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美しき地図

「忍耐力と集中力のほか、グラフィックデザイナーとしての能力も必要です」ヘガー氏 swissinfo.ch

最近スイス政府観光局 ( Switzerland Tourism ) は、手軽なハイキングコースなど自然に触れられるようなプログラムも提供している。

これに触発され、山登りやハイキングを堪能したいと思う観光客に必要なのが、スイスの地図。スイスの地図は正確で美しいという評価を国外からも受けている。

 スイスの地図を製作するスイストポ ( Swisstopo / 連邦地理局 ) を訪ねた。案内役は、フェリクス・ブラッター氏。フォトジャーナリストからスイスの地図に魅せられた1人である。

地図にまつわる数

 スイス全土の広さは4万1284平方キロメートル。これは、2万5000分の1の地図247枚でカバーされる。2万5000分の1の地図というのは、地図上の4センチメートルが現実の1キロメートルに該当するという大きさだ。この地図が基本となって、5万分の1や10万分の1、30万分の1といった地形地図が作られる。地形地図とは、地名や標高が明記され、道路、森、岩場といったその土地の性格のほか建物などをグラフィックで表現したものをいう。

 地形地図のほか、道路地図、航空地図、市町村地図、そしてハイキング用やスキーツアー用といったテーマ別の地図も作られる。合計510種類。全国くまなく6年ごとに更新される。

時間と労力の結晶

 地図は、測量部のデータの収集から始まる。専用の小型飛行機で、標高3.5キロメートルをほぼ東西方向に直線状に飛びこれを繰り返す。写真は23センチメートル四方のスライド、1枚の7割が次の1枚とオーバー・ラップしている。特殊な機械を通して、地形が立体的に見えるようにするためだ。現在では、1億円もするというドイツ製のデジタルカメラで地形をスキャンし、霧がかかっている部分の情報も読み取ることができるようになった。

 国土の表面の形状や大きさを測る測地部が測定したデータも必要だ。スイス全土に置かれた各GPSステーションから、ベルン市内に定められたスイス国土の定義上のゼロ地点との高さや距離関係を測定し、その変動を把握する。写真や測定だけでは分からないところは、測定者が実際に現地を見て回るという。

崖の表現が素晴らしい

 こうして集められたデータは、コンピュータに入力され、地図製作部の手に渡る。

 250人の従業員が働くスイストポには、地形地図の製作者が30人、テーマ地図の製作者が10人いる。以前は手描きだったが、現在はコンピュータプログラムにより、たとえば「道路」とプログラム上で描く線を指定するすることで、滑らかな線が簡単に描けるようになった。

 アルプスの形状も「崖」のメニューで描くことができる。線の太さを選び、崖を表す線の方向を決め、ギザギザした線をマウスで描く。ギザギザ具合は製作者の経験とセンスがものをいうが「想像では決してない」とブラッター氏。分厚い本にまとめられた地図作成の規則があるのだ。「地図は北西、つまり左上から光がさしているように描かれます。よって、地図の左斜め下に行くにつれ崖は暗くなる。具体的には線は少しずつ太くなるように描くようにします」と製作者マルコス・ヘガー氏。

 ブラッター氏はおもむろにエベレスト山の地図を広げた。アメリカのナショナルジオグラフィク協会発行だが、グラフィックはスイストポが手がけた。「技術が認められたので国外からの注文もあったという例です」とブラッター氏は誇らしげだ。

 ヘガー氏が現在手がけているのは、ユングフラウ地方。2万5000分の1の地図を5万分の1の地図に描き換えている。通常の地図なら1枚に1人の製作者が当たるが、この1枚に4人の製作者が取り組んでいる。「地球温暖化で氷河が縮小し、地形が大きく変化しました。仕事量は膨大です」という。そもそも、製作者1人で年間3枚しか仕上がらないというから地図作りは「忍耐と集中力の仕事」( ヘガー氏 ) なのだ。

最高級になる理由

 慎重を期して作られた地図でも、無くなってしまった家を消し忘れたりするなど、間違いは必ずあるとブラッター氏は明かす。それでも、スイスの地図は最高級の質を誇る。国境部分は、隣国の地図をコピーするのが普通だが「イタリア国境部分は、スイストポの飛行機が集めたデータで作りました」とブラッター氏は片目をつぶった。イタリアの地図は50年前のもので、スイスの地図には使えないというのが理由。

 このほか、スイスの地図が評価される理由は、紙幣に使われる紙に相当する高級な紙を使用していることや、色が滑らかに印刷される8色刷りで、ほかの国で使われているシルクスクリーンではないことなどが挙げられる。

 ドイツの地図紹介本 ( Deutsche GPS Infromation 、ウーリ・ベンケ著 ) も、スイスの地図について「非常に優秀な地図。魅了される」と書き、最高級の評価を与えて惜しまない。

 「それは、スイス人の気質でしょう。時計職人と同じように、細かい仕事が好きで、マニアックな気質です」とブラッター氏は語る。

swissinfo、ベルンにて 佐藤夕美 ( さとう ゆうみ )

地形地図は13.50フラン ( 約1350円 )
ハイキング用の地図は15.50フラン ( 約1550円 ) 。
スイス全国を網羅した8枚のCD地図も販売。1枚178フラン ( 約1万7800円 )
最近はデジタル化された情報提供サービスもある

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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