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オバマ大統領の広島訪問、スイスメディアの反応 過去と向き合うことの重要性を強調

広島でグランド・ゼロを踏んだバラク・オバマ大統領。被爆者の1人を抱きしめる場面もあったという Reuters

バラク・オバマ米大統領の先週27日の広島訪問を受け、スイスのメディアが週末の新聞でこれを大きく取り上げた。内容は、謝罪問題、原爆投下の歴史的解釈や今後の核兵器削減問題など多岐に渡っている。中でも、両国が過去と向き合うことの重要性が強調されている。


謝罪、そして原爆投下の理由

 ジュネーブ州の日刊紙トリビューン・ド・ジュネーブは、広島・長崎の被爆者の8割が「オバマ大統領からの謝罪を要求しておらず、原爆ドームや平和記念公園を訪れてもらうだけで十分だ」と語ったという共同通信のアンケートを載せ、ある被爆二世の女性の言葉を引用している。

 「もちろんオバマ大統領が謝罪してくれればいいとは思っていた。しかし、オバマ氏はグラウンド・ゼロの地点を踏んでくれた。それで十分。これで、広島で見たことや感じたことを平和のメッセージとして世界に伝えることができるのだから」

 だが同紙は、「だからといって日本人がこの原爆投下という苦難を認めているわけではない」と続ける。米国の調査では79%の日本人が原爆投下に正当性はないと考えているという事実に加え、日本で政治学を教えているシェフ・キングストン氏の発言を載せ、次のように書いている。「広島・長崎の原爆投下で一般に受け入れられているのは、日本の降伏を促すためだったという説だ。しかし、『長崎の原爆投下と同じ日である8月9日のソ連の宣戦布告のせいで日本は降伏したのだから、原爆投下は降伏への重要な要因ではない』と考える日本の研究者が増えている」

 また、原爆投下後の一カ月後に生まれた、ある男性の次のような言葉を引用している。「時が経ち、米国をうらむ気持ちはもうない。今では2009年のプラハ演説以来、オバマ大統領の核軍縮の努力を尊重している」

 このように、広島の人々が一丸となって核のない世界への努力を行っているのに対し、日本政府の態度はあいまいだと、同紙は続ける。それは、核兵器への反対の姿勢と中国、韓国からの挑戦との間で揺れているからだと結論づけている。

広島の訪問から本当の議論が始まる

 ル・タン紙はすでに27日の紙面で、原爆投下の理由についてトリビューン・ド・ジュネーブとは多少異なる見解を載せている。アメリカの歴史家ウィルソン・ミスカンブル氏は「原爆投下は日本の降伏を早めさせ、結果として多くの命を救った」と主張しているが、一方に「核の外交論支持派」と言われる歴史家グループがあり、彼らは「1945年7月26日のポツダム宣言の際、日本の降伏はすでに明らかであり、原爆投下は(日本への宣戦布告を決めていた)ソ連に対する威嚇に過ぎない」という考えだと説明した。

 こうした文脈で、週末28日の紙面では「平和への訴えや普遍性に富む理想論が散りばめられたスピーチの中で、オバマ大統領は原爆投下の正当性を真正面から扱うことは慎重に避けた。しかし多くの日本人は(アメリカ市民とは反対に)原爆投下は必要ではなかったと考えている」と書いた。

 その後は、東京大学でアメリカ外交史を専門にする西崎文子教授の言葉を引用しながら、広島訪問の意味を展開している。「オバマ氏は大枠の安全保障の中で、広島の原爆投下を捉えているに過ぎない。たとえ世界に向けて核のない世界の理想をまた繰り返し述べたのかもしれないが、核軍縮に関して具体的なことは何も言わなかった」

 また、被爆者たちは謝罪を望みはしなかったのだろうかという問いに対する西崎氏の答えをこう書く。「もちろん謝罪を望んでいた。しかしそのことを強く要求はしなかった。現職の大統領の口から謝罪が出てくる見込みは少ないということを、理解していたからだ」

 だが、西崎氏によれば、日本政府も謝罪を要求しなかったが、その理由は被爆者のものとは違うという。「何人かの革新的な歴史学者によると、日本政府が謝罪を要求しないのは、もし要求すれば日本も日本軍がアジアで行った残虐行為について謝罪しなくてはならないからだ」

 「政治的には、安倍総理はオバマ氏の訪問と二国間の協力関係を強調した演説によって、利点のみを手にした。そして、広島訪問を実現させた努力も自分の功績として強調できる。安倍氏にとっては良いことばかりだ。だが、集団的自衛権の行使容認によって、戦後日本が守ってきた平和を安倍政権が崩してしまったことを被爆者たちは、よく思ってはいない」(西崎氏)

 最後にル・タン紙は、オバマ氏の広島訪問をある意味で好意的に見る欧米のメディアに対し、中国と韓国のメディアでは、この訪問で日本が犠牲者であることが強調され、アジアで行った日本軍の残虐行為が緩和されて受け止められかねないといった論調だと紹介した上で、西崎氏に次のように結論づけさせている。「今回の訪問が、核軍縮に関する議論に終止符を打つためのものではないことは明らかだ。それどころか、この訪問を契機に本当の議論が始まるのだと思う」 

広島訪問がもたらす意味

 ドイツ語圏の主要2紙は、ドイツの第2次大戦への徹底した反省の態度に慣れているせいか、米国と日本が過去ときちんと向き合わない姿勢を、オバマ氏の広島訪問でも軸にして論説を進めている。

 NZZは社説をこう始めている。「オバマ大統領は広島で感動的な演説を行ったが、原爆に関して謝罪しなかった。だが、そのことは日本政府にとっては、何の問題でもなかった」

 「経済的、特に戦略的に緊密な関係にある両国にとって、オバマ氏と安倍氏が協調するのは普通のことだからだ。だが、もし両国の関係がうまくいかなくなるとしたら、その原因は過去にあるだろう」と続ける。「おそらく、駐留米軍の問題か歴史認識の相違のどちらかが関係してくるだろう」

 オバマ氏が原爆投下を謝罪しなかった件に関しては、「日本のメディアでは被爆者の大半が謝罪のないことを容認していたと報じた。しかし、朝日新聞のアンケートに答えた人はたった81人。全国にはまだ9万人近くの被爆者がいる。この中で米大統領の態度にがっかりした人は多いはずだ。だがその日、彼らは無言だった」とつづる。

 こうした無言の被爆者側に立って、日本政府が正式に米国に謝罪を要求したことはないとNZZは指摘する。「それは良く考えてのことだ。理由の一つは、日本は戦略的同盟関係において弱い立場にあり、米国に依存しているからだ。安倍氏が主張する積極的平和主義をもってもそれは変わらない。もう一つの理由は、第2次大戦の戦争犯罪に対し安倍氏がきちんと向き合っていない点がある。安倍氏の戦後70年の演説でも、はっきりとした罪の告白も、首相個人としての謝罪もなかった。もし、オバマ氏が広島で謝罪をしたならば、韓国や中国に対してはっきりと発言(謝罪)するよう求める圧力が安倍氏に対して高まっただろう」

 「オバマ氏の広島訪問は、両国が(今まで過去を反省せず正当化してきた)態度をそのまま保つためのジェスチャーであり、日本と共通の未来を描くためのものだった。それは現実に即している」

 だが、2回の原爆投下が必要だったかどうかに関する議論に関しては、NZZは「これで終わったわけではない」と米国に対してけん制した上で、次のようにくくっている。「安倍氏は再び、過去にどう向き合いたいのか考えなくてはならないだろう。12月に真珠湾に日本の首相が訪問するかどうかを巡りすでに議論がおこなわれている。米国が戦争に参加することになった日本の奇襲攻撃は、今年で75周年を迎える」

過去に終止符を打つべき

 ドイツ語圏のもう一つの主要紙、ターゲス・アンツァイガーは、「過去の歴史を反省しない日本」という文脈においては、NZZと同じ立場で論旨を展開している。「日本は何十年もの間、米国の緊密な連携国だが、両国が過去の戦争に関して清算したことはない。米国の占領下では原爆に関する新聞記事すら禁止されていた」

 また、心理学において、個人のレベルで過去の損失や過失などに終止符を打つことの必要性を「need to closure(議論の終結への必要性)」と呼ばれるが、それは国家や国家間の過去に関しても同じだと説く。

 ところが、同紙はNZZとは異なり、このオバマ氏の広島訪問を米国からの「和解の行為」と解釈して、こう展開している。「オバマ氏は広島での、和解を目的にした行動を示すことで日本に『終結』をもちかけた。安倍氏がそれを受け入れるか、それとも拒否するか、またはこの広島訪問を内政に利用するかは、今後数カ月で明らかになるだろう」

 また、この「終結」という課題において、中国や韓国を批判しながら、同時に安倍氏に対して、米国に次いで「終結」に向けた行動を始めるのは「彼だ」と促している。「中国と韓国は自己主張をし、海に浮かぶ岩や戦争犯罪の重さ、被害者の数などについて隣国と言い争いをし、それを内政に利用している。『終結』の代わりに、古傷を絶えずえぐっている。オバマ氏は27日、第2次大戦の『終結』に向けて大きく貢献した。次は安倍氏の番だ」


2009年のプラハ演説で「核なき世界」を提唱したオバマ氏が、広島で謝罪をしないということは、訪問以前から決まっていた。一言の謝罪がパンドラの箱を開けることになりかねないからか?謝罪がないことは、日本政府にとっても都合がよかったとスイスのメディアは書く。日本もアジアでの残虐行為に対し謝罪を促されるからだという。だが、恐らく、過去をきちんと見つめないと前に進めないのではないだろうか?それは個人のレベルでも国家のレベルでも同じだと言う意味で、ターゲス・アンツァイガーの主張には、記者もかなり賛成できる。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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