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特集「直接民主制:その長所と短所」

直接民主制は、スイス政治の最も重要な要素だ。国政レベルでは、19世紀半ばに導入された。が、州や市町村レベルでは、もっと昔から行われていた。

直接民主制は、スイス政治の最も重要な要素だ。国政レベルでは、19世紀半ばに導入された。が、州や市町村レベルでは、もっと昔から行われていた。

直接民主制の基本構造は、国民投票(referendum)と発議権(initiative)から成る。国民投票は、議会や政府の提案にスイス国民の声を反映する機会を与える。発議権は、国民または国民が構成する組織が、政府に対して議案を提出する権利だ。国民投票は、連邦(国政)レベルでは、政府が法改正を提案した時に行われる。政府の改正案に反対する人が50、000人の署名を集めると、政府案は国民投票にかけられる。また、また発議権は、国民が法改正を必要と感じた時に発動される。改革を求める国民が100、00人の署名を集めたら、議案を国民投票にかけることができる。

タイムテーブルは、国民投票と発議権では違う。国民投票の場合は、政府案はすでにまとめられているため、通常あまり長い時間を要しない。50、000人の反対署名が集められてから1年以内に投票が行われるケースが多い。それに反し、発議権のプロセスには時間がかかる。国民からの発議は、連邦議会に提出されなければならない。さらに、議案に関わるすべての組織・団体などの意見を諮問プロセスでまとめなければならない。過去の事例では、発議から国民投票まで最長7年かかっている。あまり長過ぎると国民が忘れてしまうため、最近では、最長3年半までに減少された。

直接民主制は、州や市町村レベルでも実施されている。ベルン大学のアンドレアス・ラドナー政治科学研究所長は、スイス国民は人生で膨大な数の議案の投票を要請されていると言う。チューリッヒ市では、人は一生のうち市政、州政、国政で約1、800の議案に投票するという計算が出されているそうだ。そのため投票者に投票疲れがまん延し、しばしば絶望的な低い投票率の原因となっている。毎年10から14の議案にたいして投票が行われる。すべてが国政レベルではなく、また国民が投票の必要を感じないような重要性のない議題もある。「外交政策はスイス政治で最も繊細なトピックだ。が、1992年の国民投票で欧州経済地域加盟が78%の反対票を集め否決されたような動きが、今後あるとは思われない。」とラドナー所長は言う。

ミヒャエル・ウォルター政治アナリストは、ラドナ−所長に同意を示す一方「直接民主制には重大な欠陥がある。国民に決断を委ねるには、複雑すぎる議案もある。」と言う。議案が一般国民には理解できないほど専門的過ぎる場合には、投票は真に国民の意見を代表するものではなくなると、ウォルター氏は言う。また、議題があまりにも一般的すぎる場合には、国民は気分で投票することになり、ポピュリズムに陥る危険性がある。

直接民主制では、明白で完成された質問が投票の場に出されなければならない。これが長所の一つであるとラドナー所長は言う。議題は複雑でも、質問は大変シンプルでなければならず、「賛成」か「反対」かだけで答えられるようなものでなければならない。そして詳細を知らなくても、決定できるようにしなければならない。「合意に達するというのは、より複雑だ。また、たとえメデイアで討論しても、政府が国民に示唆を与えることに全力を尽くしても、全国民が理解するとは思われない。」というが、ラドナ−所長は、スイスは欧州の一部であり、スイス国民は今回承認された相互条約が、長期的には統合へ向かうプロセスのための法的枠組みを設定するためのものであることを認識しているだろうと認める。

ラドナー所長もウォルター氏も、直接民主制が暗に示すものの一つに、スイスの議会と政治家が比較的弱いものであるという点で同意見だ。サッチャー、ミッテラン、コールなどの政治家でも、スイス政界であれほど長く生き延びられるとは、想像しがたい。

が、このシステムは国民に政治力を与え、議会で可決された議案すら拒否することが可能だ。政府の活動をチェックする機能が働いているわけで、スイスの大きなアドバンテージだとラドナー所長は言う。が、同時に、政治的、社会的な変革の足をひっぱってもいる。ウォルター氏によると、スイス連邦議会は、世界の議会の中でもかなり進歩的だ。が、国民が産休のための基本法案を否決してしまったため、産休の導入に失敗してしまった。

「民主制と効率の良さは、相容れない。効率の良さを望むなら、また迅速さも望むなら、多くの場合、民主主義は無理だ。そこを我々は認めなければならない。」とウォルター氏は言う。ラドナ−所長もまた、スイスでは政治的決定に時間がかかると言う。が、一度国民によって決定されたら、政権交代があっても次の投票でひっくり返されるということはない。最新の研究では、直接民主制による意志決定が行われる国のほうが、国民が政府に満足していると、ラドナー所長は言う。州レベルでは、さらにその傾向が強い。

直接民主制は、他の国々でも国民の政治への幻滅の救済策として考慮されている。ラドナー所長によると、ドイツでも、市民の政治への直接影響力を高めるため、地方レベルでの導入を計画中だ。「直接民主制こそは、紛争解決のモデルとなるのではないか。また、意志決定プロセスに人々を統合するのではないか。」というのがラドナー所長の論だ。

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