スイスの自治体が結ぶ姉妹都市
スイスでも外国の都市と姉妹都市の関係を持つ自治体は多い。しかも、長期にわたり友好関係が続き、単なる姉妹都市以上の親交が深まるところもある。
冷戦後、旧共産圏諸国の自治体と姉妹都市を結ぶ傾向があり、援助関係で結ばれている町もある。一方で「援助なし」の純粋な友好関係を好む町もある。
スイスをドライブすると目に付くのは、町の入り口に立つ町の名前を示す標識だ。たとえば、ヴンネンヴィル−フラマット市(Wünnewil-Flamatt)の標識。大きく姉妹都市の名前「タピオギュルギェ(Tápiógyörgye)」が併記されている。スイスインフォがスイスの自治体に電話で調査したところ、多くの自治体が長期にわたり積極的に、姉妹都市との交友を深めていることが分かった。
東欧との深い関係
スイス西部ザンクトガレン州のニーダーヘルフェンシュヴィル市(Niederhelfenschwil)がハンガリーのミンツェントゴディシャ(Mindsyentgodisa)市と1993年に、また同州のヴィル市がポーランドのドブレツェン・ヴィルキ(Dobrzen Wielki)市と1992年に姉妹都市になった。東欧との関係を結ぶスイスの自治体は多く、援助関係が発展し交友が深まっている好例が見られる。ヴィル市はドブレツェン・ヴィルキ市の病院などに停電用の発電機を贈与したり、ガス管や配電の拡張に協力するなど、活発に交流している。
東欧と姉妹都市を結ぶようになったのは、冷戦後だ。特にベルン州では冷戦後、州内の各自治体に「東欧諸国の自治体の建て直し」に協力するためにも姉妹都市の提携を奨励した。東欧も西側の自治体と積極的に交友関係を求め、スイスのみならずドイツやオーストリアなどに働きかけたことも、東と西の自治体同士の交友が盛んになった背景にある。
ベルン州のイッティンゲン市は、ベラルーシ共和国のドブルシ市と姉妹都市の関係にある。ヴァルター・フライ市長は「姉妹関係が発展し、いまはそれ以上の関係にある」と提携したことは有意義だったという。ドブルシ市は、いまだに1986年のチェルノブイリ原発事故の傷が癒えずにいる地方にある。イッティンゲン市は同地域への援助に市の予算を大きく割き、姉妹都市の子どもたちを夏休みに招待するため、廃業したソーセージ工場を改築した。長年にわたる交友を通し、市民一人ひとりがドブルシの市民と「友人関係」にあるという。
援助関係を嫌う町も
援助関係だけが姉妹都市ではない。前出のフライ元市長は「昔ながらの関係」と皮肉るが、従来の姉妹都市の提携ももちろんある。フランス語圏の自治体の多くが、隣国フランスの町と姉妹都市になっている。
ドイツ語圏だが、アルガウ州のフィスリスバッハ市もフランスのシャンボン・シュル・リニオン市と姉妹都市となった。市の議員のウルスラ・ペーターハンス氏によると、定期的に援助金を送るような関係を嫌い、旧共産圏の自治体との提携は避けたという。「まず、イタリアの可能性を探ったが、イタリア側からのニーズがなかったので」イタリアはEU諸国の自治体と提携し、EUからの補助金を狙っていたという。同市がフランスの自治体と姉妹都市の提携を結ぶにいたったのは、ローザンヌにある「スイス地方自治体政府および欧州地方連盟(SVRGRE)」の紹介による。連盟は自治体が外国の姉妹都市を探す手伝いもしている。
連邦政府も、前出のフライ元市長によると「連邦政府の関係者と話をしてみても、自治体が援助金を政府に要求しない限り、むしろ歓迎しているといった印象を受ける」という。
swissinfo ウルス・マウラー 佐藤夕美(さとうゆうみ)意訳
補足情報
冷戦後110の自治体が外国と姉妹都市関係を結んだ。
特に東欧の自治体との提携が多く見られる。
援助関係から市民の交流がさらに深まった例も。
援助をしない従来型の姉妹都市の提携は隣国の自治体となされる場合が多い。

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