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前国王、タリバン後の切り札になるか

攻撃は攻撃を呼ぶ Keystone

バーゼル近郊にあるアフガニスタン文化財の研究所所長らが記者会見を開き、ローマで亡命生活を送る前国王やタリバン、スイス在住のアフガン人らの米軍の空爆に対する反応などについて語った。

バーゼル近郊ブーベンバーグにあるアフガニスタン研究所の共同経営者の1人ゼマライ・ハキミさん(52)は、アフガニスタン北部出身のエンジニアで1972年からスイスに住んでいる。ハキミさんは、「スイス在住のアフガン人は、9月11日の米同時多発テロを非難しており、米軍の報復攻撃はテロに対する戦いとして認めている。」という。同研究所の創設者でハキミさんの同僚でもあるパウル・ブッハラー=ディーチ氏は、「テロリストが本拠地を置くのはアフガニスタンだが、アフガンの人々はテロ組織と戦っているのはアフガン人だけではない事を理解した。」という。

ブッハラー氏は、アフガニスタンのモハメド・ザヒル・シャー前国王について「前国王は手を血で汚していない唯一の人。また、多数の尊敬を集められる唯一の人でもある。」と評価する。ザヒル・シャー前国王は1973年イタリアで夏休みを過ごしていた時、いとこで国務相だったサルダル・モハメド・ダウド・カーン氏にクーデターで王位を追われ、以来イタリアで亡命生活を続けている。当時のザヒル・シャー前国王は国民に信頼される指導者というわけではなかったが、今となっては国民は国王の時代を懐かしく思っているとブッハラーさんはいう。ハキミさんもまた、「前国王がアフガニスタンを変えてくれると思う。」と期待を寄せる。

が、ザヒル・シャー前国王がいくら人々の尊敬と忠誠を得られるといっても、もう84才。たとえ政権についても長くは務められないだろう。これについてブッハラーさんは「私は2、3ヵ月前に前国王に会ったが、とても健康だった。彼の家系は長生きだ。」という。ブッハラーさんが初めてアフガニスタンを訪れたのは1971年、ザヒル・シャー国王の時代だった。2回目は、78年4月の共産革命の直後だった。「あの時代は、アフガニスタンの新時代の始まりだという大きな希望に満ちあふれていた。」と当時を振り返りながらブッハラーさんはいう。が、その後の歴史の中で、人々の期待は根こそぎ裏切られ希望は消滅してしまう。

ブッハラーさんは、アフガニスタンに2つの異なったタリバンが存在すると指摘する。1つはアフガン人のタリバンで、もう1つは国際タリバンだ。国際タリバンは、パキスタン、チュニジア、アルジェリア、スーダン、フィリピンなど非アフガン人で構成され、オサマ・ビンラディン氏のために働く組織だ。この国際タリバンは豊富な資金を持っており、貧しいアフガン・タリバンは生き残りのために国際タリバンの資金が必要だ。ブッハラーさんが若いアフガン・タリバン兵士達に、なぜイスラム過激派に従うのかと質問したところ、「ここカブールで1日2回暖かい食事を得られるのは我々だけだ。」と答えたという。

1974年にブッハラー夫妻がブーベンバーグに創設したアフガニスタン研究所は、アフガンとユネスコからアフガン文化財の美術館として認定されている。同美術館が展示する紀元前2000年の文化財は、アフガン情勢が落ち着き安全が保証されたらアフガニスタンに返すことで合意されている。ブッハラーさんは、アフガニスタン国内に残る文化財が空爆で破壊されないか、動乱の中で売り払われ行方不明になるのではないか、イスラムの教えに反するという理由でタリバンが破壊しないかと心配している。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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