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「表現の自由」は誰が規制すべきか?

ニューヨーク・マンハッタン南東部にある少女像
ニューヨーク・マンハッタン南東部にある少女像「Fearless Girl(恐れを知らぬ少女)」 Keystone / John Angelillo

1月の米国連邦議事堂襲撃事件や、トランプ前米国大統領のアカウントがいくつかのSNSで凍結されたことを機に、巨大プラットフォーム企業による「表現の自由」の規制を巡る議論が巻き起こっている。米国、欧州、スイスは、この権利を誰がどう規制しているのだろうか?

ツイッター、フェイスブック、ユーチューブは1月、トランプ前米国大統領のアカウントを凍結した。これをきっかけに、「表現の自由」は誰が規制すべきかという重要な問題が表面化した。

連邦工科大学チューリッヒ校のディルク・ヘルビング教授(計算社会科学)は、1月の米国連邦議事堂襲撃事件を鑑み、「民主主義の未来そのものが危ぶまれている」と指摘する。

同氏はスイスのオンラインマガジン「persoenlich.com外部リンク」でこう述べている。「多元的な市民社会が優勢を占めなければ、民主主義は終わりだ。問題を解決するには、暴力や全体主義的手段を用いるのではなく、様々な案を競わせるべきだ」

パンドラの箱

米国連邦議会は1996年、言論の自由を保障する憲法修正第1条を補強する「通信品位法第230条」を承認した。この条項は、ユーザーが公開したコンテンツについて巨大IT企業に免責を認めた、いわゆるプロバイダ免責だ。

「これにより、あらゆる種類のコンテンツが詰まった『パンドラの箱』が、誰のチェックも受けずにネット上で開かれることになった」と、インターネット政策と規制に詳しい政治学者のアドリアン・フィヒター氏は言う。

この問題を解決するには、プロバイダ免責という「免罪符」を変更ないしは廃止するしかないだろうか?

米国人作家で人道技術センター元所長のスティーブン・ヒル氏は、他に方法はないと考える。同氏はオンライン雑誌ゾカロ・パブリック・スクウェアで1月に配信された寄稿文外部リンクで、「今こそ白紙に戻してやり直すべきだ」と主張した。

  • 「民主主義の民営化」:自由民主主義を掲げる国において、言論の自由の規制が民間ハイテク企業に委ねられたままなこと
  • 現実への影響力:オンライン・プラットフォームでの書き込みが、現実の世界に影響を及ぼすこと
  • 規制の欠如:ハイテク企業が世界的に事業展開する一方、世界的な規制がないこと
  • 1国にとって巨大すぎる企業:巨大企業への規制を各国が自ら行わなければならないこと
  • 監視資本主義:民間ハイテク企業は民主主義や言論の自由に無関心な一方、ユーザーのデータと広告収入にしか関心がないこと
  • 主導権:乱立するSNSに対し、国がルールを定めなければならないこと。さもなければ民主主義の生命線となるニュースや情報網への信頼度が著しく低下し、事実を伝える以外の目的で利用されたり、悪用されたりする可能性がある

仮に米連邦議会がこの「不明瞭な法律」を廃止したとしても、それは完全な解決策にはならないとヒル氏は主張する。しかし「巨大ハイテク企業は責任感を強め、考え深くなるだろう。また、児童ポルノなどの違法コンテンツを含めた最悪な有害コンテンツに責任を負うことになるかもしれない」と述べる。

米連邦議事堂内で抗議するトランプ前大統領の支持者たち
米連邦議事堂内で抗議するトランプ前大統領の支持者たち。1月6日撮影 Saul Loeb / AFP

ヒル氏は米政府に対し、電気通信、鉄道、エネルギー分野への過去の措置と同様、デジタル企業にも厳しい措置を取るよう訴えてきた。具体的な要求は以下の通り。

  • フェイスブックなどの事業活動を、明確なルールや規制を定義したデジタルライセンスと連動させること
  • ハイテク企業はユーザーの同意なしにデータを集めてはならないこと
  • 巨大ハイテク企業の寡占を崩し、今よりもはるかに小規模なネットワークに分割すること

ジュネーブのNGO「サイバー・ピース・インスティチュート」の会長であり、スタンフォード大学サイバー政策センター国際政策責任者のマリーチェ・シャーケ氏も、権力の細分化は必要と考える。

「ハイテク企業、特にSNSやサーチエンジンを運営する一握りの巨大企業はあまりにも強大だ。彼らは膨大な数の消費者だけでなく、膨大な数の有権者にも影響を与えられる立場にある。こうした権力には対抗する必要がある」

同氏はまた、銀行業、製薬産業、自動車産業に対する規制と同様の規制をプラットフォーマーにも科すべきだと主張する。

「企業に対して明確な義務と基準を定める必要がある。その一方で、違反行為が起きた場合に、監視役や規制当局が重い制裁を科せる立場になければならない。これらの機関は専門知識と権限が必要な上、制裁を実行し、現状調査を行う能力がなければならない」

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全体的アプローチ

世界的に偽情報対策を行う団体「ファースト・ドラフト」のクレア・ウォードル氏は、単にプロバイダ免責を廃止すれば済む話ではないと考える。

「この保護がなければ、プラットフォーマーは本当の情報も虚偽の情報も両方削除せざるを得なくなる。偽情報の削除に集中するのではなく、なぜ人々がそれを配信し、広めるのかについて、もっと真剣に考えるべきだ」

ウォードル氏は、「より健全なニュース環境」を促進するには、国が地域メディアを支援する必要があると考える。「地域メディアが廃れつつある中、SNSでニュースを知る人がますます増えている」

同氏はまた、ネット上の表現の自由に対する規制に関しては、グローバルレベルでの解決が可能と考える。「国連は表現の自由に関して基準を設けており、多くのプラットフォーム企業の事業指針になっている。そのため、世界的な制度を作って、こうした企業に責任を負わせることは可能なはずだ」

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規制に乗り出す欧州

欧州連合(EU)の行政を担う欧州委員会は昨年末、巨大IT企業に責任を負わせるデジタルサービス法を提示した。この法案の原則は、現実世界のあらゆる禁止事項をサイバー空間にも適用させることだ。

フィヒター氏は言う。「この法律により、明確な手続きに則った、画一的な行動指針が導入される。制度には中央窓口、拘束力のある期限、国内の裁判所での訴訟が含まれる」

しかし、グーグルはすでにこの法案に断固反対の姿勢を表明したと同氏は指摘する。

スイスのアプローチ

スイス政府もこれまでは他国と同様に、IT業界の自主規制に任せてきた。しかし変化の兆しが出てきた。

連邦通信局はswsissinfo.chに対し、「連邦政府は現在、オンライン・プラットフォームへの規制がどの程度必要で、また規制がそもそも可能かについて調査している」と書面で回答した。

同局は2019年の報告書に基づき、検索エンジンやSNSで使われている人工知能(AI)やアルゴリズムが、世論や人々の好みにどのような影響を与えているかについて調査しており、早くて今年末に報告書を公表するという。

同局は次のことも教えてくれた。この報告書の狙いは「スイスのガバナンス・アプローチ」を検討することであり、スイスの法律がEUの規制にどれほど適合しているかを調べることではないという。

(英語からの翻訳・鹿島田芙美)

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