スイスの視点を10言語で

ついに陽子同士衝突 !

大型実験装置の一つ、アリス で起きた初めての陽子同士衝突の映像 ( 写真下の矢印をクリックすると別のイベントが見えます ) cern.ch

セルンの大型ハドロン衝突型加速器 で11月23日14時22分、初めて陽子同士の衝突が起こった。

宇宙の謎を解明しようと昨年建設が終了した「大型ハドロン衝突型加速器 ( Large Hadron Collider / LHC ) 」だが、稼働開始直後の事故で停止した。その後今年11月20日に稼働を再開し、11月23日朝に時計方向と反時計方向の両方から、同時に陽子ビームを入射。軌道を修正しながら衝突が起こるよう調整していた最中に、偶然に衝突が起こった。

途方もない航海の後半の始まり

 「大ニュースだ。物理学の新しい時代の幕開けだ。前例のないほど複雑で高性能な機能を持つ加速器と実験装置を世界が協力して20年前に製作し始めた。そうしてようやくここまでたどりついた」とLHCの四つの大型実験装置の一つ、アトラス ( Atlas ) のリーダー、ファビオラ・ジアノッチ氏。「これは自然の秘密を解明する途方もない航海の後半の始まりを告げるもの」とシーエムエス ( CMS ) のリーダー、ジム・バーディ氏は、それぞれ興奮気味にセルンのコミュニケに発表した。

 LHCは、宇宙誕生の瞬間を再現するため、ジュネーブのフランスとの国境にある「セルン ( 欧州合同素粒子原子核研究機構・CERN ) 」で建設された。最終的には、光とほぼ同じ速度に加速された陽子ビーム同士を衝突させビッグバンが起こった1兆分の1秒後の宇宙と同じ温度 ( エネルギー ) を作り出し、重さ ( 質量 ) の起源となるヒッグス粒子の発見などを主な目的にする。

 こうした目的からすると、今回初めての陽子同士の衝突は、加速器の性能の良さを保障する画期的なできごとだ。11月23日朝、時計方向と反時計方向に陽子ビームパンチが入射され、その後軌道を修正しながら27キロメートルのリング内のアトラス 大型実験装置があるポイントで衝突が起こるよう調整をしている最中、14時22分に衝突が起こった。

 だが、この衝突はすぐには発表されず、その後シーエムエスなど残りの3つの大型実験装置でも同様な衝突現象が確認された時点で、ようやく深夜になってから正式に発表された。「アトラス ジャパン」の指揮を執ってきた近藤敬比古 ( たかひこ ) 教授は
 「ぶつかるかもしれないが期待はできないという位の軌道調整中のできごとだった。関係者はまだ1週間はかかると思っていたのが急に起こったので、驚いているというのが正直な感想だ」
 と話す。

 そもそも40億個の陽子の塊であるビームパンチは1秒間に約1万回リングを回る。このビームバンチは細長く断面は1ミリメートル以下と細く裁縫に使う針くらいの大きさだ。従って互いに反対方向に回る2つの細い針状のビームバンチを衝突させるには、加速器の多くの部分が非常に高い精度で調整されていなくてはならない。
 「稼働再開からわずか3日間で衝突が起こったことは、ビーム制御システムの性能が非常に優れて
いる証拠だ」
 と近藤氏は言う。さらに2つのビームパンチが衝突した際、40億個の陽子は互いにすり抜けて行くが、幾つかがぶつかことがあり、今回の衝突はこうして起きた。

今後の計画

 今後は近藤氏によれば、入射される陽子ビームパンチの数を現在の一つから二つ、三つと増やしていき、同時に陽子ビームパンチの現在0.45TeV ( 4500 億電子ボルト ) のエネルギーを加速し、クリスマス休暇前までには1.2TeV ( 1.2兆億電子ボルト ) まで上げる。

 さらに、現在の陽子ビームパンチ中には陽子が40億個含まれているが、その数をさらに増やし、陽子同士の衝突の頻度を高めていく( ビームの強度を高める ) 。 

 こうして、衝突を繰り返しながら、加速器と大型実験装置の機能調整を慎重に一つずつ行い、休暇直前には1.2TeV ( 1.2兆億電子ボルト ) での陽子同士の衝突が予定されている。アメリカの加速器では現在1TeVの加速までしか行われていないので、「人類が初めて見る新しい粒子の発見があるかも知れない」と近藤氏は見ている。

 現在、アトラス、シーエムエスなど各大型実験装置内では、加速器の稼働再開後すぐに衝突も起きたので、何百人もの研究者が飛び出す粒子を見ながら細部の調整に徹夜で作業にあたっているという。しかし、1.2TeVでの衝突が完了する12月20日頃から加速器は休暇で2週間停止される。

 来年の1月のスタート後は、1月から3月中に3.5TeVに加速し、来年中旬には5TeVに加速される予定だ。その後最終目的の7 TeVに加速する前に1年間の加速器停止期間を設け、修理や補強を行った後で、いよいよヒッグス粒子発見などの本格的な「自然の秘密を解明する途方もない航海」を2011年末から始める。

里信邦子 ( さとのぶ くにこ ) 、swissinfo.ch

約55億フラン( 約5500億円 ) をかけて「セルン ( 欧州合同素粒子原子核研究機構・CERN ) 」に建設された世界最強の加速器。

1994年に建設が認められ、以後15年間かけて作られた。

宇宙誕生の瞬間に近い状況を再現するため、陽子ビームを、地下約100メートルから150メートルに埋められた全長27キロメートルのリング内をほぼ光速で1周させ、反対方向から入射した陽子ビームと4カ所で、正面衝突させる。

この4カ所には、「アトラス ( Atlas ) 」、「シーエムエス ( CMS ) 」、「アリス( Alice ) 」、「エルエイチシービー ( LHCb ) 」の大型実験装置が設置されている。

日本の研究者約100人は、「アトラス ( Atlas ) 」に参加している。アトラスは高さ25メートル、奥行き44メートルある大型実験装置。

2008年9月10日、初めて陽子ビームがLHCリング内を1周。関係者は「加速器の複雑さを考えるとき、このスムーズさは予想外」と感嘆し、ニュースは世界を駆け巡った。しかし9日後、大量のヘリウム漏れによる事故が発生し、LHCはほぼ1年間稼働を停止した。
2009年11月3日、事故後の修理を入念に行っていたセルンだが、1羽の鳥が落としたパンくずが原因でLHC に電流を供給する外部電気機器系統がショート。LHCの冷却システムの一部も作動停止するという事故もあった。
2009年11月20日、陽子ビームがリング内を無事に1周し、セルンはLHCの再稼働を発表。11月23日14時22分、初めての陽子同士の衝突が起こった。

swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。

他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部