20社を超える日米欧の製薬大手が、新たな抗生物質を患者に届けるために創薬を支援する基金に約10億ドル(約1070億円)を出資する。ただ、製薬業界の根底にある問題に対する一時しのぎでしかないとの声もある。
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製薬会社から成るグループによって公衆衛生上の問題に取り組む基金が設立されたのは初めてのことだ。スイスから製薬大手のノバルティスやロシュが参加している。9日に立ち上げられた「薬剤耐性菌(AMR)アクションファンド外部リンク」は新薬を開発するベンチャー企業に投資し、2030年までに2~4種の新しい抗生物質を市場に出すことをめざす。
基金を支援するため製薬業界を取りまとめた国際製薬団体連合会外部リンク(IFPMA、本部ジュネーブ)のトーマス・クエニ事務局長は、「20を超える製薬会社が協力して公衆衛生上の重大な危機に対処するという史上初の取り組みだ」と話した。
抗生物質が過剰に、また不適切に使用された結果、細菌が薬への耐性を高め、新たな抗生物質に対する需要を生み出している。世界保健機関(WHO)によると、薬剤耐性菌の感染による死者は世界で年間約70万人に上る。また、新薬が市場に出なければ、2050年までにその数は約1千万人に達すると予測されている。
新型コロナウィルスの世界的大流行の最中に基金の創設が発表されたことは、この危機の重大性と緊急性を示している。新型コロナ感染者の入院期間が長引くと細菌による二次感染のリスクが高まるため、抗生物質の使用は増加傾向にある。
基金の発表イベントで、WHOのテドロス・アダノム事務局長は、薬剤耐性菌を「1世紀にわたる医学の進歩を無に帰す恐れがあるゆっくりと迫る津波」と言い表した。
このタイミングで基金が設立されたのには、パンデミックに際して製薬大手の置かれた立場が反映されている。製薬大手は、ワクチンや治療法の開発を称賛される一方で、感染症対策に十分な投資をしていないと非難された。
抗生物質市場の危機は、利益追求型の製薬モデルが直面するより大きな問題の一端だ。株主に魅力的な利益をもたらさない一部の公衆衛生問題について、製薬会社は研究や投資を避ける。
テドロス事務局長は9日、「これは、民間部門の投資を活用し、公的部門の指針に従って公衆衛生上の課題に取り組むという官民連携の新モデルだ」と指摘した。
IFPMA のクエニ事務局長は、製薬会社が相互に補助するための基金ではなく、製薬大手が投資で儲けようとするつもりは無いと強調した。
製薬大手を投資家に
世界の保健当局にとって、基金を歓迎すべき前進だ。抗生物質のパイプライン(新薬候補)が枯渇してしまわないよう資金不足をどう補うかについては、何年にもわたって国際的・地域的なレベルで議論が進められている。
この新プロジェクトは、ほとんどの製薬会社が活発な研究基盤を持たない分野で、製薬会社をベンチャーキャピタル投資家やドナーの席に着かせる。開発の段階を問わず、抗生物質の新薬候補を持つより小規模な企業やバイオテクノロジー企業が、大企業から資金面や技術面で支援を受ける。
スイス・バーゼルのノバルティスやアイルランドのアラガンなど製薬大手数社は近年、新しい抗生物質の研究から撤退した。また、抗生物質を手掛ける新興企業2社が昨年、倒産した。ノバルティスのヴァサント・ナラシンハン最高経営責任者(CEO)は9日、「薬剤耐性菌に対する新薬の開発が非常に困難なのは明らかだ」としたうえで、基金が新たなイノベーションを促進してほしいと述べた。
ノバルティス傘下のジェネリック医薬品(後発医薬品)メーカー、サンドは世界最大の抗生物質サプライヤーの1つだ。しかし、同社に新薬の研究を再開する目途はたっていない。他方、バーゼルに本社を置くロシュは、数十年ぶりに抗生物質の研究・開発と診断に復帰した製薬大手数社の1つだ。
米世論調査機関のピュー・リサーチ・センターが今年4月に発表した報告書外部リンクによると、開発中の抗生物質の約95%が小規模企業によるものだという。さらに、これら企業の75%近くが収益前、つまり市場に製品がまだ出ていない。バイオヴァーシス外部リンク、ポリフォー外部リンク、 バジレア外部リンク、アクテリオン外部リンクなどスイスの新興企業は抗生物質の研究開発に深く携わっている外部リンク。うち数社は基金から投資を得られる見込みだ。
「製薬大手が経済的な理由で抗生物質から手を引いたことは知られている。製薬大手は責任を感じている。新しい抗生物質が必要とされる一方で、残った中小企業が生き残れないという懸念が広がっている」とバーゼルに拠点を置くバイオテクノロジー新興企業バイオヴァーシスのマーク・ギッツィンガーCEOは語った。同社は、グラム陰性菌の感染に高い耐性を示す抗生物質の開発に取り組んでいる。
基金は応急措置
ギッツィンガーCEOは、バイオヴァーシスのような研究をする企業を支援する基金の将来性を歓迎する一方で、長期的には、抗生物質を開発するインセンティブを企業に与えるより規模の大きい業界改革が必要だと考えている。
「この基金は実際に中小企業や薬剤開発企業の資金不足を補うが、解決策ではない。最終的な解決策は安定した市場だ」とギッツィンガーCEOは強調した。
抗生物質の売り上げで研究開発費は賄えないことをIFPMA のクエニ事務局長は、「現時点で、抗生物質に投資する人に起こりうる最悪の事態は、開発費を回収不能とみなす以上の資金を失って、抗生物質の開発に成功することだ」と説明した。
抗生物質のビジネスモデル全体が破綻していることは誰もが認めるとしても、その修復方法に関する合意はない。動画配信大手ネットフリックスのサブスクリプション(定額制配信サービス)モデルのような方法がいくつか提案されている。抗生物質へのアクセスと引き換えに製薬会社に前払いするという方法が英国で試行中だ。
しかし、新薬の開発を続けるインセンティブを企業に与えながら、抗生物質への国際的アクセスをどのように確保するかについては意見が分かれている。テドロス事務局長は9日の立ち上げイベントで、抗生物質へのアクセスと適切な使用が基金のビジョンに盛り込まれるようWHOの全面的支援を申し出た。
グローバル抗生物質研究開発パートナーシップ(GARDP)外部リンクのマニカ・バラセガラム事務局長にとって、抗生物質へのアクセスと適切な使用は優先事項だ。GARDPは、後期臨床開発段階に焦点を当て、適切な治療が低所得国でも確実に受けられるようにしようとしている。
しかし、販売承認が下りても、まだ資金不足と無関心という「死の谷」があるとバラセガラム事務局長は危惧する。
スイスバイオテク協会外部リンクのミヒャエル・アルトーファーCEOは、各国政府と国際保健当局―中でもWHO―が新しい抗生物質に価値を認め、より高い価格を保証する必要があると主張する。
「発展途上国の人々にも届くように抗生物質は安価でなければならないとWHOが言っている限り、投資家は市場から離れていくだろう」
(英語からの翻訳・江藤真理)
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抗生物質が効かない耐性菌、世界的な問題に
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毎日元気に仕事に励んでいたH.K.さんはある日、抗生物質が効かないバクテリア「多剤耐性菌」にかかった。体調が悪化し仕事ができなくなり、回復するまで何週間もかかったという。こうした耐性菌は日増しに現代社会を脅かしており、世界中で対策が講じられている。
初めは軽いせきが出るだけだったが、一向に治る気配がなかった。せきは次第にひどくなり、ITエンジニアのH.K.さん*は、かかりつけの医者に診てもらうことにした。診断結果は「珍しい肺炎」。炎症反応を示す値がみるみるうちに上がったため、抗生物質が処方された。
「ところが5日経っても全く良くならず、かえって症状が悪化した」とH.K.さんは振り返る。何週間も高熱にうなされ、寝込んだ。「医者が別の抗生物質に変えた2日後、やっと症状が回復に向かい始めた」
残念ながら全ての人がこのように助かるわけではない。抗生物質が効かないバクテリアが原因で命を落とす患者は毎年増え続け、推定では欧州連合(EU)だけでも毎年2万5千人が耐性菌の引き起こす感染症で亡くなっている。これを受け、世界保健機関(WHO)やスイス政府は、抗生物質の使用状況を監視するシステムを考案中だ。
抗生物質は、人間や動物の治療や家畜の餌に大量に使われている。効果のないウイルス病の治療にも使用されることもある。投与の量が不適切なためにバクテリアが完全に死滅しないでいると、残ったバクテリアにはすぐに耐性が付き、抗生物質が効かなくなる。
「既にスイスでも死亡例が出始めている。耐性菌には薬が効かないので手の施しようがない」とベルン大学感染症研究所のアンドレアス・クローネンベルクさん(感染症学)は言う。クローネンベルクさんはスイス抗生物質耐性研究センター長も務める。
乱用される抗生物質
チューリヒ大学病院で感染症の治療にあたるアンネリース・ツィンカーナーゲル医師は、とりわけ複数の薬品に耐性を持つ「グラム陰性菌」が非常に危険だと言う。こういった耐性菌が増加する背景には、抗生物質が家畜の飼育に広く使用されていることや、多くの薬が医師の処方箋なしに手に入ること、医療現場で抗生物質が乱用されていることが挙げられる。
多剤耐性菌は病気に対する抵抗力が弱っている人には非常に危険だ。健康な人を媒介することもあり、「インド帰りの旅行者などは、グラム陰性菌を持ち帰ってくる」(ツィンカーナーゲルさん)。
そのため、抗生物質を適切に使用し、正しい衛生管理のもとで感染を防ぐことが重要となる。例えば手の殺菌消毒や、予防接種などは効果的だという。
スイスの危険度は「中」
スイス抗生物質耐性研究センターはホームページ上で、「バクテリアの抗生物質に対する耐性は世界的に『伝染病が広がるスピードで』増え続けている」と危機感を募らせる。「耐性菌に関する一般的な統計は存在しない。耐性菌といっても、病原菌と抗生物質を分けて考えなければならない」とクローネンベルクさんは言う。大腸菌を例にとると、「ESBL産生大腸菌」のグループではスイスで年間1%の割合で耐性菌が増えており、他の国ではもっと上昇率が高いという。
スイス政府は複数の省庁が協力し、耐性菌と戦うための政策を発表した。最大の目標は、人間や動物に使用する抗生物質の効き目をできる限り保つことだ。
政策では、院内感染の防止など、国内における耐性菌の拡散防止が重視されており、人間医学、獣医学、農業、自然環境など、多分野で抗生物質の使用状況を監視することが柱とされている。3月中、この分野に関わる団体などの間でこれらの内容を協議した後、政府は今年末までに具体策を発表する方針だ。
大切なのは「人間医学と獣医学を分けずに、関係者は皆、運命共同体と考えること。互いに相手に責任をなすりつけても意味がない」とクローネンベルクさんは言う。
WHOの計画
抗生物質が効かない耐性菌に立ち向かう努力は世界中で行われている。WHOは14年に薬剤耐性に関する報告書を発表。これまでで最も総合的な内容になっている。それによると、ある種のバクテリアの耐性は既に世界各地で危険なレベルまで高まってしまったという。
114カ国のデータを基にまとめられた今回の報告書では、世界中の多数の地域で、いわゆる「切り札」とされる抗生物質が国民の大半に効き目がなかったことが述べられている。
本当に必要な場合にのみ抗生物質を処方・使用し、病気が少し回復した段階では決して中途半端に薬の使用を止めないようにWHOは勧めている。また、感染症を防ぐために衛生管理を徹底し、更に研究に取り組む重要性を訴えている。ところが研究を進めるあたり、実は問題があるようだ。
医薬品業界は興味を示さず
「近年、数多くの企業や医薬品メーカーが抗生物質の新薬の研究開発から手を引いた理由は様々だ」と業界団体「インターファーマ」のサラ・ケッヒ広報担当は言う。
「公益のためにも抗生物質の処方は限定されるべきだ。その結果、医薬品メーカーの収入は減るだろう。また、患者の数が比較的少ない割には、同じバクテリアに対して作用が異なる複数の抗生物質を開発するよう求められる」
多剤耐性菌との戦いは科学的にも難題だ。「しかし近年、企業や個人・団体が手を組んだ多数のプロジェクトが上がってきている」
例えば「New Drugs4Bag Bugs」というプロジェクトは、欧州委員会と企業が支援している。このプロジェクトによれば、新しい抗生物質は過去30年間にわずか二つのグループしか開発されていない。他にも抗生物質全般についての研究を進めるプロジェクト「DRIVE-AB」が欧州で立ち上げられている。
今後、治療法が生まれると期待を持てるということか。1月初頭には、ドイツと米国の共同研究チームが画期的な新型抗生物質「テイクソバクチン(Teixobactin)」を発見したと発表している。ただ、薬剤としての実用化には、まだ5~10年かかる見通しだ。
*(プライバシーなどの理由から匿名)
人間医学と獣医学の密接な関係
抗生物質が効かない耐性菌の問題は、人間医学と獣医学との間に関連するものだと見られている。だが、ベルン大学によると、その関係はまだ完全には解明されていない。
バクテリアは動物と人間が直接的/間接的(例:食物の中のサルモネラ菌)に接触することで伝達される。
家畜だけに見られる耐性菌が、人間医学で問題となっている耐性菌と同じだと分かっている。
「動物における微生物学の研究は、動物の健康のためだけではなく、結果的には人間の健康にも役立つ」と研究者は結論付けている。
(出典:ベルン大学)
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