The Swiss voice in the world since 1935

チューリヒ、住宅不足が深刻な理由

4月5日、チューリヒで数千人が住宅不足に抗議するデモを行った。チューリヒで2000年以降、最大の住宅デモとなった
4月5日、チューリヒで数千人が住宅不足に抗議するデモを行った。チューリヒで2000年以降、最大の住宅デモとなった Keystone / Ennio Leanza

チューリヒの住宅不足が深刻だ。アパート1万戸あたりの空室が7戸しかない。スイス国内では最も低い数字だ。おそらく西側諸国でも最低だろう。チューリヒ市はどのような対策を講じているのか。

おすすめの記事

チューリヒでのアパート探しは至難の業だ。入居契約を結ぶには物件の内見が必須で、人気エリアの物件の内見日には数百人の列ができることが珍しくない。

コメディアンのララ・シュトールさんも今年1月、約300人の内見希望者の行列に並んだときの動画をソーシャルメディアのインスタグラムに投稿し、1万を超える「いいね」がついた。

チューリヒの住宅市場は深刻だ。チューリヒ市の発表外部リンクによると、2024年6月1日現在の空室率は0.07%で、スイス国内では最も低い。チューリヒ市は毎年6月1日時点での非入居物件の数(売買、賃貸)をもとに空室率を算出している。

swissinfo.chが独自にまとめた世界各地の大都市との比較を見ても、データの質や調査方法は完全に同一ではないものの、チューリヒの空室率は突出して低い。

グラフ
swissinfo.ch

人口約45万人のスイス最大の都市チューリヒは、以前から住宅不足に悩まされてきた。住民の不満は増す一方で、4月初めには、数千人が住宅不足に反対するデモを行った。

高騰する地価

チューリヒ市議会は昨年、住宅不足対策の一環で「住宅対策代表」という役職を新たに創設。チューリヒ応用科学大学の元講師で都市政策・都市プロセスの専門家フィリップ・コッホ氏が就任外部リンクした。

市は2050年までに手頃な価格の非営利住宅を全賃貸住宅の3分の1に増やす計画を進める。

チューリヒの非営利住宅の割合は定義にもよるが長年にわたり27%~29%にとどまっている。

市はどんな対策を講じている?

市もまた、対策を講じている。チューリヒ都市開発局長のアンナ・シンドラー氏は「以前より不動産の購入を増やしている」と話す。市にはそのための義務と予算があるという。2025年初め、市営住宅開発のための資金調達手段の1つである市の住宅基金外部リンクに3億フランが追加された。

しかし、入札市場という構造的な問題が残る。シンドラー氏は「先買権がなく、ある時点で、市は入札できなくなる」と話す。その一例に挙げるのが、市西部にあるオフィス複合施設ユートリホーフ(Uetlihof)だ。

チューリヒ市は、戦略的予備施設としてオフィス複合施設ユートリホーフを購入する計画を策定。だが12億フランという購入費に市議会が反対した
チューリヒ市は、戦略的予備施設としてオフィス複合施設ユートリホーフを購入する計画を策定。だが12億フランという購入費に市議会が反対した Keystone / Alexandra Wey

ユートリホーフはクレディ・スイスのオフィスが入っていたところだ。2012年にノルウェーの政府系ファンドが購入した。チューリヒ市政府は、2022年にこの「市内で2番目に広い連続した土地」を「戦略的予備施設」として12億フランで購入する計画を策定した。しかし、市議会はこれを僅差で否決した。

この一件は、チューリヒ市が直面する地価の高騰と市有地不足を物語る。「市は1980年代に市有地の多くを売却した。それを今高値で買い戻さなければならない」とシンドラー氏は指摘する。

現在、住宅価格の半分は地価で決まる。このため、コッホ氏は土地市場と住宅市場を切り離すことが、住宅危機解決の糸口になるとみる。

ここで公共部門が持つ手段の1つが建築権だ。チューリヒ市は建築権に基づき非営利住宅建設用に土地を貸し出す。市有地に建物を建てる権利を付与された不動産開発業者は建物の賃貸料を支払うという仕組みだ。しかし、市所有地にも限りがある。

他の手段として考えられるのは、土地投機を抑えることを目的とした未使用地・遊休地への課税などだが、個人所有者にも義務を課すような手段を講じるのは、スイスでは難しい。

これまでチューリヒ市は、個人の土地所有者に関しては「ムチ」ではなく「アメ」で対処してきた。例えば、集合住宅の一部が非営利であれば、利用率を上げること(建物の高密度化)ができる、というような措置だ。

高密度化と真実

チューリヒの住宅不足を解消する最も強力な手段であり、成長の可能性を秘めるのは建て替え、つまり古い建物を取り壊して同じような大きさの建物を立てることだ。建て増しは投資家の利益にならないことが多い。また、「都市空間の観点から」、無尽蔵に増築するという考えには反発が生まれやすい、とシンドラー氏は言う。

2年前の調査によると、住宅の高密度化により、建て替え後の建物で利用できる居住スペースは平均87%増えた。問題はその弊害だ。

新しい建物は家賃が上がる。古い建物の既存テナントの一部は立ち退きを迫られることがある。これは非営利住宅でも起こり得る。これでは本末転倒だ。

「主体的、客体的支援の両方が必要だ」とコッホ氏は言う。つまり、社会福祉局は低所得者に十分な支援を提供し、市は非営利で補助金付きのアパートを提供する、というものだ。

おすすめの記事

おすすめの記事

グーグルが高騰させるチューリヒの家賃

このコンテンツが公開されたのは、 スイス経済の中心地チューリヒでは、賃貸住宅の家賃が国内の他の地域に比べても高く、天文学的な額に達している。その理由の一つは、グーグルキャンパスの存在だ。

もっと読む グーグルが高騰させるチューリヒの家賃

「今日、社会の下位3分の1の人々がアパートを借りようとすると、選択肢は世帯収入の50%以上を占めるものしかない」とコッホ氏は言う。スイスでは、住居費は収入の3分の1を超えるべきではないとされる。

無慈悲な価格スパイラル

チューリヒの家賃が高すぎるという問題は中流階級にも及んでいる。2023年の住民調査では、40%が「収入に対して家賃が高すぎる」と答えた。

これは特に新しい住まいを探している人に当てはまる。不動産会社はテナントが変わるタイミングで家賃を変更する(その多くは値上げ)ことが多い。新規契約時の提示家賃は、既存の家賃よりも26%高い。

その一端は、当然ながら高額になる新築物件もこの中に含まれているためだ。この無慈悲な価格スパイラルについて、チューリヒ市も他の地域もまだ有効な手段を見いだせないでいる。

住宅危機は、ライフスタイルや人口動態にも関係する。一世帯当たりの人数が減り、一人当たりのスペースが増えた。チューリヒの人口は1960年代初めとほぼ同じだ。住宅数は9万戸純増している。

グラフ
swissinfo.ch

アピールすれば儲かる

結局のところ、価格を動かしているのは需要であり、それはチューリヒでグーグルや金融部門で働く高所得者(多くの外国人を含む)の給料だ。

「事実、チューリヒの所得が平均的に上昇し、それに伴って土地や賃貸の価格も上昇している」とシンドラー氏は言う。

「価格を安定させるには、供給を増やすことが必要」だとシンドラー氏は言うが、国内の他都市同様、チューリヒでも建設活動は一筋縄では行かない。認可手続きに時間がかかるだけでなく、不服申し立てが頻繁に起こるからだ。

「チューリヒの建設プロジェクトの70%は不服申し立てが出される」とコッホ氏は言う。「これらの不服申し立ては通常、単なる遅延目的か、大規模計画において金銭的な合意を得ることを目的としている」

冷やかしの内見

コッホ氏とシンドラー氏は、チューリヒの住宅不足を特許で解決できるとは考えていない。社会的に受け入れられる形で開発を進め、政治的支援を提供するためには、年金基金のような利回り重視の機関を含めた対話が必要だという。

市場に依存するのでもなく、規制を強化するのでもなく、互いに話し合うことが重要だと両氏は言う。

2人は、住宅危機はチューリヒ市民全員の危機ではない、とも話す。市場だけでなく、人々の認識にも歪みが生じているという。

市営住宅トラムデポ・ハルト(白いタワービルと低層ビル)はリマット川に面している。家賃は一般市場よりかなり安い
市営住宅トラムデポ・ハルト(白いタワービルと低層ビル)はリマット川に面している。家賃は一般市場よりかなり安い Keystone / Michael Buholzer

リマット川に新たに建設された大規模市営住宅トラムデポ・ハルトが、メディアの話題をさらった。この市営住宅は流行の先端を行く4区に隣接し、立地としては申し分ない。入居を募集した約140戸に1万5000件近い応募があった。

しかしシンドラー氏は、この数字を鵜呑みにすべきではないと話す。「冷やかしで応募した人は多い。本当に困っている人が何万人もいるわけではない」。つまりチューリヒでアパートをすでに借りている人が、当たれば儲けと申し込んでいるだけだという。応募手続きはオンラインで行われるため、敷居は非常に低い。

こうした市営住宅には所得・資産制限が設けられている。しかしそうした応募条件をきちんと読む人は少ない。実際、応募者のかなりの割合は所得制限にひっかかるという。

編集:Balz Rigendinger、独語からの翻訳:宇田薫、校正:大野瑠衣子

人気の記事

世界の読者と意見交換

swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。

他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部