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グローバルメニュー

スイスの冬の食卓事情 – グラウビュンデンの場合

ビュンドナー・ビルンブロート。薄く切ってバターを付けて食べる

(swissinfo.ch)

クリスマスはキリスト教徒にとって一年で一番大切な日。日本でいうとお正月にあたる。スイスでも、成人し遠く離れて生活している子供たちが帰って来たり、反対に年老いた親を招いたり、形は家族によってまちまちだが、家族が一緒に過ごすべき日という認識は一致している。大切な日だから四週間もかけて準備をしながら待ち望む。今日は、私の住むグラウビュンデン州の冬の食卓と、クリスマスのために用意される伝統のパンについてご紹介したい。

「クリスマスに何を食べるの?」

同僚や友達に質問をしてみると、意外にも日本人がイメージするクリスマス料理はあまり食べず、毎年決まった料理を作るわけでもないことがわかる。

「今年はチーズ・フォンデュ(Käsefondue)かなあ」

「フォンデュ・シノワーズ(Fondue Chinoise)の方が子供たちが好きだから、そっちにしようと思うんだ」

「へえ。うちはラクレット(Raclette)にするつもりなの」

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 日本でもおなじみのチーズ・フォンデュは、何種類かのチーズを削り、それを沸騰させた白ワインで溶かして食べる料理。日本ではアレンジされて茹で野菜やウィンナーなどにもチーズをつけて食べる事が多いが、本場のスイスでは白パンとチーズだけの実に単純な料理だ。

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 フォンデュ・シノワーズは「中国風のフォンデュ」という意味で、ブイヨンに薄切りの肉を潜らせて食べる料理で、もともとはしゃぶしゃぶのような鍋料理を真似したのではないかと思われる。大きな違いはしゃぶしゃぶではたくさんの野菜が鍋の中に入っているのに対して肉だけしか入れない点であろう。付け合せにフライドポテトや温野菜を添える事もある。ソースはニンニク風味、オーロラソース、カレー入りなどバリエーションはあっても何故かほとんどがマヨネーズ系。個人的には醤油系やエスニック系も合うと思うのだが、名前はシノワーズでも保守的な味付けになってしまうところがスイスらしいと思っている。

 ラクレットは、ふかしたジャガイモにラクレットチーズを溶かしてかける料理で、本来は大きな固まりのチーズを暖炉の火で溶かしてそれぞれの皿にかけていくらしいが、その方法だと給仕のいない一般家庭では一人だけ食べられなくなってしまうので現実的ではない。それで大抵のスイスの家庭にはかなりの確率で数人分のチーズを溶かすための卓上ラクレット・オーブンがあって、それぞれが自分の食べたいだけのチーズを溶かすスタイルで楽しんでいる。

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 このように、家庭で食べるご馳走は、かなり単純で準備に手間のかからないものが多い。凝ったご馳走を作る事にはこだわらないし、集まる人びともそれを期待していない。デザートもアイスクリームだけといった簡単なものを用意する人が多い。ヨーロッパのクリスマスなのだからと、大きなガチョウの丸焼きや立派なケーキをイメージしていた私にはちょっとした驚きだった。(スイスは地域によって伝統に大きな違いがあるので、これはあくまでもグラウビュンデン州での傾向と言っておこう)加えて上で紹介した料理は、フランス語の名前でもわかるようにドイツ語圏の伝統的料理ですらない。

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 とはいえ、グラウビュンデン州に伝統食がないわけではない。冬らしくて美味しいのは、素朴な一皿、ビュンドナー・ゲルステンスッペ(Bündner Gerstensuppe)である。ゲルステンというのは大麦のことで、大麦や豆類、それに野菜を煮込んだスープはドイツ語圏ヨーロッパでどこでも見られる。わざわざ「グラウビュンデン風(Bündner)」とついているのは、グラウビュンデンの名産である干し肉ビュンドナーフライシュ(Bündnerfleisch)を細かく切って入れるからである。総じて貧しい人びとが多かった山間部では、干し肉を豪快に食べるような贅沢はなかなか出来ず、こうして旨味を最大限に利用しつつ、ほんの少しずつ大事に使ったのだ。ビュンドナー・ゲルステンスッペは、これだけでお腹いっぱいになるメイン料理である。

 そして「これがなくっちゃ、クリスマスじゃない」と多くの人が語るのは、メインの料理ではなくて軽食として食べる特別のパンである。

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 ビュンデドナー・ビルンブロート(Bündner Birnbrot)は、直訳すると「グラウビュンデン州の洋梨パン」。といってもパンという言葉でイメージする食べ物とはかなり違う。パン生地の部分は数ミリととても薄く、ほとんどが詰め物なのだ。洋梨と無花果を甘く煮たものをベースとしてナッツも一緒に包み込まれている。とても甘くてこってりしている。これを薄く切って、バターを付けて食べるのだ。とても美味しいけれども、かなり重いのでこれをおやつとして食べると夕ご飯がはいらなくなってしまう。

 もう一つのグラウビュンデンの冬の味は、ビュンデナー・ヌストルテ(Bündner Nusstorte)。クルミと柔らかいキャラメルでをタルト地で包んで焼いた名産品で、これまた数センチ食べるとお腹いっぱいになる。

 どちらも素朴という言葉がぴったりくる、かなりシンプルな見かけのお菓子なのは、王侯貴族の贅沢品としてではなく、牧農民たちの生活の中で生まれてきたからだと思う。生菓子と違って常温で保存が可能なので、日本からの旅行者の方がお土産としてスーツケースに収めるのにぴったりである。多少の力がかかっても壊れたり崩れたりしない頑丈さも頼もしい。

 かつては十二月になると、ビルン・ブロートを焼くばかりに用意した女性たちが、村の中心にあるパン焼き窯の所に集まり、おしゃべりをしながら焼き上がりを待っていたという。今は薪で焼く村のパン焼き窯はなくなってしまい、ビルン・ブロートを自分で焼く人も少なくなってしまった。それでも伝統の味が人々にとって長く暗い冬の大きな楽しみの一つである事には変わりなく、十二月になるとスーパーの棚からこれらの菓子類を買い物かごに入れていく人たちがたくさん現われる。自分では焼けない私も、もっぱらスーパーで買って楽しむ事にしている。

ソリーヴァ江口葵

プロフィール:ソリーヴァ江口葵

東京都出身。2001年よりグラウビュンデン州ドムレシュク谷のシルス村に在住。夫と二人暮らしで、職業はプログラマー。趣味は旅行と音楽鑑賞。自然が好きで、静かな田舎の村暮らしを楽しんでいます。

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