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銀行の守秘義務の終焉、スイス国内で税の透明化を図る

スイスのエヴェリン・ヴィトマー・シュルンプフ財務相は、スイスの納税者の口座情報を銀行が税務署に提供できるよう守秘義務の緩和を図るが、激しい抵抗にあっている Keystone

スイスが固く保持してきた銀行の守秘義務。国際レベルでは過去のものとなりつつある一方、国内では守秘義務のおかげで納税者が税務署から銀行口座を隠すこともできる。だが、それも長く続かないかもしれない。伝説的なスイスの銀行守秘義務を廃止すべきだという圧力が高まっているからだ。

 「海外の納税局はスイス当局を通じて自国納税者の口座情報を入手できるが、スイスの納税局は国内の脱税者に対しては手も足も出ない。このようなダブルスタンダードのシステムを続けられるわけがない」。ローザンヌ大学で経済学を教えるジャン・クリスチャン・ランベレ教授は、2017年からスイス当局が直面するジレンマをこう要約する。2017年は、厳格な銀行の守秘義務で知られるスイスが、銀行口座に関する国際的な自動的情報交換を始動する重大な年となる。(囲み記事参照)

 銀行・租税問題の専門家の間では、ランベレ教授の意見に同調する人が多い。「時間の問題だ。銀行の守秘義務はもはや時代遅れで、スイスにとって障害だ。スイスだけが守秘義務に固執することは、世界中に悪いイメージを伝えているようなものだ」とコンサルタント業を営むダニエル・スピッツさんは言う。

 スイスのエヴェリン・ヴィトマー・シュルンプフ財務相は2010年から、スイス国内の税の透明化に努めている。中でも租税犯罪の厳罰化を目的とした租税刑法の見直しが行われており、「申告漏れ」を装う脱税行為も新たに処罰の対象となる。

スイス国民を納得させる

 また、連邦政府は多国籍企業に対する連邦法人税の一律化に向けた企業税制改革に着手している。これにより国は減収となるが、一般納税者の脱税を厳しく取り締まることで減収の一部が補われると思われる。財政難に苦しむ多くの州でも脱税の厳罰化は好意的に受け止められている。フリブール州のジョルジュ・ゴベル財務局長は「脱税が疑われた場合に調査できるよう、税務署がより大きな権限を持つことは重要だ」と強調する。

 だが、銀行が税務署に情報提供することに対する抵抗も激しい。連邦政府はすでに諮問会で辛辣な批評を受け譲歩した。2015年末に発表予定の最終案でも、州当局は資産隠しが疑われる納税者の口座情報を容易に入手できるわけではなさそうだ。

 長い伝統のある銀行の守秘義務に親しんできたスイス国民は、政策の変化に驚きを隠せない。ローザンヌ大学で租税法を教えるイヴ・ノエル教授は、「銀行口座情報へのアクセスに関して海外とスイスの税務当局で扱いの格差をなくすのが目的だという連邦財務省の理論だけでは、スイス国民は納得しない。仮に今日国民投票をすれば、銀行の守秘義務は保持されるだろう」と推測する。

 だが、銀行を取り巻く環境の変化を認める人が増えているのも事実だ。銀行の守秘義務に賛成する人は、スイス銀行家協会(SwissBanking)の行った2011年の調査では73%だったのが、2013年のスイス経済誌「ビラン」の調査では54%にまで減少している。

「脱税擁護」のイニシアチブ

 守秘義務廃止の流れの中で、早急に行動を起こす必要性を感じた守秘義務支持者たちは、右派の国会議員から成る委員会を立ち上げ、今秋、銀行の守備義務を憲法に盛り込むよう求めるイニシアチブを提出した。これに対し、スイス人はきちんと税金を納める道徳性の高い国民だという「神話」を一蹴し、「これは、不誠実な納税者による何十億フランという資産隠しを保護するためだけの『脱税擁護』のイニシアチブだ」と絶句するのは、ティチーノ州のパオロ・ベルナスコーニ元検事だ。

 一方でノエル教授は、問題解決への道は銀行の守秘義務を憲法に盛り込んで揺るがないものにすることでも、反対にあっさりと廃止してしまうことでもなく、もっと広い視野で議論を重ねていくことだという。「スイスはいまだに資産に課税をする数少ない国の一つで、それが納税者が資産を隠す主な原因となっている。(資産ではなく)むしろキャピタルゲインに課税する方が良いのではないか?また、税務調査に対してのみ銀行の守秘義務を解くのか、それとも、年間給与明細が雇用主から直接税務署に送られるように、銀行が取引明細を自動的に税務署に送ることまで同意するのか、というのも重要な問題だ」

 守秘義務についての議論は終わりを迎えそうにないが、その影響は出始めている。過去の「申告漏れ」を自発的に申告する納税者が多くなってきたのだ。

「申告漏れ」の自発的申告の増加

 税務の専門家によると、ここ2~3年スイスの納税者の間で不安が広がっているという。「相談に訪れるのは、ほとんどが過去の申告漏れなどを清算するために助言を求める外国人だ。だが、スイス人の納税者も多くなっている。特に、不動産購入に資金を使いたい人や、相続の前に資産を合法的に整えたい人が多い」と、税金問題に詳しい弁護士ダニエル・スピッツさんは説明する。

 弁護士事務所を構えるノエル教授も、顧客に同様の傾向があると指摘する。「まず多いのは、銀行の守秘義務が廃止されると思い込み、先手を打とうと考える年金生活者。ほとんどが、新聞で守秘義務に関する記事を読んで連絡してくる。取引銀行から資産を申告するよう言われて相談に来る人もいる」。現在ノエル教授が対応しているのは、特に未申告の資産が50万(約6160万円)~数千万フランに上る顧客だ。税務署の目を盗んでこれだけの金額を何かに活用するのは困難だ。

 連邦政府は2010年より、納税者は一生に1度だけ過去の「申告漏れ」を自発的に申し出ることができるとする部分的な租税恩赦を施行。申告すれば、資産および過去10年間の所得をベースに追徴課税を受けるが、相続人の場合は過去3年間の所得がベースとなる。

 スピッツさんは顧客に税務署へ協力するよう勧めている。「いつ見つかるかとびくびくして暮らすより、比較的処罰の軽い租税恩赦を使った方が賢明だ。だが通常、未申告だった資産の2~3割の金額を支払うことになるので、自己申告をためらう人も多い。」

「自分で自分の首を絞めた」銀行

 

「銀行守秘義務を殺したのは誰か?」の著者で経済専門家のジャン・クリスチャン・ランベレ教授は、「2000年代スイスの銀行は国外で積極的にビジネスを展開し、顧客の獲得に努めた。そしてスイスの銀行守秘義務を武器にして、故意にその国の法律に背いた。守秘義務は『殺される』のではなく、銀行が自分で自分の首を絞めた『自殺行為』の結果だ」と言う。金融危機で州財政が困難に陥り、(口座情報の提供を禁ずる)銀行の守秘義務は倫理的・政治的に容認し難い問題になってきた。最終的にスイスは、国際的な圧力に屈した形で事実上銀行の守秘義務を放棄し、少なくとも、経済協力開発機構(OECD)主導の、銀行口座に関する自動的情報交換を導入する約50カ国に対しては、2017年から銀行の顧客情報を提供する。

銀行守秘義務と脱税

 

スイスの法律では、故意の「脱税」は書類の偽造などの「積極的に資産を隠匿しようとする詐欺行為」で、資産の全てまたは一部の申告を「忘れた」場合の「申告漏れ」とは区別している。当然スイスでも申告漏れは禁止されており、発覚すれば多額の罰金を払わなければならない。だが、守秘義務を順守する銀行は顧客に申告漏れの疑いがあっても銀行口座情報を税務署に提供できない。この守秘義務は1934年のスイス銀行法で厳格に定められており、違反すれば懲役を含む処罰を受ける。だがスイスの銀行の外国人顧客に対しては、故意の脱税と申告漏れの微妙な違いは2009年に事実上なくなった。

税収増をもたらす租税恩赦

 

ジュラ州では2010年から租税恩赦が施行された。同州のシャルル・ジュイヤー財務局長は、これまでに4億600万フラン(約499億9100万円)の資産が自発的に申告され、5年間で3400万フランの税収をもたらしたと国営ラジオ放送で語った。人口7万人、1人当たりの国内総生産(GDP)がスイスで最も低い州の一つであるジュラ州には例外的な額だ。それでも、これまでに明るみに出た資産はまだ氷山の一角だという。隠し資産額を推定した国レベルの明確な数字はない。ベルン州のスイス社会民主党マルグレット・キーナー・ネレン議員は、「申告漏れ」による脱税額は年間180億フランに上るとみている。1969年に国が施行した租税恩赦では、1150億フランの隠し資産が明るみに出た。

(仏語からの翻訳・由比かおり)

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