですが」
 アッペンツェラー牧羊犬の愛好家はレトロブームを待ち望んでいることだろう。

アッペンツェラー牧羊犬はスイス原産の牧羊犬4種の一つ。ほかの3種は「エントレブッハー」「バーニーズ」「グレーター・スイス」。
アッペンツェラー牧羊犬は忍耐力と順応性にすぐれた非常に活発な犬。飼い主の表情やジェスチャーを読み取る能力がある。
生来の警備能力と統率能力がある一方で、狩猟能力は乏しいことから、農場や家族の中で頼りになる犬。

1898年、アッペンツェラー牧羊犬の繁殖プログラムが初めて導入される。
1906年、純粋種の保護と奨励を目的とした「アッペンツェラー牧羊犬クラブ ( Appenzell Sennenhund Club ) 」が誕生。
1914年、今日見られる犬種が公式に認められる。

( 英語からの翻訳 中村友紀 )

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