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輸入パーム油への持続可能性基準、本当に効果なし?

インドネシアは世界最大のパーム油生産国だ
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スイスでは来月7日、インドネシアとの自由貿易協定(FTA)の是非を問う国民投票が行われる。争点はパーム油への関税削減だ。政府は持続可能性のあるパーム油だけが関税削減の対象と主張するが、反対派は懐疑的だ。そこで真偽を検証した。

スイスは2018年末、ノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタインも加盟する欧州自由貿易連合(EFTA)の一部として、インドネシアとのFTAに署名した。スイスがこうしたFTAを締結するのは初めてだ。この協定では、スイスからインドネシアへの輸出品の98%が関税を免除される。その見返りに、インドネシアはこれまでより20~40%低い関税で、年間1万トン(条約締結から5年間は年間最大1万2500トン)のパーム油および関連製品を輸出できる。

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だが協定はまだ発効していない。スイスの直接民主制が壁となって立ちはだかっているからだ。国民投票を請求したのは、市民グループと農業団体から成る連合組織のレファレンダム委員会(通称「ストップ・パーム油」)。インドネシアの環境問題や労働問題を理由に、FTAからパーム油を完全に除外するよう求めている。一方で政府は、関税削減の対象を持続可能性のあるパーム油のみとする条項が協定に盛り込まれている点を強調する。

レファレンダム委員会の主な主張の1つは、輸入パーム油への持続可能性基準は不都合な事実を隠すための口実に過ぎないという点だ。そのため「道理に外れた」FTAは拒否すべきだと訴える。

同委員会はウェブサイト上で、森林破壊に関連して「協定の持続可能性基準には何の効力もない」と記し、現在までに1700万ヘクタールの熱帯林がパーム油を生産する目的で伐採されたと強調する。また「(FTAには)効果的な検証メカニズムがなく、違反への制裁も事実上ない」と付け加える。

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これらの主張は事実にかなっているだろうか?swissinfo.chが検証した。

違反は効果的に確認できないのか?

持続可能性基準の効果を知るには、まず政府が提案する「違反の確認手段」および「制裁措置」を評価する必要がある。インドネシアからの輸入パーム油が「森林破壊フリー」であることをスイスがどう保証するかについては、連邦経済省が作成した報告書に明記されている。それによると、スイスの輸入業者は輸入パーム油が持続可能性に配慮して生産されたものであり、関税削減の対象になることを証明しなければならない。

では輸入業者は、スイス向けパーム油が森林伐採なしで生産されたことを、どう確認すれば良いだろうか?最も簡単な方法は、第三者が持続可能性を認証したインドネシア産パーム油を輸入することだ。輸入業者が選べる認証制度は数多くある。認証制度によっては児童労働、公正な賃金、生物多様性など重点分野が若干異なる。

レファレンダム委員会はこうした認証制度、特に最大規模かつ最も有名なRSPO認証に懐疑的な目を向ける。RSPO認証を運営する非営利組織RSPO(持続可能なパーム油のための円卓会議)に対しては「(会員のほとんどが)パーム油生産者で占められ、長年にわたり議論の中心にされている」と指摘する。しかしRSPOへの批判の大半は、認証パーム油と非認証パーム油を混ぜ合わせる手頃な認証モデル(マスバランスおよびブックアンドクレーム)に向けられてきた。協定で採用されたのは、認証油と非認証油を分離する高度な認証モデルだ。とはいえ、RSPOは認証規格、簡単に会員になれる点、ガイドラインに違反した会員への限定的な制裁などを巡って長年批判を浴びており、今だこれらの批判を完全に払しょくできずにいる。

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しかし協定を締結するにあたり、スイスは輸入業者に向けて何らかの認証規格を決定する必要があった。連邦経済省経済管轄庁(SECO)はこの問題を解決するため、委託調査を実施して市場における様々な認証制度を評価し、「最も優れた認証が選ばれる」よう努めた。調査を担ったのは連邦環境省環境局、世界自然保護基金(WWF)、スイス・パーム油ネットワークの代表者から構成されたチームだ。スイス・パーム油ネットワークには輸入業者、小売業者、企業が参加している。

チームが評価したのはRSPO、レインフォレスト・アライアンス、ISCCプラス、パーム油革新グループ(POIG)、ビオ・スイスの5つの認証制度。SECOはこれらの認証制度のうち、全ての輸入パーム油に適用できる最適な認証モデルとして以下の4つを選んだ:RSPOアイデンティティ・プリザーブド(IP)、RSPOセグリゲーション、ISCCプラス・セグリゲーション、RSPO IPまたはRSPOセグリゲーションと組み合わせたPOIG。

スイスのパーム油輸入業者は、この4つの認証モデルのうち、どれか1つの基準を満たせば関税削減の恩恵が受けられる。さらにFTAの割当量に基づく輸入パーム油に関しては、サプライチェーンから原産地が追跡できるよう22トンタンクで出荷されなければならない。

スイス政府が持続可能性基準と基準適合の証明手段を法令で定めなければならない点は言及に値する。これらはFTAの発効と同時に施行される。法令の実施に関してはまず公聴会が開かれ、その結果次第で実施方法が変更する可能性がある。

違反への制裁

FTAは持続可能性基準違反の認定方法と、違反者への制裁内容をどう定めているのか?

SECOによれば、輸入業者は通関時にスイスの税関から必要な許可(持続可能性認証など)の有無が確認される。輸入品も無作為に、または疑いがある場合に改めてチェックされることがある。

また何らかの違反があった場合、税関は「関税の差額を支払うよう求めることができ、必要に応じて、現行法に基づき輸入業者に制裁を課すことができる」という。

今回の協定は、違反者に対し「1年以下の懲役または3万フラン(約350万円)以下の罰金」を科すスイス連邦行政刑法第14条に触れている。関税に関する刑法にはさらに重い罰金を科す特別法もある。例えば連邦関税法第118条は「故意または過失で関税を回避した者には、関税額の最大5倍の罰金を科す」と定める。

制裁の仕組みは整っているかもしれないが、その実効性は税関での追加検査にどれだけの資金や人手が割り当てられるかによる。そしてパーム油の中にはドイツやオランダなど他の欧州諸国を経由してスイスに入ってくるものがある点も留意が必要だ。とはいえインドネシアから直輸入する場合と違い、こうした「ヨーロッパ」からの輸入品は関税削減の対象外となる。

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委員会の主張には一理あるかもしれない。それは計画中の施策に問題があるからというよりも、スイスがインドネシアから輸入するパーム油の量がごくわずかなことが大きい。19年におけるスイスのパーム油総輸入量は約2万4千トンだったが、そのうちインドネシアからの輸入量は35トンしかなかった(全体の0.1%)。同年、インドネシアは3700万トン超のパーム油を輸出した。つまり世界最大のパーム油生産国が輸出したパーム油100万トンにつき、スイスへの輸出量は1トン未満だったということだ。

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「インドネシアはこの協定を機に長期的に市場シェアを獲得する可能性がある」とSECOは認める。しかし、たとえそれが実現したとしても、需要は全体的に安定しており、スイスが輸入するパーム油の大半はすでに持続可能性の認証を受けているという。言い換えると、インドネシア産の認証パーム油が、例えばマレーシアなど他の生産国からのいわゆる「汚い」輸入品に取って代わることはないということだ。

結論:(ほぼ)真実

スイスの輸入業者が関税削減の対象となる年間最大1万2500トンの割当量を達成できたとしても、それはインドネシアのパーム油全輸出量の0.03%にしか過ぎない(19年水準を想定)。つまり、最高の認証制度や違反者への厳しい制裁措置を設けたとしても、スイスがインドネシアから輸入するパーム油の量がわずかなことを考えれば、今回のFTAはインドネシアの森林や人々の保護にはほとんど寄与しないだろう。

もちろんFTAからパーム油を除外するよう求める運動に象徴的な意義がないわけではない。インドネシアはすでに、21年からパーム油をバイオ燃料として使うことを禁じる欧州連合(EU)の措置に対抗しており、欧州でこれ以上のダメージを受ける余裕はない。しかし象徴的な意義のある運動が与えるインパクトは実際に計り知れない。


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