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タバコ屋の奥 チューリヒの売春史展

風刺漫画にある売春宿の風景。男性の「昼の顔」と「夜の顔」のギャップを風刺。1901年2月号「ノイエ・ポスティヨン」誌. www.ausstellung-prostitution.ch

1893年のチューリヒの人口はすでに12万人に達し、スイス最大の都市と発展した。これに伴い風俗産業への需要も高まる。19世紀末から20世紀初頭に起こった売春ブームをフォーカスした特別展示「お嬢さん、おいくらですか?」が7月11日まで、チューリヒ市内の博物館で開催されている。

このコンテンツは 2004/02/06 15:39

売春の歴史をまとめたのはチューリヒ州大学の学生、レグラ・ボッサルトさん。これまで未公開だった警察の報告書類を掘り起こし、このほど展示会で発表した。

19世紀末から20世紀初頭、ベルエポックと呼ばれる時代のチューリヒ。経済の発展と人口の増加に伴い、売春がブームとなった。警察に保管されている売春婦の事情聴取や報告、調査などをヘッドフォンで聴けるようにした売春史の展示会が7日からチューリヒで開催されている。
現在は登録制で合法化している売春だが、当時は警察の追いかけっこが「毎日のように見られた」という。売春宿は1897年、住民投票で閉鎖に追い込まれるものの、それ以降も生き延びた。

身近に感じられる当時の世相

これまで誰も手をつけなかった当時の公文書に挑んだ歴史学科の大学生、レグラ・ボッサルトさんは、「生きた歴史に触れて楽しかった」と語る。読みにくい手書きの公文書やいまは使われないゴチック体の文字で書かれた当時の新聞雑誌が壁に展示されている。訪れる人は展示書類を読む必要はない。ヘッドフォンから流れる警察の事情聴取の報告書の朗読を聴き、当時の世界に触れられるようになっている。

娼婦が男性を連れ込んだアパートがあった地区がいまは高級住宅街。売春婦がたむろし客と接触するカフェが、映画館となっている。実名で名指しされるお客の名前を聴きながら、100年前の風俗を身近に感じられるのが、展示の魅力の理由の1つのようだ。

タバコ屋は仮の姿

タバコ屋は売春宿の仮の姿だった。チューリヒだけに見られる、警察対策の苦肉の策である。葉巻やタバコが並ぶ店の奥には、大理石の床で覆われ高級な家具が置かれた高級売春宿があった。訪れるお金持ちの緊急の場合のために「電話も引いてあった」と説明は続く。こうした高級売春宿の家賃は1ヶ月1000フランもしたが、常連の銀行家は、食事やお酒を飲んだ上、200フランの「プレゼント」を娼婦にしたという。

生活費に困りスイスに出稼ぎに来たドイツ人の女性も多く、アパートを借りた途端に売春を斡旋されるという例が、いくつか紹介されている。大家には客1人あたり1フランと1日につき1.5フラン支払うのが相場で、「2週間で50フラン儲かった」という女性の告白が紹介されている。

清貧な住民の反対と実際

しかし、宗教改革者のツヴィングリ(1484—1531)が活躍し、建前にせよ「清貧」が
気質とされるチューリヒである。牧師が中心となって一般市民が1873年売春宿の閉鎖を求める運動を起こし、1897年には住民投票となり、売春は違法とされた。もっとも、法律で取り締まれるわけもない。売春は地下に潜り、その環境は悪化の一歩をたどった。警察はその後、さらに厳しく取り締まるようになる。1992年、性犯罪法が新しく定められ、売春が認められるまで、警察とのいたちごっこが続いた。

平日でも開館を待ち、博物館の入り口に立つ人もあるほどの反響。「1日で通常の1週間分の人が訪れた。意外にも女性が多い」と博物館の受付。訪れた人が感想を書くようになっているノートには「現在の性産業の実態についても取り上げて欲しい」と、第2の展示を希望する記帳がいくつか見られた。

スイス国際放送 佐藤夕美 (さとうゆうみ)

キーワード

チューリヒ売春史「お嬢さん、おいくらですか?」展
7月11日まで
ベーレンガッセ博物館
Baerengasse 20-22
CH-8001 Zurich
電話 +41 1 218 65 04
メール myriam.kuny@slm.admin.ch
火-日 10時30分-17時
月曜休館

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