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生物多様性の保全は地域社会から

Dr Philip Vaughter

生物多様性の保全に関する国際交渉は、新型コロナウイルス感染症の流行の影響で延期されるなど、進展に乏しい。そんな中、人類が地球環境に与える影響を調査する研究者は、地域に根差した保全活動に希望があると主張する。

ジュネーブで今年3月、195カ国が世界目標「ポスト2020生物多様性枠組」について議論した。新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、会合は2年以上延期されていた。2020年末までの国際的な合意である愛知目標外部リンクに代わるものとして新たな生物多様性枠組が必要とされている。しかし、ジュネーブでは、議論を進展させる具体的な目標が示されなかったばかりか、全体目標さえ合意に至らなかった。今年末にカナダのモントリオールで開催される国連の生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)でのポスト枠組の採択を目指し、ケニアのナイロビで今月外部リンク、さらなる準備交渉が行われたが、プロセスは切迫感を欠いている、とジュネーブでの交渉に参加した多くのNGOは指摘している。

生物多様性の保全に向けた取り組みは、多くの地域で中断されている。その契機はパンデミックだったかもしれないが、生物多様性に対する世界的な脅威は今もほとんど衰えていない。新型コロナ流行初期には、船舶の交通量が過剰だった河川にイルカやハクチョウが戻ってきたというニュースが報じられた。しかし、数週間の予定だったロックダウンが数カ月間に延びると、人類のパンデミックへの対応自体が自然を傷つけていることが明らかになった。野生動物の取引規制への関心が高まるなど、生物多様性の保全への取り組みで前進もあったが、それ以上に多くの悪影響が広まっていることが世界中の研究者により確認されている。コロナ対策として人々の移動が大幅に制限された一方、消費と土地利用のパターンはほとんど変わらず、自然への影響はあまりにも明らかだ。

モントリオールで開催されるCOP15に先駆けて作成された世界目標の草案では、2030年までに世界の保護地域を30%以上に引き上げることが目標に掲げられた。これを達成するには、全体の目標をパンデミック以前の水準に戻すだけでなく、その水準を大幅に上回る目標が必要となる。この2年間でほとんど進展がなかったことを踏まえると、これはかなり厳しいように思えるが、目標達成に実際に取り組んでいるのは地域社会という点を忘れてはいけない。世界の様々な地域には、すでに生物多様性に関する多くの成功事例や取り組みがある。

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国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)が事務局を務める「持続可能な開発のための教育(ESD)に関する地域拠点(RCE)」ネットワークは、その一例だ。RCEは世界で175カ所あり、それぞれが地域のステークホルダーを集め、ESDを推進している。公式の教育機関(学校や大学など)と、非公式の教育機関(市役所、国立公園、博物館、動物園など)を結び合わせることを通じて、教育と訓練を地域のより統合的な持続可能な開発アジェンダを推進するための手段として活用している。

2003年から始まったRCEネットワークの取り組みは、東京にあるUNU-IASが推進し、日本の環境省が資金援助している。

RCEは設立以来、生物圏の保護と環境修復を活動の中心としている。その革新的な活動の一部は、最新の著書「Engaging Communities for Biodiversity Conservation(邦題:生物多様性保全に向けたコミュニティの参画)」で紹介されている。同書は、教育を通じて地域の生物多様性の保全に向けた具体的な活動を行う世界各地のコミュニティーの事例を取り上げたものだ。バングラデシュやフィリピンの沿岸地域におけるマングローブ生態系の回復に向けた活動から、ブラジルやケニアの地域における人間と野生生物の衝突を減らす取り組みまで、事例は多岐にわたる。保全の対象が生態系か生物種かに関わらず、同書で取り上げられたRCEプロジェクトは、私たちが地域社会で教育を自然保護のための行動へと転換するための大きなヒントとなる。

地球上の自然を守っていくには、今後も世界目標とターゲットが必要なのは明らかだ。しかし、教育と訓練を用いて主体的に生態系保全に取り組むコミュニティーの例から分かるように、こうした地域社会の取り組みこそが、私たちがこの曖昧な世界目標を現実のものとするためのカギになるだろう。

フィリップ・ヴォーター(Philip Vaughter)博士略歴

米国ミネソタ州出身。米国アイオワ州立大学で生物学の学士号を、ニュージーランドのビクトリア大学で環境科学の修士号を取得後、ミネソタ州に戻り、環境政策を主要テーマに保全生物学の博士課程を修了。2015年6月、国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)の「持続可能な開発のための教育(ESD)プログラム」に参加。

UNU-IASに携わる以前は、カナダのヨーク大学で研究員として勤務。カナダでは主に、ローカル、地方、国の教育政策を国連の政策目標に結びつける際の相乗効果および課題の分析を中心に研究。また、カリキュラム、研究、実践、機関同士のネットワークを通じてESDを推進する高等教育機関の役割についても調査。院生および研究員時代には、学部・大学院コースで生態学、政治学、社会学、統計学の講師を務めた。

英語からの翻訳:鹿島田芙美

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