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文化遺産


シリア内戦後の文化財保護、スイスの役割は?




2千年もの歴史を持つパルミラ遺跡のバール・シャミン神殿を「イスラム国(IS)」が破壊する様子。この写真はISがインターネット上で公開した (Keystone)

2千年もの歴史を持つパルミラ遺跡のバール・シャミン神殿を「イスラム国(IS)」が破壊する様子。この写真はISがインターネット上で公開した

(Keystone)

内戦が続くシリアで、過激派などによる遺跡や文化財の破壊、略奪が深刻化している。危機的な状況を重く見た専門家らは、文化財の保護を目指した活動を始動。メンバーの3人の考古学者はスイスインフォの取材で、文化財を一時的に保管したり、活動にかかわる人材育成を支援したりするなど、スイスが果たせる役割は大きいと話す。

 数千年の歴史を持つ遺跡や博物館の所蔵品が内戦で無残に破壊されていくのを、考古学者はどんな思いで見つめているのだろう。

 シリア北部アレッポは内戦で最大の被害を受けた都市だ。アレッポ大学の講師で考古学者のモハマッド・ファクロ氏は「シリアの考古学者として、非常に悲しい。我々の文化遺産にとっては悲劇だ」と嘆く。

 同氏は、国の世界遺産パルミラ遺跡が内戦で破壊されたことに触れ「(パルミラ遺跡の)バール・シャミン神殿が破壊されたなどと聞き、最初に頭に浮かんだのは『いかにそれらを修復するか』だった。我々は考古学者だ。政治家でも兵隊でもない。考古学者の使命は文化遺産を守ることだ」と強調する。

 ファクロ氏らは、シリアの文化財の現状を世界に訴えるため、9月にベルンで開かれたトークイベント「テデックス(TEDx)」に登壇。ベルン大学近東考古学部門の博士研究員モハメット・アルカリド氏、文化財運営支援に取り組むスイスの独立企業アーキオコンセプト(ArchaeoConcept)のシンシア・ダニング代表も壇上に立った。

テデックス(TEDx

テッド(TED)はテクノロジー、エンターテインメント、デザインが一体となって未来を作るという考えの下に誕生した米国の非営利団体。テデックスは、同団体のスローガン「広める価値のあるアイデア」を共有するため世界各地で開催されるトークイベントを指す。登壇者が18分以下という短い時間で様々なアイデアを披露するスタイルが特徴的。イベントの開催はTEDの許可の下、自由な企画運営が行われている。

 3人がテデックスで話したのはシリーン(Shirin)と呼ばれる活動についてだ。シリーンは多様な分野の専門家を集め、シリアの文化遺産の保存、保護に取り組む政府、NGOをサポートすることを目指したプロジェクトで、ダニング氏は同プロジェクトの国際委員会顧問も務める。

 ダニング氏はスイスインフォの取材の中で「スイス国内の州、大学、企業関係者が、文化財復元活動に加わり、人材育成支援に手を差し伸べてくれればうれしい」と話した。

 スイスの連邦内務省文化局は長年、紛争国などから文化財を移転し、一時保全する支援活動を中心的に担ってきた経緯がある。

 1998年から2010年まで、ベルン州の考古学事業の責任者を務めた経験を持つダニング氏は「文化財の一時保全は極めて特別なことだ」と指摘する。

 同氏は「スイスの国内法は、連邦政府が紛争国から文化財を持ち込むことを認めている。例えばアフガニスタンからは文化財がスイスに移され、紛争終了まで保全されることになった。他の国に同種の規定はない。スイスは特別だ」と語る。

ベルンで行われたトークイベント「テデックス」(英語)

 だからといって、スイスが申し出ればすぐに文化財を移転できるという簡単な手続きではない。同氏によれば「まずシリア政府が文化財の保護を希望し、スイス政府に保全を依頼する必要がある。だが、シリア政府からの申し出はない」と言う。

 ファクロ氏は、シリアの首都ダマスカスにある博物館や考古学理事会の知人に一時保全の選択肢があることを知らせようとしたが、シリアではそもそも国内法で文化財の一時移転が認められていないという。

 同氏は「完全に禁止されている。実行に移せば政府が弱いとみなされると言われた。トルコやヨルダンで見つかったシリア関連の文化財ならどうかと問い合わせたが、だめだった。全て政治がらみの問題だ」と悩む。

国際的な取り組み

 ダニング氏にとって、文化財の破壊はかけがえのない思い出を失うことを意味する。「何か手立てを講じなければならない。国を問わず、アフガニスタン、シリア、イラクなど、こうした国の未来を再建する活動に人々を巻き込むことも必要だ」と強調する。

 またアルカリド氏は、文化遺産の破壊は世界全体にとっての損失だといい、国際的な取り組みが必要だと訴える。「文化遺産は人類の宝。シリアだけでなく世界全体の問題であり、決して他人事ではない」と強調する。

 シリア内戦は死者数十万人、避難民は何百万人に上るとされる。戦闘や略奪、故意の攻撃などで博物館や遺跡などの破壊も深刻化している。

2015年にISによって破壊されたパルミラ遺跡のバール・シャミン神殿。写真は破壊される前(2010年) (Keystone)

2015年にISによって破壊されたパルミラ遺跡のバール・シャミン神殿。写真は破壊される前(2010年)

(Keystone)

 ファクロ氏は「文化遺産の破壊はパルミラだけでなく国土全体に及ぶ。盗掘もまん延している」と話す。同氏はアレッポの古文化財・博物館理事会の発掘部門代表も務める。

 同氏はまた「盗掘は深刻な問題。遺跡などの地層が一度破壊されると二度と元に戻せないからだ。しかも盗掘品は世界中の市場で取引されている」と危惧する。

「希望は捨てない」

 遺跡を守り、破壊・略奪行為を記録し、国際市場での盗掘品取引を防ぐため、政府やNGOが様々な取り組みを開始した。

 特に、内戦後の復興に向けた専門家の育成は急務だ。博物館の再建、遺物の復元、遺跡における地雷などの除去、遺跡の再公開に向けた準備などには専門家の動員が見込まれるためだ。

 ダニング氏は、ユネスコ(国連教育科学文化機関)やユネスコの諮問機関イコモス(国際記念物遺跡会議)、協力団体イコム(国際博物館会議)などの大きな団体に期待する一方で、これらの機関には「一つ欠点がある」と付け加える。

 それは交渉相手に制限があること。同氏は「これらの公的機関が相手にするのは政府だけ。非政府組織や政府と意見を異にするグループとは交渉できない。一方でNGOなら、立場の違う考古学者たちを一堂に集め、協働させることができる。NGOの存在意義はここにある。宗教や政治的な信条は違えど、話し合うことはできる」と話す。

 今後の展望について、アルカリド氏は「前向きにならないといけない」と言う。「私個人は楽観的な性格ではない。でも希望は捨ててはだめ。シリアの内戦と悲劇が終わり、文化財のために何かできれば」と期待する。

 ファクロ氏もアルカリド氏と同じ見方だ。「未来がどうなるかは分からない。だが内戦後の文化財復興と保護活動に向け、今のうちにあらゆる手立てを講じておくことは必要だ。先行きは暗いが、希望を捨てては元も子もない」と話した。

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シリーン(Shirin

シリーン(危機に瀕するシリア文化財:国際調査活動とネットワーク)は、古代近東の考古学、芸術学、歴史学の研究者らで構成する国際的な研究グループ。

内戦が始まる2011年前からシリアで活動していた研究グループの活動実績などを共有し、文化財保護に専門知識を広く活用するのが目的。

主な活動は、シリアの文化財保護に取り組む政府や民間団体の支援。政治・宗教的信条、人種の違いなどにかかわらず、シリアの研究者や当局の要望をふまえ、特に緊急措置的な支援を行う。

ベルン大学の考古学研究所は、古代近東の考古学、文献学の双方にまたがり調査、学術研究を行う国内唯一の機関。シリア、トルコ、トルクメニスタンでの現地調査にかかわっている。

シリア内戦

「アラブの春」と呼ばれる中東諸国での民主化の動きを受け、11年3月にシリアでデモが激化。のちにアサド政権側と反体制派による武力抗争に発展した。過激派組織「イスラム国(IS)」も内戦に乗じて参戦した。

赤十字国際委員会によると、国内避難民は800万人に上り、450万人が敵対勢力圏内、また支援の届きにくいエリアにとどまる。450万人が近隣諸国などへ難民として逃れた。死者は25万人、負傷者は150万人に上る。


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(英語からの翻訳・宇田薫)

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