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スイスの職業資格 国際的認知度の向上を模索

訓練生
職業訓練生が後から「職業学士号」を取得できるようにすべきだろうか? © Keystone / Christian Beutler

スイスの職業資格は同国の教育制度の1つの柱だが、国外の認知度は低い。しかし、スイスが職業教育に学士号・修士号を導入すれば、状況は変わるかもしれない。

独語圏の日曜紙ゾンタークス・ツァイトゥングが6月20日付で、国際雇用市場におけるスイスの高等職業資格の価値を高めるため、連邦教育研究革新事務局(SBFI/SEFRI)が新しい資格名称の導入を検討している、と報じた。「Bachelor Professional(仮訳・職業学士号)」と「Master Professional(同・職業修士号)」を新設すべきかが議論されているという。

連邦教育研究革新事務局はswissinfo.chの取材に「(職業訓練に関連する)高等教育機関及びその教育プログラムのスイス国内外における現在の位置を包括的に見直す」特別プロジェクトを始めたことを認めた。

大学ではなく高等教育機関で取得することになる「職業学士号」や「職業修士号」といった資格が、国際的に通用するか見極めることが目的だという。

きっかけとなったのは、スイスと同じく強固な職業訓練制度を有する隣国ドイツだ。ドイツは昨年初めに「職業学士号」と「職業修士号」を導入した。スイスでも、資格が認められないためにスイス人が国内外で不利な立場に置かれていると主張する動議が数件、議会に提出されたことがある。最近出された「エビシャー動議外部リンク」もその1つだ。

動議を出したマティアス・エビシャー外部リンク国民議会議員は「国内外で他の資格名称との称号及びレベルの等価性を確立」する「現代的な資格(職業学士号、職業修士号)」を政府が検討するよう求める。

なぜか?

スイスは国際的な職業技能競技大会で常に好成績をあげている。では、なぜこのような変更が検討されているのか。

答えは、スイスの教育制度の仕組みにある。スイスの義務教育修了者の約3分の2が職業訓練教育の道に進む。主に、受け入れ企業での実習と職業訓練学校での授業を組み合わせた制度だ。2〜4年後に卒業すると、そのまま雇用市場に入る。スイスの若年層の失業率は、他の先進国と比べて一般にかなり低い(昨年は約8%)。

その後、続けて教育を受けるにはいくつかの道がある。職業バカロレア資格を取得すれば、応用科学大学(UAS)に進学し、通常の学士号取得を目指せる。応用科学大学はスイスの実学志向の専門大学で、学生の大半は資格を有する職業訓練生だ。学術的な大学に進むには追加で試験を受ける必要がある(一般に、スイスで学術的な大学に進学するのは若者の4分の1程度にすぎない)。

また、若者はさらに上級の連邦資格取得や専門大学に通うことで、職業知識やマネージメント能力を深めることもできる。これは(中等教育を修了した人が対象の)職業第3期教育として知られ、スイスの特色だ。工学やヘルスケア、管理部門、観光業などの分野で高度なスキルを身につけた労働力を供給することが目的で、職業訓練を受けた若者の約4分の1がこの道に進む。

これらの専門大学はスイス政府公認ではないが、そこで提供される430種の資格は公認されている。

認知度を高める

スイスの教育制度は独特だが、それゆえに変化が求められている。ITや看護のような職業では、高等資格を取得する道が確立している。しかし、エビシャー動議が求めるように、認知度の問題がある。

スイス専門大学卒業生協会(ODEC)のウルス・ガスマン会長は「スイスで訓練を受けた機械エンジニアが外国で機械を製造したりプロジェクトのリーダーとなったりする場合、連邦上級資格が英語話者にとって何の意味も持たないという問題に遭遇することが多い」と指摘する。また同じことがスイス国内の多国籍企業やホテルチェーンでも起こり得るという。こうした企業は学術的な大学で取得した学士号の方になじみがあり、それを採用条件とすることもある。

このためODECは2006年、会員向けに「職業学士号ODEC」を導入した。職業高等教育全体がゆくゆくは学士号、修士号、博士号の方向へ動いていくことを見据えた措置だ。ODECはまた、連邦レベルの職業学士号を求める動きを支持する、とした。

しかし、大学側はエビシャー動議に納得していない。スイスの大学部門の統括組織スイスユニバーシティーズ(swissuniversities)は6月22日、フランス語圏のスイス公共放送(RTS)に対し「学士号と修士号という称号の授与は学界に限られる。他種の教育にもこの称号を拡大すれば、混乱を招く」と語った。

スイス連邦政府もエビシャー動議に反対の立場をとった(ちなみにエビシャー氏がこのような動議を出すのは2回目。1度目は2012年で、議会で否決された)。政府は、職業高等教育の明確化のために一部の称号に公式の英語名称をつけるなどの作業がこれまで行われてきていることと、連邦教育研究革新事務局(SBFI /SEFRI)が現在準備中の作業があることを指摘した。

今後の変化?

連邦職業教育訓練機構のユルグ・シュヴェリ教授によれば、スイスの高等職業教育は独自の強みを持つ独自のルートと考えたとき、より強さを発揮するというのが長らくスイスの公式の立場だった。

学術的な称号は異なるルートや証明書を明確にするのではなく、混乱を大きくする可能性がある。また、スイスの多くの職業で受け入れられている現在の称号を「格下げ」するような印象を与えるかもしれない。しかも、これらの新しい称号はアカデミックな学士号や修士号と同じ見方をされることはないだろう。

「しかし、ドイツの動きは1つの基準となる。それは、ドイツが強固な職業教育・訓練の伝統を有する最大かつ最も有名な国だからだ」と、シュヴェリ氏はswissinfo.chに電子メールでそう回答した。「ドイツ方式が成功を収めれば、スイスの職業教育の学位の国際的認知度を上げるために、別のスイス式のやり方を確立するのは難しくなるかもしれない」

昨年提出されたエビシャー氏の動議は、国民議会での議論がまだ始まっていない。一方、連邦教育研究革新事務局は、スイスの高等教育機関とそこで授与される資格についての報告書を今年末までに発表する予定だ。

(英語からの翻訳・西田英恵)

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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