「グリーンランドを買いたい」。風刺画家も顔負けの発言が米国の現職大統領から飛び出した2019年。スイスの風刺画家たちは鋭いペン先でどのように応戦したのか。
このコンテンツが公開されたのは、
ベルン大学で歴史学と政治学を学ぶ。通信社ロイター、日刊紙ブント、ベルナー・ツァイトゥング、ラジオ・フェルダーバントを経て現在に至る。関心テーマはスイスで実践される現代の直接民主制。スイスの直接民主制をあらゆる面、あらゆるレベルから取材する。常に市民を記事の中心に据える。
Renat Kuenzi (文), Ester Unterfinger (写真編集部)
swissinfo.ch創立20周年を記念して行われたパネルディスカッションの席上、ブラジル人ジャーナリストのダニエラ・ピンヘイロさんは「狂気の沙汰」「エキセントリック」「ナンセンス」は今や政治における「ニューノーマル」だと発言した。だが国内外の政治風刺画家たちはそんな風潮をよそに今年も数々の秀作を生み出した。
フェリックス・シャード氏が描いたトランプ米大統領は、グリーンランドをもらえないからといって、執務室で小さな子供のようにすねている姿。ところが国務長官は抜け目なくボリス・ジョンソン英首相を招待済みだ。英国国旗を手にした英首相の到着を告げる一言は、「グレートブリテン島が今お買い得だそうです」。
もちろん現実はそう甘くない。権力者の愚かさを、それに輪をかけたナンセンスで切り返して暴き出す風刺画家自身にとってもこれは当てはまる。
今年それを思い知らされたのが仏語圏スイス在住で世界的に有名な風刺画家パトリック・シャパット氏。政治風刺画の世界では第一人者であるシャパット氏だが、伝統あるニューヨークタイムズ紙国際版という作品掲載の場を失った。
他の作者によるある風刺画をめぐって激しい議論が巻き起こったのが引き金となり、同紙は紙面から一切の政治風刺画を外すという決定を下したのだ。
しかも、公表したのはスイス人だった。シャパット氏はswissinfo.chのオピニオン記事で、当時の心境を振り返っている。
本記事ではそういった苦い現実も心に留めつつ、編集部が選んだ風刺画を元にこの1年間の政治を軽妙なタッチで振り返ってみたい。
風刺画で1年を振り返る通信博物館外部リンク(ベルン市)の企画「Gezeichnet 2019外部リンク」は今年で早くも12回目。期間は20年2月9日まで。
スイス全国の風刺画家約50人の作品200点以上が展示される。
スイスの有名な風刺雑誌ネーベルシュパルターが後援するこの展覧会には、年末年始にかけ毎年数千人が訪れる。
(独語からの翻訳・フュレマン直美)
続きを読む
おすすめの記事
「スイス民間防衛」日本で売れ続ける理由
このコンテンツが公開されたのは、
冷戦期、スイス連邦政府は有事の際の備えを説いたハンドブック「民間防衛」を各家庭に配った。今や存在すら忘れられたこの冊子が、意外な場所で売れ続けている。それは日本だ。
もっと読む 「スイス民間防衛」日本で売れ続ける理由
おすすめの記事
スイス流ユーモアのちょっとした歴史
このコンテンツが公開されたのは、
スイス人はユーモアに欠けつまらない、と思われることは多い。それでも、あるいはそのせいで、スイスとスイス人にまつわるユーモアに富んだ逸話には枚挙にいとまがない。その歴史を見てみよう。
もっと読む スイス流ユーモアのちょっとした歴史
おすすめの記事
スイス人漫才師シラちゃん 「闇営業は個人の問題」
このコンテンツが公開されたのは、
厚切りジェイソン、パックン、チャド・マレーン。今も昔も茶の間で愛される日本の文化「お笑い」に挑戦する外国人は少なくない。夫婦漫才コンビ「フランポネ」のシラちゃんもその一人。最もユーモアに欠けるお国柄の一つとされるスイス出身の彼女の目に、日本のお笑い界はどう映るのか。
もっと読む スイス人漫才師シラちゃん 「闇営業は個人の問題」
おすすめの記事
信仰への冒涜罪、スイスで無宗派が撤廃要求
このコンテンツが公開されたのは、
神への冒涜(ぼうとく)を罪とするか、言論の自由として認めるかは各国によって判断がまちまちだ。欧州人権裁判所は預言者ムハンマドを小児性愛者と呼んではならないとしたが、スイスでも同様の発言は罰則対象になる可能性がある。
もっと読む 信仰への冒涜罪、スイスで無宗派が撤廃要求
おすすめの記事
ルクソール事件から20年 テロ件数は世界的に減少
このコンテンツが公開されたのは、
1997年11月17日にエジプトのルクソールで起きたイスラム過激派の無差別殺傷テロ事件では、スイス人36人を含む観光客62人が殺害された。スイス人が巻き込まれたテロの中では最悪の犠牲者数が出たこの事件から、今年で20年。テロリズムはいまだ脅威だが、意外にもテロ発生件数や犠牲者数は減少している。
もっと読む ルクソール事件から20年 テロ件数は世界的に減少
おすすめの記事
ジュネーブで初の「マンガ科」専門大学がスタート
このコンテンツが公開されたのは、
スイス初のマンガ学科が先月、ジュネーブの専門大学でスタートした。キャンパスにジュネーブが選ばれたのは偶然ではない。「ジュネーブは近代的なマンガの生みの親、ロドルフ・テプフェールの故郷だ」と学科の設立に深く関わったジュネーブの漫画家、ティラボスコさんは言う。
もっと読む ジュネーブで初の「マンガ科」専門大学がスタート
おすすめの記事
スイスを風刺画で描く
このコンテンツが公開されたのは、
スイスインフォでは毎週金曜日、最近の話題にまつわる風刺画を1年間にわたり掲載してきたが、3月10日をもって終了する。 イラストレーターは、画家であり政治風刺画家でもあるグラウビュンデン州出身のマリーナ・ルッツさん(28)…
もっと読む スイスを風刺画で描く
おすすめの記事
「笑いがなくても生きていけるが、人生は楽しくないだろう」
このコンテンツが公開されたのは、
swissinfo.ch: 80歳を迎えられた今でも年間150回も舞台に立たれていますが、元気の秘訣は何ですか? ディミトリ: 自分でも驚いている。今、健康であり、世界で最高の職についている。私は運がいいのだと思う。しか…
もっと読む 「笑いがなくても生きていけるが、人生は楽しくないだろう」
おすすめの記事
風刺文化 スイスの言語地域間で違い
このコンテンツが公開されたのは、
1月にパリで起きた「シャルリー・エブド」銃撃事件をきっかけに、スイスでも「風刺」に対して再び大きな関心が集まった。ドイツ語圏とフランス語圏で文化的に大きな違いがあるスイスでは、風刺をめぐる反応にも違いがあるようだ。
もっと読む 風刺文化 スイスの言語地域間で違い
おすすめの記事
スイス人風刺漫画家「直接民主制は時にインターネット上の掲示板のよう」
このコンテンツが公開されたのは、
スイス国民は、すがすがしいほどの「熱意」を込めて投票に臨む。そう笑いながら話すのは、スイスの風刺漫画家パトリック・シャパットさん。しかし、この15年ほどの間に直接民主制が世論操作をもくろむ人々やポピュリストに利用されるようになったと警鐘を鳴らす。
シャパットさんは20年以上の間、ニューヨーク・タイムズ紙国際版、スイス・フランス語圏の日刊紙ル・タン、ドイツ語圏の日刊紙NZZに定期的に風刺漫画を寄稿し、大西洋の両側で読者を笑わせてきた。
最近、家族とともにジュネーブから米ロサンゼルスに移住。風刺画家としての活動を続ける傍ら、南カリフォルニア大学アネンバーグ校スクール・オブ・ジャーナリズムに研究員として在籍している。
swissinfo.ch: ロサンゼルスに暮らしていて、スイスが恋しくなりますか?
シャパット : それは大げさかな(笑)。ただ、まともなスイスのグリュイエールチーズを買えるところをずっと探しているんだ。米国でその名で呼ばれているチーズはチューインガムみたいでね。それを除けば、スイスが恋しいということはない。私たち家族はスイスを非常に身近に感じている。自分がスイス人だと感じるのに、24時間スイスにいる必要はない。
swissinfo.ch : スイス関連の政治風刺漫画を外国で描くのは難しくありませんか?
シャパット : 頭の体操が必要だ。今住んでいる西海岸はスイスの真逆のようにも感じられる場所だから。
スイスのローカルな問題に疎くなるから、長期的にはたぶん良くないだろう。例えば、一括税のイニシアチブ(国民発議)についての議論に四六時中どっぷり浸ったりすることがない。
だが、長い目で見れば、距離は面白いものだ。数年間ニューヨークに住んだ時にも同じような経験をした。ニューヨーク暮らしの結果、私はスイスの制度と和解し、ずっと身近に感じるようになった。
swissinfo.ch : どういうことですか?
シャパット : 合意の形成、妥協案の模索について理解を深めることができた。当時の私は27歳で、スイスのマイペースな政治制度にいらいらしていた。しかし、距離を置いてみるとより良く理解できるようになった。
スイスを一つにまとめているのがスイスの政治制度だ。だから派手さはないし、何かと時間がかかり、合意も多く取りつけなければならない。スイスは努力によって維持されている国だ。いろいろな仕組みがあってこそ(スイスという国が)きちんと機能し、時には少し前進することもある。少なくとも後退することはない。
swissinfo.ch : シモネッタ・ソマルガ連邦大統領兼司法警察相が最近、直接民主制を称えて次のように発言しました。「バスに乗っていて話しかけられると、いつもその話題になる。人々はこの制度に非常に愛着をもっている」と。あなたもそうですか?
シャパット : ソマルガさんとバスで一緒になったことはないが、もし見かけたら自然と近づいていって、直接民主制の話をしてしまうだろうね(笑)。スイス国外ではよくその話をする。丸ごと説明する必要があるからだ。
外国人に1時間かけて直接民主制について話して、相手が納得したなら、それは説明が悪かったということだ。これは非常に特殊な、独特の制度だ。スイスというこの目立たない奇妙な多言語国家に合わせて作られた制度なのだ。
swissinfo.ch: アステリックスとオベリクス(訳注 フランスの人気漫画「アステリックス」の主人公たち)の秘密兵器は魔法の薬でした。スイス国民の秘密兵器は直接民主制なのでしょうか?
シャパット: 直接民主制は素晴らしい。外国ではそう言われている。特に近年、どこの国でも政府への信頼が揺らいでいるので、人々は直接民主制に魅了されている。
swissinfo.ch: しかし、最近の投票から見て、直接民主制は国を安定させる機能を失い、非合理的でポピュリズムに走っていると批判する声もあります。それについてはどう思いますか?
シャパット: 直接民主制とは、スイス国民が主導権を握る制度だ。政府が国民の指図を受け、時には国民を恐れる国は世界でもほぼスイスだけだ。この国の全権を握るのは、気まぐれで時に少し偏った「スイス国民」だ。スイス人はかなり地味な国民だが、信じられないほど馬鹿なことを言うこともある。直接民主制の問題は、この15年ほどの間に世論操作をもくろむ人々やポピュリストに利用されるようになったことだ。例えば、外国人排斥についての投票など何度もあり過ぎて飽き飽きするほどだ。
swissinfo.ch: しかし、直接民主制やポピュリストといったテーマは、あなたのような政治風刺画家にとってはおいしい題材では?
シャパット: 牛、アルプスの風景、牛飼い、投票箱など、スイスにありがちなイメージは描いても飽きない。
私はポピュリストと同じように、こうしたイメージをあえて使っている。国民党と同党の有力政治家クリストフ・ブロッハー氏は、長年同じ神話を繰り返し語っている。「世界に対する責任から逃れ、常に反対の立場に身を置く一方、利益は全て享受するアルプスの主権国家スイス」という物語だ。
swissinfo.ch : 政権を笑い者にする怖さは全くありませんか?
シャパット : 自分が特に過激だとは思っていない。私よりずっと挑発的な風刺画家もいる。私が心がけているのは、的を射て効果的であること、そして切れ味だ。正直なところ、自分はお行儀が良すぎると思うこともあるくらいだ(笑)。
swissinfo.ch : 多くの人にとって、直接民主制は神聖なものですが、個人的に改善すべきだと思う点はありますか?
シャパット : (2009年の)ミナレット(モスクの尖塔)建設についての国民投票の後、「スイスの有権者はいつも正しい」という考えを批判する漫画を描いた。ある男が、「直接民主制、国民発議権、レファレンダム(国民投票権)、ポグロム(大虐殺)はスイス国民にとって神聖だ」と言っている漫画だ。これはとても挑発的だった。
国民がいつも正しいと思うなら、歴史をひもといてみるといい。それが時に悪い結果を生んだことがすぐにわかる。
投票にかけられるべきでなかった案件もあると思う。後になってそういう意見が出ることもある。このイニシアチブはあれやこれに適合しない、など。大きな問題だ。
直接民主制が、国民が鬱憤を晴らすための道具になってはいけないと思う。投票にかけられる案件については、私たちはもう少し厳密に考えるべきだ。
国民の過半数が賛成するからといって、差別や基本的人権の侵害ができるようであってはならない。そうしたことは起こりうるのだ。ミナレットの件では明らかに、国民はその論点や問題点についてではなく、感情を(表現するために)象徴的に投票した。
もう一つの衝撃的な例は、外国人の帰化を地元住民が決定することもある点だ。(ある自治体では、住民が、帰化を希望する外国人の)写真1枚、その人物についての10行ほどの説明文を見て、その人物が好きかどうかを判断する。バルカン諸国系の名前の人は皆却下された。これは非常に暴力的で、馬鹿げている。直接民主制は時にインターネット上の掲示板のようになる。人々の怒りや気分が、ダイレクトに匿名で表現されるのだ。
swissinfo.ch : 今挙げられた数例は大きな議論を呼んだ問題ですが、他にも何千という投票が全国や自治体レベルで定期的に行われており、それほど議論が分かれるようなことは起きていません。
シャパット : フランスのような短いスローガンの連発ではなく、スイス・ドイツ語圏のような長い政治討論を伴う政治が行われているのは素晴らしいことだ。
スイス人が複雑で専門的な問題を熱心に議論するのも素晴らしい。お隣フランスのメディアは、大統領と愛人がどうした、政治集会で誰が何を言ったと騒いでいる一方、スイスでは政治的議論を一晩中戦わせることもある。
スイス人が長丁場の議論ができることは、間違いなく直接民主制の良い面だ。議論は情熱的とまではいかなくても、時に熱意がこもっている。スイス人は勉強熱心だ。
swissinfo.ch : パリのシャルリー・エブド襲撃事件は、政治風刺漫画家の仕事にどのような影響を与えると思いますか?
シャパット : 私たちは以前と変わらず描き続け、漫画を通じてこの世界の狂気に終止符を打とうと努力する。常に、議論と笑顔をもたらすことを目指す。しかし、今後はこの仕事をしながらも頭の片隅に暗い影が差し、心は重いだろう。以前よりずっと大きな不安を抱えた画家もいるだろう。無邪気でいられた時代は終わったのだ。
もっと読む スイス人風刺漫画家「直接民主制は時にインターネット上の掲示板のよう」
おすすめの記事
「表現の自由」への大規模デモ、「その後」を問いかけるスイス各紙
このコンテンツが公開されたのは、
「歴史的な出来事だ。パリは昨日、テロに抵抗する世界の首都となった」。仏語圏日刊紙トリビューン・ド・ジュネーブは、ラビ(ユダヤ教指導者)、イマーム(イスラム教指導者)、神父を始め宗教の枠を超えて人々が集結した、これまでに…
もっと読む 「表現の自由」への大規模デモ、「その後」を問いかけるスイス各紙
おすすめの記事
仏新聞社襲撃事件、スイス全国で哀悼の意
このコンテンツが公開されたのは、
パリで7日、風刺週刊紙「シャルリー・エブド」の事務所がイスラム過激派に襲撃され、風刺画家を含む12人が死亡、数人が重体となった。スイス政府はこの事件を「言論の自由を脅かす行為」と批判。各地では急きょ追悼集会が開かれたほか、メディアもこの事件を一面で報道。スイス中に悲しみや怒りが広まっている。
もっと読む 仏新聞社襲撃事件、スイス全国で哀悼の意
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。