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魅力を失った「スイスの銀行員」

スイスの2大銀行、UBSとクレディ・スイスが支店を構えるスイスの金融中心地、チューリヒのパラーデ広場(Paradeplatz) Keystone

リストラが相次ぎ、行員へ求められるスキルが変化しつつある銀行業界。かつては高い給料と名声が結びついていた「スイスの銀行員」も、今では世間から批判され、いつ解雇されるかも分からない不安定な職業になってしまった。

 スイスの大手銀行UBSとクレディ・スイス(Credit Suisse)は昨年、グループ全体で7000人(スイスでは約1500人)を解雇すると発表した。

 また、UBSのセルジオ・エルモッティ最高経営責任者(CEO)は最近ある新聞のインタビューで、スイスの銀行は今後数年でさらに2万人を解雇するだろうと話している。これはスイスの銀行で働く全被雇用者の5分の1に相当する。

 スイス銀行従業員協会(SBPV/ASEB)のデニス・シェルヴェ事務局長は次のように語る。「今年はさらなる雇用カットが発表される恐れがある。銀行業界に対する厳しい規制が新しく導入されることに備え、業務の一部を外注する銀行が増加しているのが理由の一つだ」

 その一方で、求人募集が中小規模の銀行を中心に続けられている。コンサルタントのベンジャミン・ミナイ氏によると、こうした銀行が今求めている人材は、経験豊富、かつ「入社1日目から一人前の仕事ができる人」だ。

もう転々とは変われない

 こうした状況の中でも銀行業界で仕事を見つけたい人は、今どんな職種に需要があるかを判断する必要がある。銀行への規制が厳しくなりつつある今、法務やコンプライアンス(法令順守)の専門家への需要は一番高い。

 また、取引先関係担当やポートフォリオマネージャー、戦略スペシャリストといった人材を探している銀行もある。

 シェルヴェ氏によると、資格が十分あり、経験豊富、しかも何カ国語も話せる銀行員だったら、今でも銀行業界で仕事を得ることはできるという。しかし、「以前と違うのは、仕事を見つけたとしても、いつまで雇用されるか分からない点だ」と指摘する。

 金融危機以前は、銀行員が少しでも給料の高い仕事を求めて業界内で職を転々とすることは当たり前だった。だが、「そんな時代は終わっており、最近では、求職者が求める条件は高い給料だけではなくなった。今の求職者は、自分が働きたい企業のブランド・イメージを気にしている。また、仕事の内容や働く環境を重要視する人が増えている」と、コンサルタントのミナイ氏は話す。

被雇用者数の変化

 ところで、人員削減はどれほど進んだのだろうか。スイス国立銀行(SNB/スイス中銀)の統計によると、金融危機後の最初の2年間、スイスの銀行の被雇用者数は2%以下しか減少していない。また、2010年末では2006年と比較して4000人も銀行員が増加している。ここ1、2年の統計は発表されてはいないものの、これはいささか驚くべき数字だ。

 規模の小さい州立銀行やプライベート・バンク、外国資本の金融機関ではここ数年雇用が増えており、大規模なリストラを発表したスイスの2大銀行とは大きな違いだ。

 こうした雇用増加の理由の一つに、大銀行の顧客が地元の小さな銀行に資産を移したことがある。ほかには、スイスの不動産業界が健全で、多くの人が不動産投資に動いたことが挙げられる。

景気、不景気

 だが、小規模銀行にとっての「良い時期」は長く続かないだろう。自国民の脱税を防ぐために、各国がスイスの銀行に対し締め付けを強化しているからだ。小規模の銀行も例外ではない。昨年初め、ヴェーゲリン(Wegelin)がアメリカからの圧力で倒産したことは記憶にまだ新しい。

 また、今の不動産ブームがバブルとなる可能性も指摘されている。もし、バブルが崩壊したら、スイス経済が大打撃を被ることは必至だ。「住宅ブームは頂点にたどりついた。金利をこれほど低く抑えることはもうできないだろう」と、スイス銀行従業員協会のシェルヴェ氏は予測する。

 しかし、こうした環境の中でも、あえて銀行業界に就職した人もいる。フィリップ・ツォッグさん(28)は昨年から、UBSの大卒者研修プログラム(GTP)に参加している。GTPは社会経験の浅い大卒者向けの研修プログラムで、現在参加者はUBS全体で1100人(スイス国内では200人)いる。

 この業界で働くことを決める前、ツォッグさんはコンサルタントや公務員としての道も考えた。だが、「職選びにおいて、銀行業界の不況は重要な要素ではないと分かった。銀行はメディアに批判されているが、スイス経済にとって銀行は今でも必要不可欠なのだ」

 ツォッグさんが重要視したのは、自分が職を通してどれだけ成長できるかという点だ。UBSの研修プログラムに応募したのも、研修でスキルが磨け、履歴書にそこでの経験を書くことができるからだった。「10年後、自分が一体どこで働いているのかなんて、分からない。銀行かコンサルティング会社かもしれないし、自分で会社を起こしているかもしれない。大事なのは自分の基礎力を一歩一歩高めていくことだ。今の時代、フレキシブルにいかないと。人生何が起こるか分からないし、どこに行きつくかも分からないのだから」

2008年の金融危機以降、大幅な人員削減を行ったのはスイスの銀行部門だけに限らない。

経済情報サービスを提供するブルームバーグ(Bloomberg)によると、金融部門全体で昨年、約20万人の雇用が削減された。

イギリスの金融グループHSBCは昨年8月、3万人の雇用を削減すると発表。ほかにもイギリスではさまざまな金融会社が大幅雇用削減を発表している。

アメリカのバンク・オブ・アメリカ(Bank of America)は昨年9月、3万人の雇用に影響が及ぶコスト削減プログラムを実施。今年5月にはさらに2000人の削減を発表している。

アメリカではほかにも、シティグループ(Citigroup)が昨年12月、4500人の削減を発表するなどリストラの嵐が吹き荒れている。

スイス国立銀行(SNB/スイス中銀)によると、スイスの銀行の被雇用者数は2006年から2010年まであまり変化がない。

2006年:10万4245人

2007年:10万8820人

2008年:11万122人

2009年:10万7546人

2010年:10万8000人

(英語からの翻訳・編集、鹿島田芙美)

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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