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スイスが現実にする「ミクロ決死隊」

1960年代の映画「ミクロ決死隊」では、縮小された科学者チームが瀕死の男の血管の中に送り込まれる

スイスの科学者は、損傷を受けた人間の動脈の治療に使えるコルクスクリュー型の小さなマイクロロボットの開発に取り組んでいる。

連邦工科大学チューリヒ校の研究者によるこのバクテリアサイズのロボットは、外部低磁場を使って極めて正確に液体の中を泳ぎ進むことが可能だと、同大学のオンラインマガジン「ETH Life」に発表された。

ミクロの世界

 チューリヒの研究チームが開発するマイクロロボットは、世界的に高まりを見せている新しい研究で、体内での検体の検出、薬の送達、手術に使われる小型医療ロボットの研究の1つに数えられる。この小型ロボットの大きさは、バクテリアの5ミクロンから15ミクロンに対し、全長25ミクロンから60ミクロン ( 人間の髪の毛は直径約100ミクロン ) だ。

 5年間かけて開発されたこの「人工細菌鞭毛 ( べんもう ) 」は自然界からヒントを得ている。
「基本的に、この小さなコルクスクリューのようなロボットは大きさも形も鞭毛に似ている。鞭毛とは大腸菌のような特定の細菌が持つ小さな尻尾のことで、細菌はこれを使って前進運動を行う」
 と、連邦工科大学チューリヒ校 ( ETHZ/EPFZ ) 「ロボット工学・インテリジェントシステム」の教授ブラッドレー・ネルソン氏は言う。

 このようなミクロの世界で作業をしていると、物質界との関わり方がまったく変わるという。
「もし自分を1万分の1の大きさに縮小したとしたら、水がシロップのように感じられるだろう。そのような中をただオールを前後に動かして漕いだとしても前には進めないだろう。だから、コルクスクリューのような形が必要になる」
 と、ネルソン氏は鞭毛をまねる意義を語る。

課題は動力

 このマイクロロボットはインジウム、ガリウム、ヒ素、クロムの細かい層から成り、「頭」の部分はクロム、ニッケル、金でできている。ニッケルはやや磁気を帯びているため、ロボットは低磁場の中を最高秒速20ミクロンの速さで進むことができる。しかし、このようなミクロの規模では、小型医療ロボットの動力供給が大きな課題だ。そこで現在は、ロボットのエネルギー収集と蓄電の方法の研究に重点が置かれている。

 また、ネルソン氏のチームはコルクスクリューの形が多くの点で優れていると自信を持つ。
「バクテリアの前進運動の仕方をまねて、低磁場を使ってバクテリアサイズのものを操作できれば、数センチ離れたところからの遠隔操作が可能だ」
 と、ネルソン氏は展望を語る。

マイクロロボットの実用化

 この小型ロボットはまだ基礎研究の段階だが、将来、体内の手の届かない場所に行って正確に薬を送達したり、細胞や分子の処置に使われるだろうと、チューリヒの科学者たちは言う。この研究チームは現在、新しい素材を試しながらメカニズムの調整を行い、最適なロボットの追跡方法を探っているところだ。

 「顕微鏡の中と体内とはまったく別物だ」
 とネルソン氏は言う。人体実験は今の時点では行われていない。
「しかし、どんな基礎研究もわれわれを制約することはないと思う。基礎研究には広大なビジョンを持ち、エネルギッシュで能力のある人が必要だろう。この3つ要素の1つ1つが強力であればあるほど、基礎研究は早く実現するだろう」
 と、ネルソン氏は研究者の基本姿勢についても言及する。

速まる研究速度

 近年、小型医療ロボットの開発で特筆すべき進展があった。「ピルカム ( Pillcam ) 」 ( 1センチメートル幅のカメラを内臓したカプセルで、飲み込むことができる ) のように臨床的に見て最も進んでいるロボットは、主に人間の胃腸用だ。胃腸は手が届きやすく、小さなものを受け入れることができるからだ。イスラエルで開発されたこのカプセルロボットは、自然に腸内を動きながら写真の撮影と送信を行い、2001年に導入されてから広く利用されている。

 今回の新しいコルクスクリュー型のマイクロロボットは、今までにチューリヒの研究チームが開発した3種類のロボットの中では最も小さい。さらに、外部磁場を応用して、人間の眼の中での検体の検出、薬の送達、手術を行える全長1ミリのロボットの開発にも取り組んでいる。このマイクロロボットの使用により、眼科医は軽い麻酔薬だけを使い、縫合する必要がなく、網膜の内側の血管に直接薬を送達することができる。

 しかし、医療用マイクロロボットの研究開発のスピードはほかでも加速している。オーストラリアでは、メルボルン近郊のモナッシュ大学の科学者がマイクロロボットを動かすための鞭毛に似た同じようなマイクロモーターを作っている。また、2007年には、カナダのモントリオール理工科大学の研究チームが、1.5ミリの電磁ビーズを生きたブタの動脈の中で動かし、操作することに成功し、フィクション映画「ミクロ決死隊」を現実のものにした。その後、ビーズのサイズを約250ミクロンまで縮小した。


swissinfo、サイモン・ブラッドレー 中村友紀 ( なかむら ゆき ) 訳

連邦工科大学チューリヒ校 ( ETHZ/EPFZ ) ロボット工学・インテリジェントシステムの教授。
ロボット工学研究を科学とエンジニアリングの新興分野に拡大することを主に研究している。主要研究課題はマイクロロボット工学とナノロボット工学。
ミネソタ大学機械工学修士号、カーネギー・メロン大学ロボット工学博士号取得。
ネルソン氏のチューリヒの研究室は2007年に開催された第1回ロボカップ・ナノグラム大会で優勝した。

サイエンスフィクション映画「ミクロ決死隊」 ( 1966年 ) では、アメリカとソ連の両国が個体の分子を縮小することで物質を縮小する技術を開発した。
しかし、一定の時間が経過すると元のサイズに戻ってしまうため、縮小効果は限定的だった。
「鉄のカーテン」の背後で活動していた科学者ジャン・ベネスは無期限の物質縮小プロセスを実現する方法を研究していた。CIAの協力を得てベネスは西側に亡命したが、暗殺未遂の際にできた脳内の血栓が原因で昏睡状態に陥る。
ベネスを救命するため、科学者チームを乗せた潜水艇が微生物サイズに縮小され、瀕死のベネスの体内に注入される。
チームの使命はベネスの脳の奥深くにできた血栓を溶解し、ベネスの命を救うこと。
ベネスの心臓、内耳、肺を通り、科学者たちは血栓の破壊に成功し、ベネスを救う。

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