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スイスが進める「牛のげっぷ」対策 食の安全に不安訴える消費者も

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牛のげっぷから出るメタンは、二酸化炭素より温室効果が高いと言われる Keystone / Christian Beutler

二酸化炭素より温室効果が高いと言われる、牛のげっぷから出るメタン。食品企業は温暖化対策としてメタン生成を抑制する飼料の導入を進めるが、一部消費者は不安を訴える。排出の削減効果にも疑問が出ている。

ネスレなどの食品企業にとって、乳牛への依存が温室効果ガス排出削減策の足かせになっている。 乳製品はネスレにとって数量ベースで最大の原材料であり、乳製品供給における温室効果ガス排出量は、同社の総排出量の21%を占める。

国連食糧農業機関(FAO)によると、世界には約15億頭の畜牛がいる。畜牛の温室効果ガス排出量は年間6.2ギガトン(CO2換算、うち直接排出は3.6ギガトン)に上り、これは温室効果ガス全排出量の約12%に相当する。 その大部分は、胃の中で発酵する際に生じるげっぷ(おならではない)からのメタン放出によるものだ。

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ネスレやシンジェンタなどのスイス企業は、メタン生成を抑制する人工・天然添加物を飼料に混ぜるという革新的な解決策を打ち出した。どれほどの効果があるのか実際に算出するのは困難だが、メタン抑制飼料は一定のプラス効果をもたらす可能性がある。

飼料が解決策になる?

ネスレは酪農からの排出量削減に積極的に取り組む。2023年末までに、生乳由来原料のほぼ半分(数量ベース)に「森林破壊のない低炭素飼料への切り替え、飼料の最適化、家畜福祉の改善」を講じた。

ネスレの乳製品サプライヤーが使う低炭素飼料の1つに、オランダ・スイスのバイオサイエンス・香料会社DSMフィルメニッヒが製造するBovaer(ボベアー)がある。3-ニトロオキシプロパノール(3-NOP)と呼ばれる合成化学物質から成り、乳牛1頭あたり1日小さじ4分の1杯を与えるだけで、乳牛のメタン排出量を平均30%、肉牛では最大45%削減できるという。3-NOPは、メタンガスの生成過程で働く酵素の機能を抑制し、メタンガスの発生を抑える。

環境に好影響をもたらしそうだが、消費者を納得させるには十分ではない。飼料に添加物を使えばそれが最終製品にも残る可能性がある、あるいはがんなど牛の健康に悪影響を及ぼすのではないかーーという懸念も指摘される。

懸念はSNSにも広がる。英アーラ・フーズUKが2024年11月、国内のスーパーマーケットと提携してボベアーを試験的に使用するとX(旧ツイッター)で発表すると、牛乳や肉に化学物質が混入するリスクを心配するユーザーから数千件のコメントが寄せられた。 

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Xが開発した人工知能チャットボット「Grok」によると、アーラ・フーズの投稿に対するコメントの90%は、否定的な内容だった。

さらに、X上のボベアーに関する全ての投稿の約85%もまた否定的な内容だった。アーラ・フーズUKの投稿依頼、英国内外に一般市民の懸念と疑念が広がったことを浮き彫りにする。これを受け、DSMフィルメニッヒと英国食品基準庁は、3-NOPは牛の体内で代謝され、最終製品の牛乳には残存しないという公式見解を発表せざるを得なくなった。

ネスレの広報担当者はswissinfo.chに電子メールで「ネスレの全ての乳製品は安全に消費できる。英国、EU、米国の食品安全当局はボベアーを認可しており、安全で、排出削減に効果的であるとみなしている」と回答した。

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スイス連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)のムティアン・ニウ教授(動物栄養学)は、「ボベアーに対する反応は、1990年代後半から2000年代前半に米国で起こった、牛への合成成長ホルモン使用に対する反発に似ている」と話す。 ニウ氏は、ボベアーや、より自然に近い添加物が人間や牛に与える影響について研究している。 

ニウ氏は科学的根拠の重要性を強調し、誤った情報に惑わされないよう注意を促す一方で、ボベアーの排出削減効果に疑問を呈する。ニウ氏が昨年、共著した研究は、牛の品種によっては削減効果が低くなることを突き止めた。オランダ原産のホルスタイン種では最大の効果が見られたが、スイス原産の淡褐色の頑丈な牛種であるブラウン・スイス種では、効果はかなり低かった。

ニウ氏はその理由について「繊維質が多いとボベアーの抑制効果が低下する。加えてスイスの牛の飼料に含まれる繊維質は、他の研究で使用された平均値よりも一般的に高い」と説明する。

ニウ氏が共著した1月発表の総説論文外部リンクでも、3-NOPや海藻、精油のブレンドなど飼料の添加物によっても排出削減量は異なることが示された。投与量や牛の摂取頻度が結果に影響するのは当然ながら、それ以外の要因でも結果が変わる可能性がある。例えば肉牛か乳牛か、成長期か泌乳期か、屋内飼育か放牧か、さらには飼料中の粗飼料と濃厚飼料の比率など、地域や国によって異なる条件が影響する。そして、乳牛に生涯にわたって投与するなど、長期間にこれらの添加物を使用した場合にも同様の効果を発揮するのかという疑問もある。

ニウ氏は「一部の飼料添加物は、腸内微生物に適応・耐性を生じさせる可能性がある」と話す。  

温室効果を抑制したトウモロコシ

スイスに本社を置く中国資本の農業大手シンジェンタは、別のアプローチで牛のメタン抑制飼料を開発した。同社が開発したエノジェン・コーンと呼ばれるトウモロコシは、でんぷんから糖への変換を促進するアルファ・アミラーゼ酵素が含まれる。この酵素のはたらきにより、飼料中のでんぷんがより消化されやすくなる。 

シンジェンタ・シーズのエノジェン・ビジネス・ソリューション部長、クリストファー・クック氏は「フライドポテトを食べると、唾液に含まれるアミラーゼがでんぷんに作用する。それと同じだ」と話す。

これによって、牛が市場体重に達する時間が短縮され、肉の単位生産量あたりのメタン放出量を減らせる。同社は、飼料効率が約5%向上し、肉牛1000頭あたり年間196トンの温室効果ガスを削減できると主張する。

「エノジェンを与えられた肉牛は、通常の飼料を与えられた牛よりも12日早く、市場体重に達する。つまり費用対効果が優れている」とクック氏は言う。

シンジェンタは昨年11月、ファーストフードチェーンのマクドナルドとの提携を発表した。同社のサプライヤーであるロペス・フーズが飼育する牛にエノジェン・コーンを与えるという。 しかし、エノジェンが遺伝子組み換え作物であることを考えると、米国以外の食品会社がエノジェンを受け入れる可能性は低い。

スイスでは、動物飼料として認可されているのは遺伝子組み換え大豆1品種とトウモロコシ3品種のみ。これらの認可が降りたのは、遺伝子組み換え生物規制法が施行される前の1990年代だ。遺伝子組み換え作物を使った家畜飼料を厳しく制限している欧州連合(EU)は昨年、新たに2品種の遺伝子組み換えトウモロコシを家畜飼料として認可した。しかし、輸入期間は10年に限られ、EU内での栽培は禁止されている。

アマニやヘーゼルの葉など、より問題の少ない飼料添加物も存在するが、これらはボベアーほどのメタン削減効果がなく、乳牛に与えると乳量に影響が出る可能性がある。海藻のアスパラゴプシスなど、他の有望な天然添加物には有機化合物のブロモホルムが含まれ、牛の健康に害が出る可能性がある。

いくつかの科学的研究が、牛の胃に炎症が生じ、牛の尿や乳に有毒なブロモホルムが残留したことを指摘した。ニウ氏のチームが開発したClimate Cowゲームによると、外部リンクメタン削減と乳生産、動物福祉の3つが同時に成立することはほぼ不可能だ。

ボベアーなどの飼料添加物を取り巻く虚偽情報をよそに、ネスレは今後もメタン抑制飼料に依存し続ける方針だ。同社は温室効果ガス排出量を2025年までに20%、2030年までに50%(いずれも2018年比)削減し、遅くとも2050年までに気候中立実現を目指す。

ネスレの広報担当者は、「ネスレは今後も酪農家と緊密に協力し、科学的に承認された飼料ソリューションなどの新しい技術やツールを探求し、気候中立のロードマップの一環として酪農のサプライチェーンにおけるメタン排出量削減に貢献していく」と話している。

編集:Virginie Mangin/gw、英語からの翻訳:宇田薫、校正:ムートゥ朋子

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