製薬大手が新規抗生物質の基金設立

既存の抗生物質が効かない薬剤耐性菌の感染により、世界で年間約70万人が亡くなる © Keystone / Gaetan Bally
このコンテンツは 2020/07/22 08:30

20社を超える日米欧の製薬大手が、新たな抗生物質を患者に届けるために創薬を支援する基金に約10億ドル(約1070億円)を出資する。ただ、製薬業界の根底にある問題に対する一時しのぎでしかないとの声もある。

製薬会社から成るグループによって公衆衛生上の問題に取り組む基金が設立されたのは初めてのことだ。スイスから製薬大手のノバルティスやロシュが参加している。9日に立ち上げられた「薬剤耐性菌(AMR)アクションファンド」は新薬を開発するベンチャー企業に投資し、2030年までに2~4種の新しい抗生物質を市場に出すことをめざす。

基金を支援するため製薬業界を取りまとめた国際製薬団体連合会(IFPMA、本部ジュネーブ)のトーマス・クエニ事務局長は、「20を超える製薬会社が協力して公衆衛生上の重大な危機に対処するという史上初の取り組みだ」と話した。

抗生物質が過剰に、また不適切に使用された結果、細菌が薬への耐性を高め、新たな抗生物質に対する需要を生み出している。世界保健機関(WHO)によると、薬剤耐性菌の感染による死者は世界で年間約70万人に上る。また、新薬が市場に出なければ、2050年までにその数は約1千万人に達すると予測されている。

新型コロナウィルスの世界的大流行の最中に基金の創設が発表されたことは、この危機の重大性と緊急性を示している。新型コロナ感染者の入院期間が長引くと細菌による二次感染のリスクが高まるため、抗生物質の使用は増加傾向にある。

基金の発表イベントで、WHOのテドロス・アダノム事務局長は、薬剤耐性菌を「1世紀にわたる医学の進歩を無に帰す恐れがあるゆっくりと迫る津波」と言い表した。

このタイミングで基金が設立されたのには、パンデミックに際して製薬大手の置かれた立場が反映されている。製薬大手は、ワクチンや治療法の開発を称賛される一方で、感染症対策に十分な投資をしていないと非難された。

抗生物質市場の危機は、利益追求型の製薬モデルが直面するより大きな問題の一端だ。株主に魅力的な利益をもたらさない一部の公衆衛生問題について、製薬会社は研究や投資を避ける。

テドロス事務局長は9日、「これは、民間部門の投資を活用し、公的部門の指針に従って公衆衛生上の課題に取り組むという官民連携の新モデルだ」と指摘した。

IFPMA のクエニ事務局長は、製薬会社が相互に補助するための基金ではなく、製薬大手が投資で儲けようとするつもりは無いと強調した。

製薬大手を投資家に

世界の保健当局にとって、基金を歓迎すべき前進だ。抗生物質のパイプライン(新薬候補)が枯渇してしまわないよう資金不足をどう補うかについては、何年にもわたって国際的・地域的なレベルで議論が進められている。

この新プロジェクトは、ほとんどの製薬会社が活発な研究基盤を持たない分野で、製薬会社をベンチャーキャピタル投資家やドナーの席に着かせる。開発の段階を問わず、抗生物質の新薬候補を持つより小規模な企業やバイオテクノロジー企業が、大企業から資金面や技術面で支援を受ける。

スイス・バーゼルのノバルティスやアイルランドのアラガンなど製薬大手数社は近年、新しい抗生物質の研究から撤退した。また、抗生物質を手掛ける新興企業2社が昨年、倒産した。ノバルティスのヴァサント・ナラシンハン最高経営責任者(CEO)は9日、「薬剤耐性菌に対する新薬の開発が非常に困難なのは明らかだ」としたうえで、基金が新たなイノベーションを促進してほしいと述べた。

ノバルティス傘下のジェネリック医薬品(後発医薬品)メーカー、サンドは世界最大の抗生物質サプライヤーの1つだ。しかし、同社に新薬の研究を再開する目途はたっていない。他方、バーゼルに本社を置くロシュは、数十年ぶりに抗生物質の研究・開発と診断に復帰した製薬大手数社の1つだ。

米世論調査機関のピュー・リサーチ・センターが今年4月に発表した報告書によると、開発中の抗生物質の約95%が小規模企業によるものだという。さらに、これら企業の75%近くが収益前、つまり市場に製品がまだ出ていない。バイオヴァーシスポリフォーバジレアアクテリオンなどスイスの新興企業は抗生物質の研究開発に深く携わっている。うち数社は基金から投資を得られる見込みだ。

「製薬大手が経済的な理由で抗生物質から手を引いたことは知られている。製薬大手は責任を感じている。新しい抗生物質が必要とされる一方で、残った中小企業が生き残れないという懸念が広がっている」とバーゼルに拠点を置くバイオテクノロジー新興企業バイオヴァーシスのマーク・ギッツィンガーCEOは語った。同社は、グラム陰性菌の感染に高い耐性を示す抗生物質の開発に取り組んでいる。

基金は応急措置

ギッツィンガーCEOは、バイオヴァーシスのような研究をする企業を支援する基金の将来性を歓迎する一方で、長期的には、抗生物質を開発するインセンティブを企業に与えるより規模の大きい業界改革が必要だと考えている。

「この基金は実際に中小企業や薬剤開発企業の資金不足を補うが、解決策ではない。最終的な解決策は安定した市場だ」とギッツィンガーCEOは強調した。

抗生物質の売り上げで研究開発費は賄えないことをIFPMA のクエニ事務局長は、「現時点で、抗生物質に投資する人に起こりうる最悪の事態は、開発費を回収不能とみなす以上の資金を失って、抗生物質の開発に成功することだ」と説明した。

抗生物質のビジネスモデル全体が破綻していることは誰もが認めるとしても、その修復方法に関する合意はない。動画配信大手ネットフリックスのサブスクリプション(定額制配信サービス)モデルのような方法がいくつか提案されている。抗生物質へのアクセスと引き換えに製薬会社に前払いするという方法が英国で試行中だ。

しかし、新薬の開発を続けるインセンティブを企業に与えながら、抗生物質への国際的アクセスをどのように確保するかについては意見が分かれている。テドロス事務局長は9日の立ち上げイベントで、抗生物質へのアクセスと適切な使用が基金のビジョンに盛り込まれるようWHOの全面的支援を申し出た。

グローバル抗生物質研究開発パートナーシップ(GARDP)のマニカ・バラセガラム事務局長にとって、抗生物質へのアクセスと適切な使用は優先事項だ。GARDPは、後期臨床開発段階に焦点を当て、適切な治療が低所得国でも確実に受けられるようにしようとしている。

しかし、販売承認が下りても、まだ資金不足と無関心という「死の谷」があるとバラセガラム事務局長は危惧する。

スイスバイオテク協会のミヒャエル・アルトーファーCEOは、各国政府と国際保健当局―中でもWHO―が新しい抗生物質に価値を認め、より高い価格を保証する必要があると主張する。

「発展途上国の人々にも届くように抗生物質は安価でなければならないとWHOが言っている限り、投資家は市場から離れていくだろう」

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