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秋の陽に輝く 50品種のトマト

トマト
トマトのスターたち。カメラに収まったのは50品種のうちの13品種 swissinfo.ch

赤はもちろん、白、黄色、オレンジ、黄緑に緑の縦縞など、トマトとはとても思えないようなものまでが、秋の澄んだ空気の中で陽を浴びている。ヴォー州ニオン市の近郊農家「レ・プラリ」の庭先の風景だ。

今年は国連 ( UN ) の国際生物多様性年。「多品種の保存は人類にとって非常に大切だ」と言うベルナール・ドゥレセールさん は25年前から古いトマトを集め始め、今では50品種が揃う。なぜトマトの多様性にこだわるのか、話を聞いた。

単一農作物の危険性

黒味がかったチェリーのようなトマトはブラックチェリーの甘みが、オレンジ色のマンゴーに似たトマトはマンゴーの香りとさわやかな甘みが口に広がる。見かけが同じだと、同じ種類の甘みを伝えるのだろうか?
 「そうとは限らない。例えば黄緑のトマトはいかにも酸味が強そうだが、とても甘い。そういう発見や驚きが多種品種を集めているとあって、とても面白い」
 とドゥレセールさん。

 そもそも50品種ものトマトを集めようと思ったきっかけは何なのだろうか。
「大型農家が単一の農作物を大量生産するようになった。また一方でファーストフードの普及により、満腹すればそれでよいという味覚の低下、さらに農産物など食品自体の質の低下に抵抗したかった」
 という答えが返ってきた。

 単一の農作物の危険性は、アイルランドのジャガイモ飢饉が示しているという。生産性の高い単一品種だけを育てていた19世紀のアイルランドでは、疫病が発生するやいなやジャガイモは全滅し、人口の2割が餓死した。ところが、原産地のアンデス地方では一つの畑に多種の品種を交ぜて植える伝統があり、こうした一つの病原菌の発生による飢餓を防いでいたという話を挙げる。

 また、単一の農作物は昆虫などを含めた畑のエコシステムを破壊する。
 「例えばテントウムシは植物の養分を吸うアブラムシなどの害虫を食べてくれる。単一農作物だとこういったテントウムシが繁殖しなくなり、畑は荒廃する。単一の農作物の畑は、いわば耕された砂漠のようなものだ」
 と生物学の学士号を持つドゥレセールさんは言う。

 さらに、殺虫剤はアブラムシもテントウムシも殺してしまうと付け加える。従って、「レ・プラリ農家 ( Ferme des Pralie ) 」はもちろん100%有機農法だが、スイスの有機農法基準よりもっと上をいき、「雑草も、伸び過ぎてその日陰がトマトへの日射を妨げない限りは、そのままほっておく」

さまざまな本物の味

 多品種栽培が良いもう一つの理由を
 「人間はもともと、少量で沢山のバラエティーに富んだものを食べるようになっているからだ」
 と話すのはレ・プラリ農家で3年前から働く若い女性、ガブリエラ・サルバドリさん ( 30歳) だ。サルバドリさんはもともとホテル学校で料理や食の勉強をしていた。

 「秋のクルミの養分が冬に備え大切なように、人間には鉄分など生命の維持に不可欠なさまざまな微量元素 ( オリゴエレメント ) が必要。ところが、単一農作物のせいで人はバラエティーに富んだ食事をしなくなった」
 と言う。

 こうした50種類ものトマトを使った、サルバドリさんのお勧め料理も「単純に色々なトマトを切って皿に並べ、本物の味を深く味わってもらうのが一番のご馳走。色もきれいだし」ということだ。これを言いかえると
 「2月に食べる味のないスーパーのトマトに、色々なソースをかけて食べるのと対照的。ソースの多様なバリエーションの代わりに多様な本物の味を味わってもらうことがわたしたちの目指すものだ」

1軒でも多くの農家に

 レ・プラリ農家では、トマトを植え付けた始めは10日に1度の割合で水をやるが、その後は3週間に1回にする。こうすると、根が水を求めて地下深く伸び、土地のミネラルなどの養分を一緒に吸い味が深くなる。これはこの地方のブドウ栽培と同じ方法なのだという。

 有機農法を使い、さらにこうした量より質を求める方法では収穫量は少ない。化学肥料に殺虫剤投与、さらに単一のトマト生産だとこの土地の広さで12キログラム収穫できるところを、有機農法ではわずか2、3キログラムしかない。それでも
 「ぜひ1軒でもでも多くの農家が同じような有機農法での多品種栽培を行ってほしい」
 とドゥレセールさんとサルバドリさんは願う。確かに生活は、2人の労動ともう1人が50%の労働を提供してくれて、ぎりぎり採算が取れる程度だ。サルバドリさんが農閑期にトマトのジャムなどを作り、また古い品種の野菜を使う料理教室を開いたりしての収入や、1度味わったら忘れられないと遠方の固定客からの注文もあり、どうにか成り立っている。

 だが、何よりもほかの農家に勧める理由は、
 「生物学者として色々なものを集める楽しみもあるが、やはり多品種を後世代に残していく責任がある。また、単一生産は地球を破壊していく。子どもたちへの責任は大きい」
 と考えているからだ。

ニヨン ( Nyon ) の近くアルネ ・シュール・ニヨン(Arnex-sur- Nyon) にある農家。7000㎡の耕地面積に、50種類のトマト、15種類のピーマン、10種類のナスなどを育てる。
そのほか、手作りのトマトジャムや、ピクルスの瓶詰、シソの葉のペストなどもある。
農家に販売所があり、野菜は直接購入できる。
古い品種を使った料理教室や、子どもの料理教室も開催。
9月16日から始まる「第10回スイス味の週 ( 10e Semaine du Goût / 10. Genusswoche )」は、地域の多様な農産物を食卓に載せるよう奨励しており、レ・プラリ農家も9月18日、24日、25日に無料の試食会を企画している。

スイスのトマトの収穫は7月中旬から10月末まで。湿気と高温を嫌うトマトには、夏の終わりから秋の乾燥した空気が適しているため、スイスでは秋トマトがおいしいといわれている。

トマトは、アンデス地方からヨーロッパのイタリアにまず入ったのではないかといわれる。初めは黄色のトマトが原種で、その後各地に広まるにつれ、さまざまな品種が生まれた。スイスでは3、4種が伝統的に存在する。

長い間、葉に含まれる毒素のせいで、鑑賞用だけに使われており18世紀にようやく食用になった。

多くのビタミン、微量元素 ( オリゴエレメント ) が含まれ、皮と実の間には、酸化を防ぐ物質が含まれており、それががんに効くという研究結果もある。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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