スイス発、省エネ住宅で暖房費を節約
「今の住宅はエネルギーを使い過ぎ。エネルギーはもっと節約できるはず」。チューリヒ州建設省のエネルギー部門を率いていたルエディ・クリージ氏はそう考えたのか、およそ10年前、「ミネルギー ( Minergie ) 」コンセプトを考案した。
ミネルギーは「ミニマル・エネルギー消費 ( Minimaler Energieverbrauch ) 」から生まれた言葉で、光熱費を従来の半分以下に抑える省エネ建築用スタンダードだ。
ミネルギーのモットーは「より高い生活水準、より低いエネルギー消費」。環境保護と省エネが声高に叫ばれる現在、この品質マークはヨーロッパをはじめ、世界中の関心を引きつけつつある。
ヨーロッパの先端を行く、スイスのエネルギー政策
ミネルギーは「窓を閉めたまま換気」、「窓を開ける必要がないので、戸外に対する防音効果大」、「断熱に優れ、光熱費を大幅に節約」、「建物の耐久性に優れる」など、次世代的な特徴を持つ。そのため、ミネルギーの水準は連邦政府が定める建築基準よりもかなり厳しい。
ミネルギーの基準を定め、普及を推進しているのはベルンにあるミネルギー協会 ( Minergie Verein ) だ。会員は個人や企業だけでなく、スイス連邦政府や各州も参加。当局とは密接な協力関係にある。ミネルギー協会は連邦や州の後ろ盾を得るとともに、一方で、歩みの遅い行政のけん引役を務めている。ミネルギーの基準に達している建築物に証明書を発行するのは州の役割だ。
ミネルギー協会のフランツ・バイエラー事務局長 ( 57 ) は、
「スイス技師・建築家協会が連邦レベルで定めている建築物暖房用エネルギー消費量の基準 ( SIA 380/1 ) は、床面積1平方メートル当たり100キロワット/時間。ところが、ミネルギーの水準では半分以下のわずか40キロワット/時間で済むのです。ミネルギーによってこれだけのエネルギー削減が可能であると証明されたこともあって、パートナーである各州政府は今年、暖房用エネルギー消費量の基準を48キロワット/時間まで下げることにしています」
と説明する。
ヨーロッパには、ほかにもドイツの「パッシブハウス」、南チロル ( イタリア ) やオーストリアの「クリマハウス」などの省エネ住宅コンセプトがあるが、登録商標となっているのはミネルギーのみ。
「スイスの住宅エネルギー政策はヨーロッパの平均よりもずいぶん高い。しかし、法律化されるまでには長い時間がかかります。これをスピードアップするためにミネルギーは大きく貢献しています」
とバイエラー氏は自負する。
ミネルギー住宅は、フランスやドイツ、ルクセンブルク、オーストリア、スウェーデンなどにもすでに建てられている。また、フランスやスウェーデンにはスイスのミネルギー協会と同じような組織を設立する話が進んでいるほか、バイエラー氏によると日本でもミネルギー住宅の建設や普及が検討されている。木造建築は日本の伝統。ミネルギーも木材を多く使用する。その点から言えば、日本でのミネルギー住宅の普及には期待が持てる。ただ、湿気の多さに関しては、室内にカビが生えやすくなるなどで問題となりそうだ。
技術の中核を成すのは「快適換気 ( Komfortlüftung ) 」と呼ばれるシステムだ。まず外気を取り入れ、フィルターで空気に混じっている花粉などの有害物質を取り除く。その後、適温に調整された新鮮な空気が24時間各部屋へ送られる。窓を開ける必要がないので、戸外の騒音が室内へ流れ込むこともない。快適換気用の仕組みや製品はこの10年間に改善が繰り返され、種類も増えてその分価格も下がっている。
ミネルギー住宅の課題
だが、ミネルギー住宅には制約もある。チューリヒ湖畔の町シュテファ ( Stäfa ) に住むコンピュータコンサルタントの森友環莉 ( ゆかり ) さん ( 47歳 ) は、2002年にミネルギー集合住宅に引っ越した。当時、ミネルギーはまだ発展の途に着いたばかりで、森さんもミネルギーについて何の知識もないままの入居だった。
住んでみて、森さんはさまざまな制限があることに驚いた。リビングダイニングの幅9メートル近くある南面は、天井から床まですべて大きなガラス張りになっているが、採光のためカーテンは禁止されている。夏には室温が30度以上になることもあるのに、開く窓は1枚きり。ミネルギーでは建物全体が1つのシステムとして機能するため、集合住宅ではどの世帯も同じ条件で熱エネルギーを取り入れなければならない。
「外からも丸見えだし、このガラス窓に嫌気が差して引っ越していく人が後を絶ちませんでしたね」
確かに
「夏の暑さはこれから解決しなければならない課題の1つ」
だとバイエラー氏も言う。ミネルギー協会は現在、日よけをもっと活用するなど対策を検討中だ。
森さんはほかにも「開かない窓のすぐ前に調理コンロがあるのに換気扇がない」、「階下の住人の声が聞こえる」など不満な点を挙げる。だが、ミネルギーというコンセプト自体はとても素晴らしいと賞賛する。
「建物だけがエコロジーなのではなく、使っている建材からここに住む人、周りの環境に至るまで配慮が行き渡っています。ここに住むこと自体がエコなのです」
現在もろもろの理由で引越しを考えているという森さんは、
「暖房費は確かに節約できるし、今あるさまざまな制限がなくなって普通の住宅のように住めるのだったら、またミネルギー住宅に住むかもしれない」
と言う。
ミネルギー住宅の発展
チューリヒ州北部の町グラットフェルデン ( Glattfelden ) に住む主婦サラディン裕子さん ( 39歳 ) は、2006年9月にミネルギーのセミディタッチトハウス ( 2軒が左右対称につながっている家 ) に引っ越した。ここのキッチンには、森さん宅には取り付けられていない換気扇もある。換気扇はせっかく暖められた空気を外へ逃がしてしまうばかりでなく、匂いを完全に排気できなかったり湿気をためたりするため、ミネルギー住宅では少々厄介な設備だ。
だが、ミネルギー・スタンダードはどんどん進化している。サラディンさんは、ミネルギー住宅に住んでいるという実感は特にないそうだ。ただ、
「夜遅く上空を飛行機が通過するのですが、窓を閉め切っているので騒音はほとんど聞こえません。それに室内の空気はいつもきれいですね」
と話す。全体的には「可もなく不可もなく」というところらしい。「ミネルギーでも普通の暮らし」が近づいているのだろう。
swissinfo、小山千早 ( こやま ちはや )
ミネルギー ( Minergie ) は、チューリヒ州建設省のエネルギー部門を率いていたルエディ・クリージ氏が企業コンサルタントのハインツ・ユーバーサックス氏とともに考案した省エネ建築スタンダード。
協会創立は1998年。今年は10周年記念の催し物が予定されている。6月6日にはルツェルンでミネルギー国際会議が開かれる。
会員は現在、スイス連邦政府、各州、リヒテンシュタイン政府をはじめ、協会、学校、企業、個人などおよそ300を数える。
そのほかに建築関連の協力会社が400社以上。
ミネルギーには下記の4つのスタンダードがある。
– ミネルギー ( 1998年導入 )
– ミネルギー-P ( 2002年導入 ) :より低いエネルギー消費 ( パッシブハウスと同水準 )
– ミネルギー-ECO ( 2007年導入 ) :より健康でエコロジカルな大型建築物
– ミネルギー-P-ECO ( 2007年導入 ) :ミネルギー-Pとミネルギー-ECOのコンビネーション
ミネルギーの技術をより深く理解してもらうために、専門パートナーを対象に数多くのセミナーを開催している。
スイスではこれまでおよそ8500軒の建物、850万平方キロメートルがミネルギー・スタンダードで建てられている。
1つの建物全体で機能する省エネ建築物。
・ 耐久性に優れた建築様式 ( 高断熱・高気密 ) 。
・ 「快適換気 ( Komfortlüftung ) の利用で、窓を閉めたままでも室内はいつも新鮮かつ乾燥しにくい。
・ 窓を開けて換気する必要がないため、外の騒音が入ってこない。
・ 暖房用エネルギーを大幅に節約。
・ 建築費用は従来の建物の1割増までに抑えなければならない。
・ 暖房方法としては石油、ガス、木 ( 木質ペレット ) のほかにヒートポンプもあり、この器具を使うと75~80%は再生可能なエネルギー源 ( 地熱、空気、水 ) を利用することができる。
・ 「ミネルギーOK」という品質マークを備え付け家電 ( 冷蔵庫、洗濯機など ) に導入する予定。
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