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スイスはどれくらい中立なのか?

中立国スイスは欧州の集団防衛に加わるのか?

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ザンクト・ガレン州ヴァーレンシュタットで2020年6月、新型コロナウイルス危機に動員されたスイス軍の国旗貢納式が行われた Keystone / Gian Ehrenzeller

ウクライナ戦争を背景に、スイスでは軍事協力体制の強化を求める声が強まっている。世界に知られる中立姿勢をどこまで曲げるべきか、国民の間で議論が湧く。

欧州は軍備強化にかじを切った。多くの国は、ロシアの侵攻とウクライナ戦争が欧州全体の安全保障を根本から覆したと受け止めた。スイスでも市民政党や国民議会(下院)安全保障委員会が軍備強化を求めている。

ベルン大学のファビオ・ヴァッサーファレン教授(欧州政治)は最近、メディア大手タメディアからの受託で他の研究者とともにアンケート調査を実施した。ウクライナ戦争はスイス国民の不安をかきたてているものの、多くはスイスにいればいくらか安心だと考えている。回答者の45%はスイスは武装強化が必要だと考える一方、41%は不要、6%は分からないと答えた。

経済系シンクタンクのアヴニール・スイスは、別の解決策として北大西洋条約機構(NATO)や欧州連合(EU)の常設軍事協力枠組み(PESCO)外部リンクとの協力強化を提唱する。3月に発表した報告書外部リンクのなかで、スイスは中立を実務的に捉え、国家間協力を強めるよう訴えた。

報告書はスウェーデンやフィンランドを引き合いに出した。ともに掲げていた中立政策から距離を置き、「非同盟」国家を自称する。ロシアのクリミア併合以来、スウェーデンやフィンランドは武装を進め、NATOとの協力関係を強めている。

非政府組織(NGO)スイス女性国際安全保障協会(WIIS)のユリア・ホフシュテッター代表は、安全保障を強化する必要性があると認識している。「ロシアと国境を接する国々が、軍事的安全保障やNATOとの緊密な協力関係を強化したいと望むのも当然だ」。しかし国防予算を増やすのは、市民社会を巻き込み批判的な目で議論されるべきだと指摘する。「今の雰囲気が新たな軍国主義や軍拡競争をもたらし、欧州情勢が安全どころかより予測不可能になる危険がある」ためだ。

ロシアと隣接せずNATOなど集団防衛にも属していない欧州諸国には、全く別の脅威が立ちはだかる。「スイスなどの国家にとっては、ロシアは政治的影響力や情報操作、サイバー攻撃といった脅威がより大きい」(ホフシュテッター氏)。

ホフシュテッター氏によると、スイスはNATOやEUとの協力で情報交換や対応力構築を通じ、複雑化した脅威への備えを進めている。「だがウクライナ戦争への対応として、NATOやPESCOは従来型の軍備を優先する可能性がある。そうなると、スイスにとっては他の主体や多国間組織の方が重要ではないかという疑念が湧く」

同氏は市民社会の組織を巻き込んでいくことの重要性も強調する。安全保障について幅広い理解があり、人間の保護に重きを置く組織だ。

足かせとなる中立性

軍事協力の強化には、スイスの中立性という足かせもある。スイス国民からは広く支持されているが、ヴァッサーファレン氏らのアンケート調査では中立性を「譲れない」とみなす人は24%と少数派だった。回答者の多くは、中立は理にかなっているものの、ある程度幅があるものだと捉えている。

アヴニール・スイスの報告書は、中立の在り方を真面目に議論するべきだと訴える。「スイスが国際的な軍事計画に関与するときになって初めて、中立性の限界が発覚する。支援義務が発生しない限り、そうした行動は中立の権利と両立できる」

保守系右派の国民党は異なる見方だ。同党はswissinfo.chの取材に対し、そうした協力関係は明らかに中立に違反するとの考えを示した。

国民党は包括的な中立を憲法に明記するイニシアチブ(国民発議)を立ち上げようとしている。NATOやPESCOとの協力を不可能にする内容だ。

国民党のアンドレア・ゾマー事務局長は「スイスの永世中立は、200年以上にわたってスイスの平和と安全を保証してきた」と指摘した。そうした狡猾な(軍事協力に関する)議論が進んでいることは、中立をより正確に定義する必要があることの表れだという。

アヴニール・スイスも、スイスがNATOの集団防衛との結びつきを強めるために、中立政策の疑問点を明らかにするべきだと唱える。

NATOよりはPESCO

ヴァッサーファレン氏は、NATOやEU内で国際協力が今後どのように発展していくかが重要だと指摘する。「PESCO同盟の協力関係が強まり、その結果、スイスと協力する可能性も高まるだろう」

同氏は欧州諸国との協力はNATOよりも簡単だとみる。PESCO加盟国は必要に応じて共同で防衛することを目的に据えているが、NATOのような実質的な支援義務は(今のところ)ないためだ。

アヴニール・スイスも同調する。NATOとの協力関係強化はスイスにとって軍事的には有意義だが、政治的にはEUとの協力の方が現実的だ。ヴァッサーファレン氏らによるアンケート調査でも、回答者の過半数がスイスのPESCO参加を支持し、3分の2はNATO加盟に反対している。

(独語からの翻訳・ムートゥ朋子)

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