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農業の持続可能性


スイスの神戸牛?「カビーア」とは




デーラー農家では牛とのスキンシップを大切にしている (swissinfo.ch)

デーラー農家では牛とのスキンシップを大切にしている

(swissinfo.ch)

スイス東部アッペンツェル・アウサーローデン準州の農家では、ビールの製造工程で出る副産物を餌にし、1日2回の「ビールマッサージ」を受ける「カビーア」が飼育されている。徹底した経営理念から、生産数は限られ、商品が届くまでの待ち期間は約1年。部分買いは出来ないという。また、飼育方法の一部は日本の神戸牛からインスピレーションを受けているが、その目的は決して高級肉を生産することではない。

 東スイスの中心都市の一つに数えられるザンクト・ガレンから車で20分。人口1400人ほどの小さなシュタイン村の外れにデーラー農場はある。丘と丘の間に広がる約12ヘクタールの敷地では、それぞれ25~30頭の肉牛、羊、豚、そして数頭のヤギがゆったりとした雰囲気の中で飼育され、ニワトリと猫たちが気ままに農場を歩き回っている。

 「他と比べると小さな農場だ」と経営者のゼップ・デーラーさん(45)は言うが、その規模とは裏腹に、大きな理念を掲げて農業を営んでいる。その理念が最も反映されているのが、肉牛の「カビーア(Kabier)」だ。デーラー農場の一番の売りでもある。

 カビーアはドイツ語で子牛を意味する「カルプ(Kalb)」と、ビールを意味する「ビーア(Bier)」を掛け合わせたブランド名だ。デーラーさんとロッハー・ビール醸造所のオーナー、カール・ロッハーさんで考案した。

始まりは1人のビール醸造者

 カビーア誕生のきっかけは1996年にさかのぼる。ロッハーさんは当時、穀物の生産を開始したデーラーさんの新しい取引先で、ビールの製造工程で出る粕やビール酵母など、副産物を再利用する方法を探していた。

 一方、デーラーさんは25歳の若さで父親の農場を継いだばかりで、経営者として新しい方針を探っていた。ロッハーさんから「ビールを飲み、ビールでマッサージを受けている」という日本の神戸牛のうわさ話を聞き、すぐに興味を持った。

 しかし「神戸ビーフのコピーを作りたいとは思わなかった。調べていくうちに日本人の考え方が自分たちのものとは違うことがわかったからだ」。脂肪分を増やすために屠殺(とさつ)前の一定期間、意図的に運動量を制限したりする育て方には共感できず、また、希少で最上級の肉を生産したいわけでもなかった。

神戸牛はビールを飲み、ビールのマッサージを受けている?

昭和58年に設立された神戸肉流通推進協議会によると、全ての神戸牛がビールを飲んだりマッサージを受けたりしているわけではない。それに類似した飼育方法を行う農家もいるが、実際にはほとんどないという。神戸牛の多くが乾牧草や、大豆、トウモロコシ、大麦、ふすまなどを配合した飼料を餌にしている。

さらに同協議会は、マッサージはスキンシップによって牛のストレスを軽減させたり、間接的に肉質の向上に繋がったりすることは考えられても、直接肉質に影響を与えることはないとの見方を示している。

 ただ一方で、ビールを原料とした飼料やそれを使ったマッサージのアイデアは、デーラー農家が掲げる理念にぴったりだった。こうして日本の神戸牛の飼育方法からインスピレーションを受けたデーラー農家では、ビールの製造工程で出る副産物を餌にし、1日2回の「ビールマッサージ」を受ける「カビーア」の飼育を始めた。

持続可能性

 デーラー農家の主な理念は三つ。持続可能な農法、ストレスフリーな環境での飼育、そして動物と真剣に向き合うことだ。

 まず理念の一つ目である持続可能な農法を高めるため、デーラーさんはカビーアの飼料にロッハー醸造所で出るビールの副産物を利用し、栄養循環を完結させた。

 栄養循環を完結させる仕組みはこうだ。デーラーさんが栽培した穀物を使ってロッハーさんがビールを醸造し、その過程で発生した麦芽の粕(かす)やビール酵母などを再資源化した原料から家畜飼料を作る。そしてその飼料をデーラー農場の牛が食べ、糞(ふん)となり、その糞を肥料に再び穀物が育つ。

 また、資源を無駄なく利用するため、蒸留の際に出る前留液とビール酵母を混ぜ合わせた「ビール液」の原料をロッハーさんからマッサージ用に仕入れた。ビール液は毛艶を良くし、害虫の寄生を防ぐ効果があるため、毛皮の手入れもできて一石二鳥だ。手入れされた毛皮は、最終的には鞄やベルトとなって販売される。

ストレスフリーな環境で飼育

 半開放型の畜舎で飼料の説明を一通り終えたデーラーさんは、カビーアを草原に連れ出す。ストレスフリーな環境のもとでの飼育は、デーラー農家の二つ目の理念だ。

 ビール液をつけたブラシでマッサージを始めると、草原一面にビールの芳ばしい香りが漂い始めた。牛たちもデーラーさんに大きな体を預け、とても気持ち良さそうだ。その匂いと牛のとろんとした目を見ているだけで、記者の背中もほぐれそうだ。

牛は酔っ払う?

ビールの製造工程で出る副産物には僅かだがアルコール分が含まれる。しかし、それを原料とした飼料を食べるカビーアの血中アルコール濃度は0.00パーミルだ。牛のような反芻動物は、アルコール分を瘤胃(りゅうい)の中で分解するからだという。

飼料の組み合わせや配分はフラヴィール農業専門学校と共同開発し、さらに獣医などの専門家による助言も受けている。

 しかし「マッサージやビールが肉質や風味に直接影響を与えるとは思っていない」とデーラーさんは言う。マッサージを行うのは牛のストレスを減らすためだ。

 また、マッサージを通じて人間と触れ合うことで牛は人なつっこくなり、人間との生活の中でストレスを受けにくくなるという。さらにデーラーさんはこうした毎日の触れ合いによって牛との信頼関係を築き上げていると話す。

 牛に対するマッサージを珍しがる人もいるが、ビール液は使用しないものの、ブラッシングは昔から行われていた。「今でもアッペンツェル地方でブラッシングをしている農家を何件か知っている。だが、それも減少傾向にある。多くの農家では農場の拡大に伴い、1頭1頭の牛に時間を割けなくなったからだ」

動物と真剣に向き合う

 対してデーラーさんは1頭1頭と真剣に向き合う。デーラー農家が大切にする三つ目の理念だ。

 それが顕著に表れるのは、牛の最期を迎える瞬間だ。「牛たちが不安がらないよう、屠殺場には常に2頭1組で連れて行く。車に乗せるところから、引き渡しまで必ず自分の手で行う。屠殺までの過程で絶対に牛たちを他人の手に渡したくない」とデーラーさん。最期まで付き添うことで、牛たちの不安を払拭し、極力ストレスをかけないようにしている。

 また、地元の屠殺場を使うことで移動距離を3キロに短縮し、道中で牛たちが受けるストレスを極力軽減する。大きな屠殺場の場合、屠殺までに数時間かかることもあるが、カビーアたちは車に積まれてから15分後にはすでに処理されている。

 デーラーさんの理念はここで終わらない。手塩にかけて育てたカビーアが肉の塊となった後も真摯に牛と向き合う。デーラーさんはセット販売にすることで、「1頭無駄なく使い切る」。セットにはステーキ用肉に加え、スネや各部位の切り落とし肉、ひき肉、タン、テール、内臓などが入り、「好きなところ買い」はさせないと理念の強さをみせる。「牛の体はヒレ、リブ、サーロインだけからできているわけではない。また、1頭を使い切ることは環境に良く、また経済的だ」(デーラーさん)

 非可食部の毛皮や皮は革製品、角はランプシェード、牛脂は石鹸へと姿を変える。さらに人間の食用として販売できない内臓などは、犬の餌として業者に提供している。

1頭の牛、どう使われる?

スイス国内の動物残滓(ざんし)を扱うセントラボ社(Centravo)の統計によると、1頭の牛の35%の部位が国内向けの食肉や食用脂などの食品となり、さらに15%が国外向けに輸出される。輸出部位の多くが内臓、足、骨(ゼラチン用)だ。

その他人間の食用に向かない15%はペットフードや養魚の餌、肥料に使われる。胃内容物などはバイオ燃料に利用される(15%)。

さらに12%はその他の燃料となり、毛皮・皮からは革製品などが作られる(8%)。

消費社会を見直す

 このように飼育から販売スタイルまでこだわりが強いが、顧客や周囲の反応はどうだろうか?

 カビーアの製品を市場に出した1999年当初は物珍しげに様子を伺っていた人もいれば、「ビールでマッサージをしたり、食べさせたりしても何の意味もない」と揶揄(やゆ)する人もしばしばいたという。

 そんな中、名の知れたアッペンツェラービールを醸造するロッハーさんがカビーアのコンセプトの立ち上げに関わっていたことは、周囲の信頼を得る助けになった。また、地元のホテルやレストランの協力を得て、カビーアは受け入れられていった。

 デーラーさんの顧客の多くは国内のレストランだ。カビーアの一般販売価格はスーパーで売られている有機肉の約2倍で、生産数が限られていることから商品が届くまでの待ち期間は約1年。個人の消費者としては手を出しにくいが、それでもデーラー農家の経営方針と理念に裏打ちされた農法に賛同する個人客はいるという。

 しかし需要の増加に合わせ、カビーアの数を大幅に増やすつもりはないとデーラーさんはきっぱりと話す。経営理念が維持できなくなり、本末転倒になってしまうからだ。

 また販売スタイルを変更するつもりもない。「お金はいくらでも払うから上等な部位だけ欲しいという顧客も実際にはいる。でも農業の持続可能性を考慮すれば、1頭を使い切ることの方がより重要だと思う。神戸牛のように、高い肉を食べてもらうことが目的ではないから」とデーラーさんは話す。

 需要に合わせるために自然や動物に負担をかけず、消費側が生産スピードに合わせるべきとの考え方だ。デーラー農家の農法と経営理念は、持続可能性や家畜の適正飼育だけではなく、消費社会のあり方も見つめている。

日本でも農業に限らず、さまざまな分野で持続可能性の大切さが謳われています。皆さんの周りではどんな試みが行われていますか?またそれに対してどんな意見をお持ちですか?皆さんの意見をお寄せください。

swissinfo.ch

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